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44.密談

(密談)


 五月の連休も終わって、次の日、妙子はまた寝坊していた。


「妙ちゃん、遅れるよっ!」


「わかっているわよー!」と、怒鳴り声は聞こえているが、一向に起きてこない。


「いつもこうなんですか?」

 良一は呆れて、涼しい顔で朝食を食べている紗恵子にいらだちをぶつけた。


「そうよー、もう毎日毎日あの子には、いらいらさせられるの……。でも、良一君が来てくれて助かったわ。朝のご飯がこんなに美味しいとは思わなかったもの……」


 紗恵子はご機嫌で良一が作った白身魚ときのこのムニエルとフレンチサラダ、だし巻き卵、お味噌汁とご飯を見回しながら言った。


 それは寝起きの悪い妙子から開放された喜びでもあり、良一のおかげで家事から少しでも離れられる喜びだった。


 しばらくして、いつものように眠い目をこすりながら妙子が起きてきた。

 良一は朝食を食べる暇もなく妙子にご飯と味噌汁をよそった。


「早く食べてよ、五分で食べてよ!」


「そんなに早く食べられるわけないじゃない……」


 妙子はぶつぶつ文句を言いながらも……

「このムニエル美味しい……、なんか学校に行かずにずーと、食べていたい気分……」


 急ぐ気持ちが微塵もない妙子の様子に良一は覚悟を決めて、妙子の無邪気な顔を眺めながら少しさめてしまったお味噌汁をすすった。


 本当だよ。僕もこうして君の無邪気な涼しげな微笑をずうっと見ていたいよ。

 まるで新婚生活の二人のように……


「二人とも何を仲良く食べているのよっ! 遅れるわよー!」

 紗恵子の激が飛んで、良一は残ったおかずを一気に駆け込んだ。


 妙子は遅刻ぎりぎりのところで走って家を出て行った。

 良一は遅刻とあきらめてゆっくりと歩いて家を出た。


 いつもと変わらない日常がまた始まる。

 良一は家事を通して、いつの間にか湯川家の一員として、なじんでしまっていることを実感していた。


 良一が学校に着くと、すでに担任は教室にいて朝のホームルームをはじめていた。


「良一! また遅刻か……、このごろ目立つぞっ!」


「すみませんー!」

 良一は恐縮して席に突いた。


 担任が教室を出ると、すかさず達也がやってきた。


「最近、遅刻が目立つな! 勉強のしすぎじゃないのか……」


「アハハハ、そうかも知れない……」

 良一は笑って妙子の方を見た。


 妙子の席では、すぐ前の席の小夜子が良一の遅刻などまったく関心がないようすで、もうすぐ始まる中間テストの話題で顔をしかめていた。


「妙子、もうすぐ中間テストでしょう……、一緒に勉強しない?」

 妙子は時間差をおいてちらりと良一の方を気にしながら小夜子の話を聞いていた。


「でも、そういうのって、絶対に勉強しないで遊んで終わりになるというのが相場でしょう……」


「そんなの当たり前じゃん!」

 横の席の聡子が口を挟んだ。


「でも、それが楽しいのよ。家にいれば勉強しろって親がうるさいし、テレビもろくに見られないからねー」


「あれまー、君たちもう三年生なんだから、友達の足を引っ張らずに一人で沈没しましょう!」

 妙子はそういいながらも、家には秀才の良一がいるので大いに利用できるとほくそえんだ。


「なんの話……?」

 前の席の幸恵が楽しそうな笑い声に釣られてやってきた。


「みんなで足の引っ張り合いをしようという話……」

 妙子が笑いながら言った。


「ひどい言い方、そうじゃないのよ。みんなで集まってお勉強をしようと言う相談なのー!」

 言いだしっぺの小夜子が説明した。


「それで、どこでやるの?」


「だから、やらないってー!」

 妙子が小夜子の頭を小突いた。


「やっぱり、やるんだったら妙子の家よね。広いし、天才女医のお姉さまもいるから……」

 聡子がすでに遊びに出かけるような気分で話し出した。


「ちょっと待ってよ。私の家は駄目よ。お母さん病気で寝てるから……」

 妙子は慌てて否定した。


 理由はもちろん母親の件だけではなく、良一と一緒に暮らしていることなど知れたら、日本中がひっくり返ると思っていた。


「じゃ、良一君の家でやる?」


「えーっ!」

 いっせいに驚きとともに発言した幸恵に注目した。


「どうして良一君の家が出てくるの……?」

 聡子が怖い話でも聞くように小声で言った。


「そんなに驚かなくてもいいわよ。二年の時は、毎回勉強会をやっていたから大丈夫よー!」


「ゆ、幸恵ちゃんと良一ってそんな仲だったの……?」

 小夜子がうらめしそうな声で言った。


「違うわよ! 二人っきりじゃないもの。二年の時も勉強会の話が出て、どこの家でやるっていう話になって、でもみんな家の事情があるから、勉強する場所がないのよ。それで良一君に言ったら二つ返事で家を提供してくれたわけ……」


「うっそ、でも彼の家って大富豪なの?」


「そうじゃないと思うけど、お父さんと二人暮しで、お父さんはほとんど家に帰ってこないんだって。なんか研究者だとかで……。それに庭付きの一戸建てだから広いし、綺麗に片付いていたわよ」


 いつの間にか、いつもの仲間が集まってきていて、いつもの円陣が出来ていた。


「でも、男の子の家に行くのはちょっとね……」


「ちょっと抵抗あるわね……、それも良一君の家となればね……」


「じゃ、誰の家にするのよ?」

 幸恵が反対に訊いた。


「だから、みんな一人一人寂しく涙を流しながら勉強しましょう……」

 妙子がほっとため息をつきながら、みんなを諭した。


「でも、幸恵ちゃんが言うなら大丈夫よね。今度が初めてということじゃないし……」

 聡子が考え深げにみんなの顔を見回しながら同意を求める目配りをした。


「そうね。妙子が良一君のことを気に掛けていることだし……、友達として協力してもいいわよねー!」

 小夜子が賛同する理由をひねり出した。


「だから、私は関係ないって……」

 すかさず妙子が反発したが、彼女たちの顔付きはもう決まっていた。


「じゃ、幸恵ちゃん訊いてきてくれる?」

 小夜子が嬉しそうに言った。


「いいわよ……」

 幸恵が良一のところに行くと良一よりも達也の方が喜んで向かえた。


「どうしたの幸恵ちゃん?」


「今度の土曜日日曜日で、みんなで二年の時のように勉強会をしたいんだけど、またお邪魔していいかしら……?」


「もちろん、いいに決まっているよ!」

 良一よりも達也の方が先に応えた。


「達也君、勉強するの?」

 幸恵が意外な感じで念を押した。


「もちろん、しますとも。去年もいたじゃん!」


「あ、そうだったかしら……」


 そんな会話の中、良一は二つ返事で了解した。

「いいよ。いつごろ来るの?準備しておくから……」


 幸恵は、教室の後ろで固まってこちらを伺っている妙子たちに……

「何時にするのー?」


 それには小夜子が無言のまま手のひらと指を使って九時と示した。


「え、幸恵ちゃんだけじゃないの?」

 達也が驚いて訊いた。良一もびっくりして思わず妙子の顔を見た。


「ごめんね。今回は大勢いるわよ。あそこの連中もそうだから……」

 幸恵は妙子たちを指差した。


 それに応えて、小夜子や聡子が手を振った。


「なんか、わかんないけど、いいよ……」


 良一は、いつものように何でも受け入れてしまった。






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