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32.妙子の朝

(妙子の朝)


 翌朝、良一は紗恵子よりも早く起きた、というよりも興奮して眠れなかったというほうが正しいかもしれない。


「おはようございます!」


「……、どうしたの? 今日は、ずいぶん早いのね」

 眠たそうに起きてきたのは紗恵子だった。


「仕事がたくさんありますから……、早く起きて片付けないと……」


「そんなに一生懸命やらなくていいのよ。私も手伝うから……」


「そう言ってくれるのは紗恵子さんだけですよ。この家広くって、掃除するのも大変そうですから……」


「掃除なんて、目に付くところだけでいいのよ。そんなに気にしないで……」


「……、すみません」

 良一は意味なく謝ってしまった。


「でも、昨日の夜は来てくれなかったのね……」

 紗恵子が寂しそうにつぶやいた。


「いえ、そんな……。昨日は大丈夫でした。もう大丈夫だと思います」

 紗恵子にあのことで興奮して眠れなかったとは言えなかった。


 朝食の準備が出来ても妙子は起きてこなかった。


「もう、起こしたほうがいいわよ!」

 紗恵子が良一に言った。


 なぜ良一が起こさなければならないのかと思ったけれども、反射的に体が動いて妙子を起こしに食卓を立った。


「湯川さん、学校に遅れるよ……」

 良一の呼びかけに、しばらくして妙子が応えた。


「……、わかったわよ!」


 良一が食卓に戻ると……

「妙子は、寝起きが悪いから、一回じゃ起きないわよ……」と、紗恵子の言葉……


 良一は、もう一度二階に上がった。

「湯川さん、早く起きて学校に行かないと、僕が行けないよ……」


「……、わかっているわよ!」

 しかし妙子は、それから15分後に眠い顔をあらわにして起きてきた。


「早く、着替えて学校に行かないと僕が遅れちゃうよ……」


「まだ、ご飯食べてないもの……」


「え、こんな時間でご飯食べるの?」

 良一は呆れて妙子の顔を見た。


 そして、妙子の普段は絶対に見せない無防備な、どちらかというと寝顔に近い顔が、子猫のようにかわいらしいと思った。


「じゃあ、ご飯食べてよ!」

 良一は、少し伸びた山掛けの蕎麦を出した。


「わーあ、本当だー! おそばじゃない!」


 昨日の夕食の時に、良一の朝ごはんの話題が出て、蕎麦が好きだと言った。

 それで、妙子たちも良一の蕎麦が食べてみたいと言われたのだった。


「美味しい! 今度、あたし、かき揚げがいいな……」


「朝から、かき揚げじゃーきついよー!」


「そうかなー、元気が出そうだけど……」


 いつもの研ぎ澄まされた感性むき出しの妙子が、まるで小さな子供のように時間を忘れて蕎麦を食べている姿に、良一は、かわいいと思った。


 それと美味しいと言ってくれたことに感激していた。

 一人の朝食では誰も言ってくれる人はいなかった。


 もはや学校の遅刻などどうでも良く思えてきていた。

 そこに、着替えを済ませた紗恵子が大声を上げた。


「妙子、もう時間過ぎているわよ!」


「本当だ、まだ着替えてない……」

 妙子は、慌てて蕎麦を駆け込むと二階に上がった。


「良一君、妙子なんかほっといて早く行ったほうがいいわよー!」


「いえ、僕は後でもいいですから……、遅刻はいつものことですから……、一緒に行きます」


 紗恵子は自分の仕度を急いだ。


 ようやく着替えて降りてきた妙子は、いつもの顔をしていた。


「早く行くわよ!」


「でも、一緒に出るのはまずいじゃない?」


「しょうがないわね。じゃ、途中で道を変えましょう。良一は、自分の家のほうから回ってよ!」


「わかった。だから、先に出ていいよ!」


「じゃ、学校でね!」


 妙子は、駆け足で家を出た。良一は妙子に言われなかったが、それから五分置いてから家を出た。

 良一の胸の中には遅刻という問題よりも、今まで味わったことのない幸せの気分を実感していた。


 その昔、小さい頃に、この家で感じていた幸せだった。


 良一は、遠回りになっても、妙子に言われたとおり、自分の家の方から学校に向かった。






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