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70.天上へ

(天上へ)


 翌日は、快晴になった。

 朝5時、予定通り、バスで登山口まで行き、後は置き去りにされた。


「こんなに日差しが強いと、日焼けするわね。シミが増えたらどうしてくれるのかしら」

 聡子が昨日のごとく、ぶつぶつ文句が絶えない。


 しかし、登り始めて一時間も経つと、それぞれに会話が無くなった。


 ただ上を見上げては、先行きの長さにため息が漏れ聞こえるだけだった。


 登り始めて二時間、所々にまだ残雪が残り黒と白のコントラストが美しい。

 周りの山々も抜けるような青空の中に、頂に雪を残しながら神々しく立っていた。


 休憩を交えながら三時間、終点の頂は見えるものの、歩いても歩いても届かない頂に苛立ちと諦めの声が上がるようになった。


「もう歩けないー!」

 聡子が幸恵を捕まえて言った。


「人生は、山登りよ。諦めて負け組みになるか、登り切って勝ち組の栄誉栄華の幸せを掴むか自分しだいよ」

 幸恵が自分に言い聞かせながら呟いた。


「この山を登れば幸せになれるのね?」

 聡子より先に小夜子が息を切らせながら言った。


「そうよ。あの頂に着けば幸せよー!」

 幸恵も息を切らせながら言った。


「バカね。山に登って幸せになれれば、みんな登山家よ」

 理恵子が、苦しさのなか現実に引き戻した。


「幸恵、あんなこと言ってるよー」


「えーえ、じゃあ理恵子に人生の歩き方を教えてもらいなさい」

 幸恵は、どうでも言いように突き放した。


 そこで理恵子が持論をぶちまけた。

「人生はお金よ。お金があれば何でも出来る。お金があれば、こんな歩いて山を登らなくても、ヘリコプターでひとっ飛びよ」


「そうよね。お金よねー」

 理恵子の理屈に小夜子がうなずいた。


「じゃあ、そのお金はどうするのよ」

 幸恵が突っ込んだ。


「男からだまして取るのよ。でも、貧乏人は駄目よ。お金持ちのおじ様を狙うのよ」


「それって、援交って言うんじゃないの」

 幸恵のすばやい洞察。


「いいのよ。小夜子にはあっているわよ。まずは、そこにたくましいおじ様がいるから捕まえてらしゃい」

 理恵子は、前を歩いていた元ラガーマンの保健体育の先生を指差した。


「あ、ほんとだ……、獲物だー!」

 小夜子は、その気になって近づいていき体育教師の前でうずくまり、できるだけの色っぽい声で哀れに呟いた。


「はああ、……、先生。苦しいの……」


「どうした?」

 ラガーマンは、心配そうに覗いた。


「先生の背中を見ていたら苦しくて……」


「何だそれは……」


「先生の背中が私を呼んでいるのよ……」


「どういうことだー!」


「だから、おんぶしてっ!」


「何を言っているんだ。自分の足で歩けー!」


「せめて、荷物もって……」


「ば、ばか者っ!」


「先生、あたしも……」

 近くにいた数人の女子生徒がたくましい体育教師の周りに集まった。


「何を考えているんだ。しっかり歩かんと遭難するぞっ!」

 体育教師の一括で生徒は散った。


「ちょっと色気が足りなかったみたいねー」

 理恵子が慰めた。


 四時間五時間経っても、まだ頂には着かない。

 最初は一列に並んでいた集団も、今は、ちりじりばらばらになり、個々の小休止の回数も増した。


 達也は、やはり調子が悪いのか良一と無口に懸命に登っていた。


 六時間、先頭を歩いていた健脚たちは、一番乗りを果たして歓声をあげた。


 どんな坂道も、一歩一歩足を運べば必ず頂には着けると校長は教えたかったのかも知れない。


 妙子たちも、息絶え絶えに山頂に到着した。

 頂に上がれば稜線が一望できた。

 その雄大さに生徒たちはみな感動し、よく言われる山を征服した気分に慕っていた。


「山の上には、別の世界があるのね……」

 幸恵が呟いた。


「天上人の清浄な世界かなー」

 良一の言葉。


「それよりも、お腹がすいたよねー」

 小夜子が早速食い気に変わった。


 昼食後、山荘に案内されたが、昨日とは打って変わったみすぼらしさに落胆の声が上がった。


 しかし、窓から見える天上の世界は、下界では味わえない六時間ひたすら登ったものだけが得られる壮大なロマンを秘めた神々が住む風景だった。


「こんな景色一日眺めながら暮らせたら素敵ね」

 朋子が呟いた。


「ただスーパーとコンビニが無いのは辛いわねー」

 妙子が朋子の横に座って言った。


「でも、いい景色……」


 しかし、午後四時を過ぎると、遠くの山々の裾野を覆うように黒々とした雲が広がってきた。

 そして、稲光が放射状に下界に向って放たれた。


「綺麗、花火みたい……」

 まだまだ、遠いせいか恐怖よりも感激の方が先に出た。


「山の上では、雷は真横に見えるのね」

 幸恵が大発見をしたように呟いた。


「この分だと、妙子の満天の星は見れそうも無いわね」

 聡子が残念そうに妙子に告げた。


「でも、夕立みたいなもんじゃないの。夜までには晴れるわよー!」

 妙子の希望的観測だった。


 しかし、夜になると雷は妙子たちの真上で鳴り響き、横殴りの雨が吹きつけていた。


「ちょっと、何なのこの雨は、昼間あんなにいい天気だったのに……」

 妙子の怒り声。


「山の天気は変わりやすいのよ」

 幸恵の心配は今の天気よりも明日の天気だった。


 食堂のテレビは台風の接近を告げていたが、まだまだ遠かった。

 しかし、その影響で大気は大きく乱れ太平洋沿岸の梅雨前線を刺激し北上してくると告げた。


「明日、晴れるといいけど……」









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