11.ピクニック
あれから何度も日曜日がめぐって来たが、エヴァとアルバートの秘密の時間は続いていた。
――何て言うのかしら? 密会? だと怪しい雰囲気になるかな。でも逢瀬……なんて絶対違うわ!
恋人関係でもない、まるで友人のように過ごす時間は、いつの間にかエヴァの中で失い難いものになっていた。
今日は朝から天気も良く青空が広がっていた。
オーロラの「ピクニックがしたい」という可愛らしい我が儘を叶えるため、エヴァと家庭教師のポピーは準備に追われていた。
オーロラは初めて会った時から比べてとっても素直な子になったと思う。
エヴァに慣れてくれたのだったら嬉しいのだけれど。
厨房へピクニック用の食事と飲み物の準備を頼むと、いつものようにオーロラの支度をする。
今王都ではピクニックが大人気だった。束の間でも空気の悪い都会から抜け出して、空気と景色の綺麗な田舎へ行くのが貴族だけじゃなく庶民の間でも大流行なのだ。
それを誰かから聞いたのか、オーロラはずっとピクニックをしたいと強請っていたのだった。
遠くに行くことはできないけれど、屋敷の裏の森程度なら大丈夫だろうということで許可を取って三人でピクニックをすることにしたのだ。
ウォートレット夫人もオーロラが誘っていたが、具合が悪いと断られてしまったらしい。
交霊会の後しばらくは生き生きとしていたが、今はエヴァが会った時のように臥せっているようだ。
屋敷で臥せっているよりも、オーロラと一緒にピクニックをしていた方が身体には良さそうだと思うのだが。
「ねぇポピー、プリムローズは咲いているかしら?」
「お嬢様、そのお花は春のお花だからまだ咲いていませんよ」
エヴァは裏の森の浅い場所、屋敷が見える位置に敷物を敷いて、その上に籐のピクニックバスケットを置いた。
食べ物や飲み物、カップ等も持っていたのでなかなかの重さだった。
自分の屋敷の敷地でも、いつもと違う雰囲気がそうさせるのかオーロラはとてもはしゃいでいる。
「もう食べたいわ」
「まだ早すぎますよ」
はしゃいでいるオーロラを優しく諫めるポピー。
ポピーは30代の少しばかりふくよかな体形の女性だった。丸い頬がいつでも幸せそうに微笑んでいる、穏やかな女性だったのでオーロラによく振り回されているのを見かける。
今だって「それじゃぁ遊んでくる」と森へと駆けだすオーロラを、慌てて追いかけて行くポピー。
その様子を見ながらエヴァはピクニックの準備を整えていった。
準備を整えると、ふたりを探しに行く。
遠くへ行ってないと思うので走り出した方角へゆっくりと歩いていくと、へたり込んでいるポピーとその側で心配そうな顔をしているオーロラがいた。
「どうしたんですか?」
「エヴァ!」
「エヴァさん、ごめんなさい。私転んでしまったんですが、その時に足をひねったみたいで」
「えぇっ!」
急いで駆け寄り、足に軽く触れる。
「痛いですか?」
「ええ、とっても……。立ち上がれなくて」
「私につかまってください。屋敷はそこですもの。歩けそうならこのまま戻りましょう」
「はい……」
オーロラが悲しそうな顔をしたまま後を着いてくる。
屋敷とピクニックの場所は目の鼻の先だ。
だからといって、不安そうな顔をしているオーロラを敷地の中でもひとりにすべきじゃないだろう。
ポピーとオーロラを残して人を呼んでくるのがいいのか、オーロラにも一緒に歩いて屋敷に戻ってもらうのが良いか……。
ポピーも歩けそうだし、オーロラに歩いて往復してもらうのがいいだろう。
「お嬢様、ポピーさんを屋敷に送ったらふたりでピクニックの続きを致しましょうね」
「本当?」
「ええ、もちろんです。だからお嬢様も申し訳ありませんがお屋敷まで一緒に歩いていただけますか?」
「わかったわ」
そう言うと、オーロラもポピーと手をつないで歩き出した。
ポピーを自室に送って、他の使用人仲間に後を頼むとオーロラとエヴァは再び外へ行くために廊下を歩いていた。
「ポピーの怪我大丈夫かしら?」
「家政婦のミラー夫人が手当できますし、必要ならお医者様も呼んでくださるみたいですから大丈夫ですよ」
「そうよね。安心したらお腹が空いてきたわ」
「たっぷりサンドイッチを持ってきましたからお腹がパンパンになるまで食べれますよ」
そう言って笑いあっていると、どこからかウォートレット夫人の声が聞こえてきた。
なんだか声を荒げているようだった。
「お母様?」
エヴァとオーロラは顔を見合わせた。
オーロラを不安にさせるようなことは避けるべきだ。
そう思ってオーロラを外へと誘導しようとしたのだが、それより先に声のする方へ駆けだしてしまった。
書斎の前まで来ると、使用人も数名いた。
皆オーロラを見ると、パッと顔を背けて散ってしまった。
「何かしら……?」
「お嬢様、戻りましょう」
なんだか嫌な予感がする。
オーロラの肩を掴んで引き寄せようとしたが、その前に扉を開けてしまった。
高い女性の声が響いて廊下にまで聞こえてくる。
オーロラは部屋の中を見つめたまま動かない。
ウォートレット夫人が悲鳴のような声で叫んでいる。
そしてアルバートは小さな声で何かを話しているようだった。
「――!」
「母上、申し訳ありません」
「どうしてなの! どうして……」
「……」
「……ったら、エリオットだったらこんなことにはならなかったわ!」
言い捨てるようにそう言うと、ウォートレット夫人は扉へ向かって歩き出した。
その瞬間、呆然と立っていたオーロラと視線が合う。
ウォートレット夫人は顔を青くすると、唇をかみしめて速足で自室に戻っていった。
「お、お兄様っ!」
オーロラは叫ぶとアルバートに抱きついた。
「お母様はひどいわ、お兄様はいつも私たちを守ってくれてるのに……」
ぎゅっと強く抱きしめる。
その肩にアルバートはそっと触れると小さく呟いた。
「ごめんね、オーロラ。母上は悪くないんだよ、僕のせいなんだ」