15.日記
無くなってしまったかと思っていた、アルバートとの逢瀬は今でも続いていた。
逢瀬という言葉にエヴァの頬が赤くなる。
――違うわ、私とアルバートはそんな関係じゃないもの。でも、他に言葉がないからそう言ってるだけ。言うなれば……会議? 会談? 打ち合わせみたいなものよ。
誰にともなくそういい訳をして心を整える。
飛び跳ねた心臓のままでは、アルバートに会うとそのまま心不全で死んでしまうかもしれない。
日曜日の午後、屋敷の裏庭にある大木の木陰がふたりの秘密の場所だった。
ちょうどガーデニング用のシャベルやバケツが入っている倉庫もあって、陰になっているのだ。
今日エヴァは使用人服ではなく、白いブラウスと紺のロングスカートを着ていた。
街に出かけるわけでもないし、お休みの日なのだから。
長い金の髪の毛を結んだリボンを手で弄ぶ。
少し弾む心臓を抑えながら、大木の裏を覗くとアルバートはまだ来ていないようだった。
「早く来ちゃったのね。あら?」
座って待っていようかと地面に視線を落としたところで、ノートが一冊根元に置かれているのに気が付いた。
「これ、アルバートの日記帳だわ」
落とし物ではないだろう。
多分、来た後に忘れ物か何かを思い出して屋敷に戻ったのだろう。
「ふぅん……」
それとなく辺りを見回す。
まだアルバートが来そうな気配はない。
――どんなことが書いてあるのかしら。
使用人と旦那様という垣根を越えて仲を深めている自覚はあるが、お互い何でも話しているというわけではない。
――ものすごく、中が気になるわ。
見たら怒られるだろう。
怒られるだけで済むだろうか? プライドを傷つけられたと烈火のごとく怒り狂うかもしれない。
屋敷を追い出されるかも?
いや、アルバートに限ってそんなに激しく怒りを現すことはしないだろう。
良くて無視される程度?
でもほんのちょっとなら気付かれないかもよ?
悪魔が囁くが、一方で天使もちゃんと囁いてくれた。
読んだページにエヴァの悪口が書かれているかもよ?
「……それは立ち直れないかもしれないわ」
エヴァは天使の囁きのおかげで、すっかり見る気力を削がれた。
日記帳から視線を外すと、どこかで時間をつぶそうかと踵を返した。
アルバートが戻ってきてからエヴァも初めてここに来たという体を装った方が、余計な疑いも持たれないだろう。
そう思ったのだが。
「エヴァ、早かったね」
「あ、旦那様」
なんてタイミングが良いのか。
違う、悪いのか?
「敷物があった方がいいかと思って取りに戻ってたんだ……」
輝くような笑顔が眩しい。
なんて紳士的なんだろう。
「それはありがとう存じます」
でもあと20秒遅く来てくれたら良かったのに。
エヴァの妙にかしこまった様子に首を傾げながら敷布を開こうとした時、木の根元に置いてある日記帳に気が付いたのだった。
バッと音のしそうなくらいの勢いでエヴァを見ると小さく尋ねた。
「読んだ?」
「読んでません」
「本当に?」
「誓って読んでません」
言い切ると、アルバートは大きく息を吐いた。
あからさまに安堵されると逆に気になるのだけれど。
日記を懐にしまうと、ようやく安心して落ち着いたようだった。
アルバートは、ふとエヴァの服装が気になったようだった。
「そういえば今日は服が違うね」
「お休みですので」
「うん。そうだね」
答えながらエヴァは髪の毛を結んでいるリボンに触れる。
なんとなく落ち着かないのだ。
ブラウスもスカートもシンプルだったけれど、見る人が見れば質が良い物だとわかるだろう。
安物のドレスなんかよりずっと高いはずなのだ。
アルバートは少し空に向かって視線を巡らせると、何か思いついたように明るい声で言った。
「せっかく私服なんだし、エヴァが良ければ街へ遊びに行ってみないかい?」
「行きます!」
気が付いたら口から勝手に言葉が出ていた。