表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/77

38.私の一番大切なもの、紗恵子の場合

(私の一番大切なもの、紗恵子の場合)


 新一、……。あなたがいなくなってから、もう七年になるのね。

 その間、いつもあなたのことばかりを思っていたわけではないのよ。

 それなりにいい男に出くわせば目を向けるし、胸もときめくわ。

 でも、必ずそのあとに忘れていた、あなたの顔が出てくるのよ。

 何でかなー? おかしいでしょう……


 小学校の時、最初にあなたに会ったときは驚いた。

 顔立ちが良一君にそっくりだったから。

 でもそれだけじゃなく、良一君が妙子を見るときの目と、あなたが私を見るときの目。

 優しさに包まれるような暖かさを感じた。


 私には一つの憧れがあってね。

 それは、妙子と良一君のような恋人同士になりたいと思っていたことなの。


 同じ屋根の下で、まだ小学校にも上がらない妙子と良一君だったけれど、二人がやっていることは、まるで恋人同士、それ以上に、長年連れ添った夫婦のように仲が良く見えたわ。


 もちろんいつも一緒で、遊ぶときも風呂に入るときも寝るときも、必ず妙子の側には良一君がいて、それで、きゃっあきゃっあ、わいわい取っ組み合っていても、あの暖かい眼差しでいつも妙子のことを気遣っているのよ。良一君が頼もしく素敵に見えた。


 おまけに、どこで覚えたのか熱いキスを唇に重ねていたんだから、近くで見ている私なんか当てられどうしで、うらやましくて、やきもちを妬いていたくらいなのよ。


 あんなふうにいつも側にいてくれる彼が欲しいと、ずうっと思っていた。


 そんな時にあなたに逢ったの。

 もちろんあなたを良一君のかわりにするつもりじゃないのよ。

 七つも年下の男の子と張り合わないでね。


 私の憧れていたのは良一君じゃなくて、いつも私のことを思っていてくれる、暖かい家がある彼なの。


 あなたの中に、私の帰る家があれば、私は安心して帰っていけるでしょう。

 自分の家の中まで気取ったり、見栄を張ったり、自分を偽ったりしないでしょう。

 わがまま言ったり、裸で歩き回ったり、自分の家なら何でもできちゃうでしょう。


 そんなふうに思わせてくれる彼が欲しかったのよ。

 私の勝手な思い込みなんだけどね。


 でも、妙子のように「おチンチン見せて!」って言うわけにはいかない年頃だったから、なかなか親しくなれなかったわね。

 でも、あなたの暖かい視線が、時より私を探していることはわかっていたのよ。


 中学生になって、それが思わぬところで、あなたがバレーボールのコーチをしてくれることになって、ますます良一君のような思いやりを感じたわ。


 あなたが選手を蹴ってコーチに徹したことで、男子から非難されていたことも知っていた。

 それでもコーチをしてくれたことが、とても嬉しかった。


 最初はその時のお返しのつもりで、私の家に誘ったんだけど、一緒に勉強している間に、やっぱり私の帰る家があなたの中にあると思えてきたの。

 でも、あなたは一生懸命勉強ばかりしていて、私には全然興味がないんじゃないかと思ったくらいよ。


 いつも教室で見るあなたと別人だと思えるほど、物静かで誠実な人って感じだった。


 誠実といえば、夏休みになって、最初にあなたが来る日、どんな服にしようかとクローゼットを見たの。普段はTシャツとショートパンツが多いんだけど。

 この日も鏡を見て「色気ないな」と思ったの。


 それで、前に友達からブラトップが楽でいいわよって言われて、タンクトップとキャミソールと、合わせでハーフスリーブのシャツを買ったの。

 タンクトップは普段着に使っているけど、キャミソールは一度も着たことがなかったの。

 お母さんにそれで街に出るのって言われて、それじゃ―下着ねって言われて、確かにキャミソールと言うくらいだからインナーなんだけど、私でもさすがに何か羽織るものがないと恥ずかしい。でも、この夏の暑さ、肌を出して、色気で迫るのも楽しいかなっと思ったのよ。


 そんな時、あなたが来たのよ。

 私はシャツを着るのを忘れて、キャミソル一枚とショートパンツのまま出てしまったのね。

 あなたの驚いた顔が今でも目に浮かぶわ。


「シャツ忘れた……」と思ったけれど、貴方なら許せたから……

 それに貴方のどきまぎしたリアクションが面白かったから、このままでもいいかなって思ったの。

 でも、貴方があんなこと言うから、裸の方がいいって言うから、裾を上げて、おへそのところまで上げて、でも、やめたの。


 全部見せてしまったら、あなたは私に興味をなくして離れていくような気がして……

 だからあんな約束をしたの。少なくとも卒業までは一緒にいられるじゃない。


 それに今なら言うけど、本当は私も卒業まで待たなくても、あなたに抱きしめて欲しかったの。

 気の遠くなる思いをしたかった。

 約束の後も、なんとなくそんな機会があったじゃない。

 会話が途切れて、あなたはじっと私を見つめていた。

 私もあなたが何をしたいのかわかっていた。


 それなのにあなたは何もしなかった。

 あの時「いいのよ」って言ってあげればよかった。

「約束なんかいいのよ」って……


 あんなことになるんだったら……


「約束、……」


 私には、あのつまらない約束が、今も心の中で生きているのよ。

 だから他の男の人の前で裸になれない。

 あなたとの約束があるから。


 そんなことどうでもいいことなのに……


 でも、脱げないの。


 あなたの顔が浮かんで、悲しそうな顔が浮かんで……





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ