第19話 情報収集は慎重かつ大胆に
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藤崎さんの中学時代を知る人物=バスケ部。
という誰にでも思いつくような雑な式を導き出したオレは体育館の扉の隙間から中の様子を観察していた。
部員は大体25人くらい。
見た感じ2年生と1年生が主体のようだ。時期的に3年生は引退したのだろうか。
運動部に縁がないからそこら辺の事情がさっぱり分からない。
「秋斗先輩、彼女がいなくてムラムラするのは仕方ないと思いますけど覗きはよくないと思います」
「誤解だ里緒奈。断じてムラムラなどしていない」
背後から現れた後輩にあらぬ疑いをかけられたので即行で否定する。
ただ側から見れば変質者に見えなくもないか。
声を掛けられたのが里緒奈でよかった。
「私の裸姿に飽き足らず今度は誰を狙ってるんですか?」
「話を聞いてたか? 誤解だと言ってるだろ。あと学校でそういう発言はするな。誰が聞いてるか分からないだろ」
そもそも風呂場の件は里緒奈が後から入ってきたんだ。
オレは悪くない。
「ほら顔を赤くしてないでなんとか言ったらどうだ?」
「先輩のえっち」
「照れるなら吹っかけてくるな」
「な、先輩が体育館をいやらしい目で見てたから注意しに来たんじゃないですか! 引きこもりの先輩が運動部に用事なんて怪しいです」
それを言われたら何も言い返せない。
かと言って藤崎さんのことを話すわけにもいかない。
「岩沼南中学校で女子バスケ部だった人を探してるんだ」
「それなら確か琴ちゃんがそうだったと思いますけど。あ、いました。あの子です。ゴール下にいる大きい子です」
里緒奈が長身短髪の少女を指差して教えてくれた。
こうもあっさりと見つかるとは。
そういえば里緒奈は1学年の中心人物だった。
顔が広いからあらゆる情報が里緒奈に集まるらしい。
敵に回すと怖いタイプだな。
「それで、なんで岩沼南中学校で女子バスケ部だった人を探してたんですか?」
「それは、だな」
里緒奈の目が獲物を追い詰める目に変わった。
完全に尋問モードだ。
こうなったら逃げられない。
「教えてくれたら先輩と琴ちゃんが話す場をセッティングします。琴ちゃんのCROSSも知ってますし。何か聞きたいことがあるんですよね?」
これ以上ない申し出に思わず唾を飲む。
この機会を逃せば一気に状況は厳しくなる。
1年生と2年生では接点がないし、偶然を装って話し掛けたとしても警戒されてしまう。
共通の知り合いである里緒奈がクッションになってくれれば会話も円滑に進むはずだ。
「分かった。話す。だからあの子と話す機会を作ってくれ」
「琴ちゃーん! 部活終わったら話そ! 場所はCROSSに送っておくね!」
里緒奈の大声が体育館に反響して運動部の動きが一瞬止まった。
予想外すぎる大胆な行動にオレも開いた口が塞がらない。
女子バスケ部顧問の山田先生が見たこともない形相でこちらに近づいてきた。
「先輩、逃げるよ」
里緒奈に腕を引かれて体育館を後にするオレ達。
流石に山田先生も体育館の外までは追ってこなかった。
でも顔は見られたから週明けに怒られそうだな。
そんなオレの不安を露知らず、里緒奈は楽しそうに笑い声を上げていた。
—2—
高校の近くのハンバーガーショップ。
スーパーの一角に入っているここは学生の溜まり場になっている。
何も頼まないで居座るのも申し訳ないので、ポテトのLサイズを注文してトレーに広げた。
体育館での里緒奈のやり方には驚かされたが約束を取り付けた功績は大きい。
よって今回はオレの奢りだ。
「スマホ、さっきから尋常じゃないくらい鳴ってるけど大丈夫か?」
「昨日、美結先輩のCutMovieに弾き語りの動画を載せてもらったんですけど、その動画がバズったみたいで通知が止まらないんです。もう大丈夫だと思ったんですけどまだ無理そうですね」
里緒奈がCutMovieの投稿画面を見せてきた。
階段の踊り場で撮影された動画は里緒奈の首から下が映されていて、校舎に反響した伸びやかな声に集中することができる。
歌声とは関係無いが里緒奈のスタイルの良さも再生数に結びついているに違いない。
4.7万いいね、85.6万回再生。
元々フォロワーの多い更科さんのアカウントでの投稿ではあるが、1日経たずしてこの数字はバズっていると言える。
動画に里緒奈のアカウントのリンクが貼られているからそこから里緒奈のアカウントページに飛んでフォローやら過去動画にいいねを付けている人が多いのだろう。
「里緒奈が有名人になる日も近いかもしれないな」
「人生初の大バズりで嬉しさ半分、困惑半分って感じです」
それが里緒奈の率直な感想だった。
このままだとスマホが使い物にならないのでしばらくの間、CROSS以外のSNSの通知はオフにするらしい。
その後、里緒奈には約束通り藤崎さん関連の話を打ち明けた。
「また藤崎さんですか?」と若干機嫌を損ねたが、ポテトを口にしている間にいつもの里緒奈の調子に戻っていた。
それから1時間ほど雑談をしながら時間を潰していると待ち人が姿を見せた。