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64.朋子は、誰?

(朋子は、だれ?)

 

 駅の雑踏の中、朋子は人を縫うように早歩きでホームに急いだ。

 どーとーと、押し寄せる人人……

 その人のざわめきに自分の意識が埋もれてゆき、自分さえ忘れてしまいそうな錯覚に陥った。

 朋子は懸命に自分に声を掛けた。


「お母さんに会いに行かなきゃあっ!」


 まもなく見慣れた電車がホームに入ってきた。

 朋子は意識することもなく人の流れと共に電車に乗り込んだ。

 そして動き出す電車に揺られながら、車窓から見る風景もまた見慣れたものだった。


「お母さん、お婆ちゃんみたいだったな。あんなに若くて綺麗な人だったのに……」




 お母さん、ごめんね。ピアノの道に行かなくて……

 小さい時から、一生懸命教えてくれて、ピアノの素晴らしさがわかるまでは、嫌で嫌で随分ひどいことも言ったよね。

 それでも、見捨てずに根気よく教えてくれたこと感謝しています。

 お母さんは本当に心を弾ける、偉大なピアニストだと思います。


 でもね、ミーコがね。ミーコが死んじゃったの。

 お父さんは六年間も生きたんだから寿命だよって言ったけど、注射器でお水飲ませたり、ミルクあげても嫌がって飲まないの。


 そのうちぐったり横になって、息苦しそうで、私、一晩中ずっと見てたわ。

 そのうち息しなくなって、でも心臓は動いていたのよ。

 でも、だんだん振れが小さくなって、止まっちゃった。


 私、ミーコが心細くならないように体にそっと手を当てて励ましていたから、私の手の中で死んだのよ。


 私がおじいちゃんの牧場からミーコだけを連れてきてよかったのか?

 結局、家の中に閉じ込めてしまったことが悪かったんじゃないのか?

 それはただの人間の都合で、私のわがままだったんじゃないのか?

 ミーコを死なせてしまったのは私のせいではないのか?


 何度も何度も考えたのよ。


 もし、私が獣医なら、もっと何かしてあげられたかもしれない。

 もし、私が獣医なら病気にさせなかったかもしれない。

 私にもっと知識があったら……

 それで、私は獣医になることにしたの……


 でも、私が高校生になって進路を決める時、担任の先生に獣医になりたいと言ったら、君の成績なら人間の医者になれるぞ、といわれて医大に進んじゃった。


 命を救うのに人間も動物もないわよね。


 お父さんは、口では言わなかったけど嬉しそうだった。

 でも、お母さんの夢を壊しちゃったよね。

 ピアニストにならなくてごめんね。


 でも、ピアノの心は忘れないわ。


 今ね、下宿にも電子ピアノ買ったのよ。


 何か、イライラするときとか、嫌なことがあったときとか、もちろん嬉しいときもよ。

 そんな時、ピアノ……、弾くの……


 ピアノに集中していつとき、本当の私に帰れた気がするの……


 小さいときから、ずうっとピアノと一緒で、ピアノを弾いてきたからよね。


 私の心はいつもピアノの中にある。

 だから、道を間違えずに前に進められてきた。


 ピアノと心、絶対に忘れないから……






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