35.五月の休日と二人の夜
(五月の休日と二人の夜)
五月に入って大型連休の後半に入る前夜……
良一は、いつものようにウーロン茶を飲みにキッチンに降りた。
そこには、いつものようにお風呂上りに、やっぱり裸ではないがパジャマを着てビールを飲んでいる紗恵子がいた。
「連休はどこにも行かないの?」
紗恵子は良一を見ずに遠くを眺めながら呟いた。
「そうなんですよね。普通の家族は行楽とか行くんですよね。僕にはそういう記憶がないから……」
「じゃあ、私の家と同じね。お父さんも連休くらい家庭サービスでもすればいいのに、普段はお休みでも仕事するから、年に一度の罪滅ぼしになるのにね。妙子がかわいそうで……」
「でも、仕方ないですよ。僕の父が言ってました。俺の職場は戦場だって。俺は戦争をしているんだって、俺が遊んでいたら、誰か死ぬぞって……」
「戦士に休息は無いってことね……。それで良一君は何をしていたの?」
「そうですね。家を片付けたり、庭の手入れをしたり、おもに勉強していました……」
「私と同じねー!」
それを聞いて良一は、紗恵子も妙子も、自分と同じ境遇で、同じ寂しさを味わってきたのだと思った。
「もし、良かったら妙子をプラネタリウムにでも連れて行ってくれない?」
「プラネタリウムですか?」
「妙子が小学校二年の時かな。街に科学館が出来たでしょう。あの中の人体部門の展示にお父さんが協力したの。それでオープンのときに招待されて、妙子と私も行ったの。それ以来プラネタリウムのとりこになっちゃって、何かと言うとプラネタリウム、プラネタリウムというようになって……」
紗恵子は椅子の上に両足を乗せて、両手で膝を抱きかかえて、少し眠たそうに話した。
少し濡れた長い髪が、放射状に広がり、前髪は頬を隠していた。
「性格に似合わない感じですね。どちらかと言うと野球かサッカーの方が喜びそうですけど……」
良一は、胸がドキッとするのを感じて唾を飲み込んだ。
紗恵子の乱れた髪と膝を抱えた格好は良一を誘うような色っぽさがあった。
「そうねー、でも小学校五、六年ぐらいかな。いつの間にか言わなくなって、きっと誰も連れて行ってくれないから考えないようにしていたのかもしれないわね……」
紗恵子は、やはり眠たいのか、抱えた膝の上に頬をついて、目を閉じた。
「もちろんいいですよ! 僕も小学校の時の授業で一度行ったきりですから……」
良一は気持ちを落ち着かせようとコップに入った烏龍茶を一口飲んだ。
「私も良一君となら行きたいけど、妙子に譲るわ……」
紗恵子の誘うような、なまめかしい声が良一の耳をなめるようにして届いた。
「紗恵子さんは、どこかに行くんですか?」
「いろいろとありまして……」
「……、デートですか?」
「デートならいいけど、男は良一君だけでいいわ……」
紗恵子は、なにげなく愛の告白をして、膝に頬をつけたまま薄っすらと目を開けて良一を見た。
良一は照れながら床を見つめて、ときより紗恵子の顔をうかがったが、でもそれは大人が子供をあやすのと同じものだと、自分に言い聞かせていた。
「明日はというより、もう今日ね、合コンがあるの……、連休中、男にあふれた女どもが、どこかの男連中を集めてきたとか……。人数合わせで、私も借り出されたのよ。めんどうくさいけど、これも付き合いで、後は当直だからお仕事……。これで後半の連休もおじゃんよー!」
紗恵子は、頭を起こして、遠くなった缶ビールに手を伸ばして一口飲んでから、大きくため息をついた。
「変な男に引っかからないでくださいねー」
「心配してくれているのね。嬉しいわ……。良一君も一緒に来る? 私の彼氏として……」
「もちろん、行きますよー! ボディーガードとして!」
良一はすっかりその気になっていた。
紗恵子も頼もしく目を輝かしている良一が、かわいいと思い微笑みを寄せた。
「でも、確かお父さんが公演で、出張じゃなかったかしら?」
良一はキッチンにかかっているカレンダーを見た。
「九州に講演て、書いてありますよ。これ二泊ですねー」
「いいわねー! きっと夜は温泉で宴会ね……。かわいい娘たちは家で留守番して、ひもじい思いをしているのに……」
紗恵子は、ぶつぶつ言いなが続けて二口ビールを飲んだ。
「ご飯、足りませんでしたか?」
「そういうことじゃないわ……」
「それじゃ、もっと豪勢にしましょうか?」
「いいわねー! 高いお肉を買ってきて、高いワインも買ってきて、全部お父さんの付けで焼肉パーティーしましょう!」
紗恵子は持っていた缶ビールを高々に上げた。
「それじゃ、庭でバーベキューやりませんか?」
「凄い賛成! 昔は良くやったわねー! 良一君と妙子が、バーベキューバーベキューと言って、お母さんを困らせていたわね……」
その言葉で、二人の会話が一瞬途切れた。
「でも紗恵子さん! 合コンじゃないですか?」
「あ、忘れていた……」
「そうだ、僕も行くんだ!」
良一はすっかり紗恵子に付いて行く気になっていた。
「……、じゃー、妙子はどうするの?」
思い出したように紗恵子……
「やっぱり、おいていけないでしょうねー」
二人は顔を見合わせて笑った。




