41.私の一番大切なもの、良一の母亜希子の場合
(私の一番大切なもの、良一の母亜希子の場合)
良ちゃんは大丈夫……
あーちゃんは、もうじきいなくなるけど、あーちゃんはちっとも心配していません。
ただ良ちゃんが大人になって、どんな彼女を連れてくるのか……
それを見られないのが残念です。
もちろん、コーちゃんも好きですけどね。
でも、一番と訊かれたら、やっぱり良ちゃんです。
そうね、コーちゃんにはとても申し訳なく心が痛みます。
私と結婚しなければ、もっと幸せな人生が送れたと思うから……
最初に会った時、なんで窓の外をボーと見ながら歩いていたのか、今でも思い出せません。
きっと夏の日差しがまぶしかったのだと思います。
それで突然弾き飛ばされて、気が付いてみると、慌てふためく貴方がいたのよ。
白衣を着ていたので、ここのお医者さんだとすぐにわかったわ。
でも、お客さんとぶつかるなんて、なんてドジな奴だと思ったわ。
でも、そのあたふたした感じが、とても可愛く見えたの……
「この人、欲しいー!」
心の中で呟いたわ。
でも、どうしてなのか、力が入らなくて立てなかったのよ。
思わず手を伸ばして言ってしまったの……
「手を貸して……」
あなたが、私の手を握ったときの柔らかな手と温かい手。とても男の人の手とは思えなかったわ。
でも、あなた、力任せに引っ張り過ぎるから、痛かったのよ。
でも、あなたが私の目の前に来た時、抱かれたいと思ったのは、私の隠れた欲望だったのかな。
それで自然に口から出てしまったの。
「抱いてって……」
あなたは、体を合わせて、壊れ物でも触る感じで抱きかかえて起こしてくれた。
ふわふわした気分で、とても安心して抱かれていたわ。
その日は一日中、ふわふわした気持ちで、あなたの感触を忘れないように過ごしたのよ。
二回目に逢った時、会計伝票よりも「一緒にお茶でも……」って言いたかったのよ。
もっとあなたのことを知りたかった。
名前も知らなかったから。
でも、あなたはさっさと伝票を持って事務室に行ってしまったのね。
この時、またこの病院で働きたいと思ったの。
またあなたに逢えるかもしれないと思ったから。
三回目に逢った時、本当に、あなたとわからなかったのよ。
でも、ひげもじゃの顔の中から、きらきらした目が、あなただと訴えていたわ。
「やっと一緒にお食事ができる……」
心の中で小躍りしていたのよ。
男の人とお話したことは、もう何年もなかった。
だから何から話していいのかわからなかったの。
でも、あなたが私の乳首のことなんか言うから、もうその気になっちゃったのよ。
また、最初に逢ったときみたいに、抱いて欲しかった。
あなたに抱かれたら、どんなにか気持ちのいいことか、想像して興奮してしまったの。
でも、あなたは笑っているだけ。
私に興味がないのかと思ったくらいよ。
だから、誘ったの。
「お部屋に連れて行ってって……」
なぜか、あなたの前だと裸になることが恥ずかしくなかった。
まるで女友達といるみたいだった。
でも、あなたに触られている時、ふと気付いたの。
そろそろ危ない時期ではないのかと……
最近、母のことで忙しくて、自分のことなど気にしていなかったし、それに、こんなに突然、男の人とどうにかなるとは思ってなかったから、急に怖くなったの。
だから、お昼寝でごまかしちゃった。
もちろん避妊具も考えたのよ。
でも、あなたが、まだどんな人なのか分からなかったしね。
でも、本当に寝てしまうとは思わなかったわ。
それだけ、あのお部屋とベットが気持ちよかったのね。
それに、昨日の夜は面接のことが気になって眠れなかったの。
ましてや、あなたまで寝ているとは思わなかったわ。
疲れていたのね。可哀そうなくらい。
面接が終わってから、もう一度戻って、一緒に寝てあげてもよかったけれど、きっと一緒に寝ているだけでは済まないと思って、やめたの。
でも四回目に逢った時、まさか告白されるとは思わなかったわ。
この人なんで、そんなに焦っているのかと思ったけれど。
でも嬉しかった。私の欲しいものだったから。
それで、良ちゃんが生まれたの。
良ちゃんは、きっとコーちゃんに似ているのね。
コーちゃんのように人の心が分かる人。
だから私は、コーちゃんを好きになったの。




