17. 嫉妬心
こちらに越してきてから何度もアルバートは夜会や夕食に招かれていた。
主にひとりでだが、たまに奥様と一緒に出掛けることも多くなった。
奥様の気鬱も良くなっているようで、オーロラも楽しそうにしていた。今度は家族そろってピクニックをすると張り切っている。
ピクニックだけじゃない。
旅行なんかもしようかと話しているようだったから、本当にこちらに越してきて伯爵家は良い方向に動き出している気がする。
――私のタロット占いもなかなかよね。恋愛の占いしかしたことなかったけど、それ以外もできそうね。
今夜は王都から観光に来てるご一家が、伯爵家へ食事に来るらしい。
エヴァも奥様の着付けの手伝いをした。
それが終わると後はいつも通り、オーロラの子守を家庭教師のポピーとするだけだった。
ポピーがオーロラに本を読み聞かせているので、エヴァはオーロラが出した本やおもちゃを片づけているとドアをノックされた。
「ごめんなさい。手が足りなくてちょっと手伝ってもらえない?」
「わかりました」
ポピーに合図してから部屋を出る。
後の事はポピーがしてくれるはずだった。
今日はお客様の人数が多いのかもしれない。
使用人の人数が減ってしまった伯爵家だから、自分は皿洗い係じゃないの! なんて言っていたら使用人仲間から仲間外れにされてしまうだろう。
大きいお屋敷では決められた仕事以外はしないらしいが、この屋敷ではそれは無理だろう。
まぁ、この一家は気難しくもないし、それほど手間のかかる仕事も頼まれないから十分な人手だとも言えるけれど。
エヴァがようやく手伝いを終えた頃、階段を登っていると食堂の扉が開いた。
さっと階段の影に潜むと、見つからないように気を付けながらそっと階下を見下ろす。
話し声のざわめきが聞こえてくる。
年配の男女の声の後に、若い男性達が挨拶をしている声が聞こえた。そして美しい女性の声も。
エヴァからは男性の足元や、ドレスの裾くらいしかみえなかったので、急いで階段を登りきると、二階の窓から外をのぞいた。
暗闇の中に馬車が二台停まっているのが見える。
二家族来たのだろうか。暗くてよく見えないが、エヴァは馬車に乗る姿をしっかりと目を凝らして見つめた。
――若い女性もいるのね……。
二、三人ドレスを着ている人影が見えた。
エヴァは馬車が走り出したのを確認すると、張り付いていた窓から離れた。
そのまま階段を登り使用人部屋へ戻る。
扉を閉めて、使用人服から寝間着へ着替えると、もやもやとした気持ちを抱えたままベッドに転がった。
若く、アルバートと対等に話している女性達。自分だって、アルバートと食事を共にしてもおかしくないはずだ。
食事だけじゃない、一緒に舞踏会へ出てワルツを踊ることだってできる。
こそこそと海辺を散歩したりせずに堂々と街中を歩いても咎められないはずなのに。
どうしてアルバートの隣にいるのが私じゃないんだろう?
うらやましい、と自然に思った。
――私、嫉妬してるんだわ。
エヴァは机の上に置かれた姉からの手紙に目線をうつす。
手紙には、もうエヴァを悩ませていた求婚者の男性は他の街に移動したと書かれていた。
なら戻ってもいいんじゃない?
もう、エヴァ・ガルシアとしてアルバートと過ごしたい。
エヴァは寝間着の胸元をぎゅっと握りしめた。
エヴァは片づけているタロットカードの入った書き物机の引き出しを見つめた。
けれどすぐに思い直す。
自分を占うのは苦手だった。
――でもエヴァ・ガルシアになって会いに来ても、アルバートが喜ぶかはわからない。
アルバートのことを愛している。
でも、アルバートは? エヴァの事をどう思ってる?
仲は良いと思っている。そうじゃなきゃ、海にまで遊びに行ったりしないだろう。でもそれはどれくらいの好意なのだろう。
物珍しさからの友情? 何でも話せる親友くらいにはなってる? それとももしかして恋人にしたいと思ってくれてる?
こんなに好きになってしまっているのに、断られてもう会えなくなってしまったらどうしたらいいの?
――だったらこのまま過ごしたほうが、少なくともアルバートの側にはいられるわ。
そう思って目を閉じたエヴァだったが、首を振ると目をぱちりと開いた。
――いいえ、そんなの私じゃないわ!
こんな後ろ向きな自分は自分じゃない。
エヴァはがばりと起き上がると暗闇の中、はっきりと口にだした。
「私、告白しなきゃ!」