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52.夢の中

(夢の中)


「僕がきっと治します! といえばいいじゃないか」


 その声は聞き覚えのある、あの新一の声だった。


「永江新一、やっぱり居たんですねー」


「さすが、秀才、うろたえないねー」


「紗恵子さんの彼氏……」


「まだ彼氏にしてもらった覚えはないけど……、その前に死んじゃったからねー!」


「僕が伝えてあげるよ……」


「そんなことをすれば、紗恵子を永遠に苦しめるだけだっ!」


「秀才なんだろー! それくらい分かれよ……」


「じゃ、何で出てきたんだ。どうにもならないのに……」


「今、僕を呼んだじゃないか?」


 良一は振り返らずに、さほど驚きもせずに静かに背中の人物に話しかけた。


「呼んでなんかないよ……」


「そうかな、何とかしてあげたいと思っただろうー?」


「そうですけど……」


「僕なら治せるよ……」


 良一は思わず振り返った。

 新一は母親のベッドの横に立っていた。


「本当ですか?」


「僕が君と話ができるように、もちろん彼女とも話せる。そして、どうして目を覚まさないか、その理由も知っている」


「何で、ですか? その理由って?」


「彼女が目を覚ますには条件が必要なんだ」


「何ですか? 条件って……」


「世界のバランスかな。宇宙のバランスと言ってもいい。彼女の意識が戻らないと言うことは、戻らない、いや戻せない反対側の必然と言うものがあるようだ。バランスつまり天秤かな……」


「どういうことですか? 何を言ってるのか全然分からない……」


「簡単に言えば彼女を治すには、宇宙をひっくり返せばすむことだが、さすがの僕にも宇宙がどんなものすらわからないから、ひっくり返したくても返しようがない。しかし宇宙の方はそのままにしておいて、天秤のもう片方。つまり彼女自身を換えれば何の問題もない。そうじゃないか? 要するに身代わりだよ。そうすれば彼女は目覚める。簡単なことだ……」


「でも、どうやって……」


「置き換えるんだから方法は簡単だよ。ただ難しいのは誰が彼女の身代わりになるかだよ。自暴自棄の自殺志願者でない限り名乗り出るものはないからねー」


「僕が身代わりになるっ!」


「即答だな……、お前は自殺志願者か?」


「そうかもしれない。僕はこの家の部外者だし、僕一人いなくなっても悲しむ人はいない。お父さんのことが少しは心配だけど、お父さんには僕よりも研究があるから大丈夫……。それで、紗恵子さんや妙ちゃんが喜んでくれれば僕は幸せだから……」


「妙ちゃんは悲しむぞ……」


「最初は少しくらい悲しむかもしれない。でもすぐに忘れるよ。僕の代わりになる男はたくさんいるから。それに今妙ちゃんにはお母さんが必要だと思うから……、もし、僕が妙ちゃんだったら、何に変えてもお母さんにいて欲しいと思うから……」


「そうかー! それだけの覚悟ができていれば大丈夫だ。今の気持ちをゆめゆめ忘れるな……」


「じゃ、妙ちゃんのお母さんを治して……、早く!」


「おいおい僕が身代わりになるわけじゃあないよ」


「だから、僕がなる……」


「それはわかった。しかし彼女がそれを承知しなければ、入れ替わることはできない」


「どういうこと……」


「ここが難しいところだ。だから君は彼女の無意識の世界に入って行き、彼女に直接自分が身代わりになるから、現実の世界に帰るように説得し承知させれば彼女は目を覚ます。もしくは、現実の世界に落とし込めば、それで目が覚める。そして、彼女が目を覚ませば、君はもうこの世界には帰ってこられない。当たり前だけどねー」


「なんだかよく分からないけど、でも、どうやって彼女の無意識の世界に入ればいいのか……?」


「それは、僕の仕事だ。自分で意識している人間の心には、とうてい入れない。入ろうとすれば、あの時の君のように簡単に拒絶されるからね。でも意識のない人間の心は玄関の開いている留守の家と同じで、出入り自由だ……」


「じゃ、早速、僕を送り込んでよー!」


「それじゃ、お前の気の変わらないうちに、はじめようー」


 新一はしばらくベッドの前に立ち母親を眺めていた。

「いい顔だ。美しい……」


 その次の瞬間、新一は頭を彼女の胸の中に突っ込んだ。


「なにをするんだ!」

 良一は慌てて駆け寄ろうとした時、再び新一は胸の中から頭を出した。


「何もいやらしいことはしてないよ。彼女の心の中を少し見ているだけだ」


 新一は、再び頭を彼女の体の中に入れ、頭の先から足の先まで、頭を体の中に入れたまま体を走らせた。


「なるほどなるほど……」


 良一は驚いて、再び駆け寄り、頭を彼女の体の中に埋め込んでいる新一を掴んだと思った瞬間、良一の体は中に浮き、そのまま何もわからなくなった。




 


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