27.再会
――どうして王都にいるの⁉
エヴァは思わずベンチから腰を浮かせた。
驚き、動揺してるエヴァとは対照的に、アスターは胸元で手を組むと天に向かって何かを呟いていた。
「ぐ、偶然ね。アスター元気だった?」
「ああ、君に会えない時間はまるで深い霧の中にいるようだったけれど、今はその霧も晴れて青空の下にいるような気持だ。それにね、この公園を歩いているとき、君のことを考えながら歩いていたんだ。運命的な偶然だと思わないかい?」
「ええと、それほど思わないかもしれないわ? だって私たち王都にいるのだもの、何処かで会うに決まってたわね」
「それならば出会うのは必然ってことだね」
そう言うとアスターはとろけるような笑みをエヴァに向けた。
エヴァは苦笑いを浮かべて首を傾げた。
――これが嫌なのよ……!
偶然を否定したら必然だと言ったり。
アスターが、エヴァの言葉の都合の良い部分だけを取り上げて話しているのだ。
そのせいで、いつもエヴァの言葉はアスターに伝わっていなかった。
エヴァは失礼にならないように微笑もうとして失敗した。
顔が引きつるのを感じる。
「アスター、どこかに行く予定だったんじゃない?」
どうか予定があると言って!
懇願するような気持で聞いたら、アスターも笑顔で頷いた。
「ああ、もちろん。散歩のために公園を歩いていたわけじゃないんだ」
「そ、そう」
「でも今はエヴァと出逢うためにこの道を通ったんだと確信してるよ」
「そうとは言えないわ。だから本来の予定をこなすべきよ、アスター。時間に遅れてしまうわ」
「僕を気にかけてくれるなんて優しいね」
気にかけてるわけじゃない。
早く立ち去って欲しいのだ。
そうじゃないとアルバートが戻ってきてしまうかもしれない。
エヴァは、いまだ口説いてくるアスターに婚約者がいると言おうかと思った。
でも、それを聞いたアスターの行動が読めなくて躊躇してしまう。
もし仮に「裏切られた」とか言いがかりをつけてこられたら、エヴァひとりでどう対処すればいいのか。
アスターは趣味でボクシングをしている。以前試合を見に行ってからハマったらしい。がっちりした体格で、おまけに長身だ。目の前に立たれるだけでも威圧感がある。
そんな男性に無理強いをされたらエヴァでは対処のしようがない。
「僕は気持ちを切り替えるべきだと友人達に言われてね。この間まで他の街に行ってたんだよ」
「ええ」
知っている。
エヴァもアスターを見かけたから。
「魅力的な街だったよ。街は明るく風も暖かいんだ。海も青く輝いていてね」
「良い時間を過ごしたのね」
アスターは目を閉じて街並みを思い出しているようだった。
「ああ。素晴らしい街だったよ。そこでいろいろな人に出会ったんだ。僕の暗く沈んだ気持ちもが暖かな光で浄化されていくようだったよ」
「そう」
「すっかり君への気持ちも手放したものだと思っていた。でも今日僕たちは再び出逢った。これは決められた未来だったんじゃないかな?」
「違うと思うわ」
エヴァは瞳を伏せて暗く呟いた。
だんだんとエヴァが危惧した方向に話が転がっていくのを感じて、目をきょろきょろとさせる。
どう切り抜けたらいいの?
「奇跡的な偶然じゃないならどうしてここにいるんだい? それならもしかしてエヴァは僕がここに来るってわかってて来たのかい?」
「まさか! わからないわよ。そんなことはできないわ」
エヴァはぎょっとして、慌てて手を振って言う。
「君の力ならそんなことも出来るかと思ったんだ」
「できないわよ、ただの占いよ。アスターの未来なんて見えないわ!」
「でも君の占いは僕の状況を当てたよ」
エヴァは目線を地面に向けてうろたえた。
言葉に詰まる。
「それは……」
エヴァは目をぎゅっと瞑る。
「たまたまよ」
「それならやっぱり君は本物だ」
「違うわ……」
エヴァは唇をかみしめた。
かつての調子に乗っていた自分にビンタを食らわせたい気持ちでいっぱいだった。
実はアスターがエヴァに執着する原因を作ってしまったのはエヴァ自身だった。
昔、エヴァがまだこの国に来たばかりの頃。
エヴァは夜会や舞踏会の合間に、婚活の息抜きと母国に居た時の趣味の延長気分で、出会う同じ年ごろの女の子達にタロットカードで占い相談を受けていた。
母国同様、恋占いが一番人気だった。
一度きりの人もいれば面白がって何度も占いに来てくれる人もいた。
エヴァもこちらに来たばかりで姉しか親しい人がいなくて寂しかったのだ。
そんな中、カード占いを通して友人が出来るのが嬉しかった。
何度も来てくれる人達の中に、マリーという女の子がいた。
小動物のような雰囲気のある、目が大きくて可愛らしい子だった。
なんとなく気が合いその子と仲良くなると、悩みを聞いていくうちに意図せず彼女の家庭の状況に詳しくなっていった。
そして季節が進み、段々とエヴァのカード占いが、一部の界隈でささやかだけれど熱烈に人気になって来たころ、アスターがやってきた。家名を聞いてすぐに気が付いた。
マリーの兄だと。
そこでエヴァは、占いで出たカードとアスターからの言葉。
そしてマリーから聞いていた事前知識を使ってアスターに占い結果だと言葉をかけたのだった。
ホット・リーディング。
エヴァがしたことはそれだった。
だからエヴァには特別な力なんてないのだ。
少なくともエヴァはそう思っている。
でも適確に助言を貰い、状況を言い当てられたアスターは違った。
すっかりエヴァを神聖化して、執着するようになってしまったのだった。
最初は喜ばれること、誰かの助けになれることが嬉しかった。
でも、未来を見通す力を持っていると勘違いされ、知らない人達からも占いに期待をされ始めると、そんな気持ちはどこかへ行ってしまった。
代わりにエヴァに湧き上がって来たのは恐怖感だった。
自分じゃない自分像が独り歩きして誰かの期待を背負っている。
カード占いはそのころから受けるのを止めてしまった。
怖くなったから。
空いた時間を埋めるように以前よりも真剣に婚活に力を入れた。けれども義兄の子爵家屋敷の修復完了時期も重なってエヴァに寄って来るのは、傲慢だったりエヴァの持参金を当てにしていることが透けて見えるような、好みとは離れた人達ばかり。
占いを止めたエヴァだったが、占って欲しいと望む人達一部にいた。その中のひとり、アスターは占ってもらえなくてもいいと言い、求婚という方法で縁をつなごうとしてきた。
エヴァはこの状況は自業自得だと思っている。
けれど、断っても引かない彼や、一部の心酔してくる人達。それから持参金目当ての男性たちから距離を取りたくて、どうしようもなくなったエヴァは地方にあるアルバートの屋敷へと逃亡したのだった。




