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43.良一の涙

(良一の涙)


「どうしたの……?」

 妙子は、小声で話しかけた。


「なんでもない……」


 突き放すように言った良一の言葉が、妙子の心を不安にさせた。

 今まで、あんなに身近な存在であった良一が、一瞬全然知らない行きずりの他人のように思えた。


 良一の涙……


 良一の母の通夜の日、母の布団に顔を埋めて大声を出して泣いていた良一を思い出した。


 妙子は久しぶりに良一に会えることが、ただ嬉しかった。

 そして、会ったら元気付けてやろうと心の中で決めていた。


 しかし、大声を出して泣いている良一に掛ける言葉もなく、父親の手を握ったまま一言もしゃべらずに焼香を済ませて帰った。


 その帰り道、妙子もまた涙いていた。

 思い通りに良一を元気付けられなかった悔しさと、良一の悲しみが妙子の心の中まで広がっていた。


 プラネタリウムが終わる頃、良一はいつもの顔に戻っていた。


「何か飲まない……?」


 今度は妙子が良一の手を取って会場をでた。


 ロビーのざわめきの中で、良一は妙子からもらったジュースを片手に、ロビーの椅子に座った。


 何口目か飲んだジュースの缶を見つめながら良一は、ぽつりと話し出した。


「お母さんと最後に過ごしたのが、高原のホスピスで、そこでは今見たプラネタリウムと同じくらい、星が綺麗に見えていたんだ……」


「そう、いいところだったのね……」

 おしゃべり妙子と異名をとる彼女でさえ、良一に掛ける言葉が見つからずに、やっとでた平凡な返事だった。


 プラネタリウムの次の開演が始まるのか、ロビーから人影が消えて静寂が戻ってきた。


「さあ、帰りましょう!」

 妙子は静寂を嫌うように立ち上がった。


「じゃあ、僕が先に帰るね」


 良一も立ち上がり、妙子を置いて先に歩き出した。


 しばらく歩いていくと、妙子が後ろから来て、良一の手を取った。


「どうしたの……?」


 振り返ると妙子は、そのまま良一の腕に甘えるように、からませ腕を組んだ。

 そして、下を向いたまま何も言わずに歩き出した。


 これが妙子のできる良一への慰めの言葉だったのかもしれない。


 良一は妙子に引きずられるように歩き出した。


 そのまま、ただ何も語らず、五月の風が穏やかな日和の中、急に二人に襲い掛かるように吹き抜けて行った。


 二人の仲をやっかむように……




 


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