27.紗恵子と夜這い
(紗恵子と夜這い)
良一は、寝ながら冷や汗で、体がぐっしょり濡れているのに気が付いた。
「何だろう? これも夢なのかな……」
良一は、もう一度起きようと体を起こした。
しかし今度はすんなり起きることが出来た。
部屋の中はひんやり冷たいのに体だけが妙に熱かった。
時計を見ると午前三時、もう一度キッチンに降りてウーロン茶でも飲もうと思った。
その瞬間、体が変に軽い。軽いというよりも誰かの背中に負ぶさっている感じだった。
「あれ、体が勝手に動く……」
良一はキッチンに行きたいはずなのに、体は廊下を右に曲がった。
「違うそっちではない!」
何度も叫んだが、体は真っ直ぐ紗恵子の部屋に向かった。
「おい、何をするんだ! やめろ! やめろ!」
尚も体に抵抗して叫ぶ良一の声が自分の耳でも確認できた。
しかしその声は自分が精一杯の力で叫んでいる声とは別人のように弱々しく聞えた。
体は紗恵子の部屋の前で止り、腕はドアノブへと伸びた。
「やめろ! やめろ!」
叫ぶ良一の声が虚しく響くように、ドアは開かれた。
そして、体は紗恵子のベッドに進んだ。
良一は、寝ている紗恵子に助けを呼ぶように再び叫んだ。
「紗恵子さん、起きてっ! 紗恵子さん、起きてっ!」
声は確かに弱々しくても紗恵子の耳には聞こえるはずだと思い叫んだ。
「紗恵子さん、僕、変ですー! 紗恵子さん起きて……」
何度もつぶやく良一に、ようやく紗恵子が気が付いた。
「……、どうしたの?」
「紗恵子さん、僕、変ですっ! 体が言うことを利かないんですっ!」
紗恵子は、瞬時にして眠りから覚め普通でない良一に気が付き、ベッドから起きて良一に自分から近づいていった。
「紗恵子さん、駄目ですー! 危険ですー! これは僕ではないかー! 離れてくださいっ!」
しかし医者の卵としての紗恵子は、一目見るなり良一が夢遊病患者のそれに似ていると思い 良一のほっぺを軽く二、三回叩いた。
「わかる? 私がわかる? 何をしているのかわかる?」
「痛いですよー! 感覚はあるのですが、体が自由に動けないんですー! 危険ですから、僕を部屋から出してくださいっ!」
部屋の外の騒ぎに気が付いたのか妙子が起きてきた。
「二人でなにやっているの?」
良一は、その声に鳥肌が立つほど驚いた。そして驚いた拍子に顔が妙子の方を向いた。
「違うんだ、これは僕じゃないんだ……」
弁解する良一に妙子は、定石どおりの想像をめぐらしていた。夜這いである。
「なにやっているのよっ!」
きつく怒り声の妙子が、どうしていいのかわからず、その場に立ちつくすだけだった。
「これは僕じゃないんだっ! 信じてくれー! 体か勝手に動くんだっ!」
良一の言葉とは反対に、顔はもう一度紗恵子を見つめた。
そして、おもむろに伸びた左腕は紗恵子の胸を撫でた。
何度も、何度も、その感触を確かめるように撫でた。
妙子はその光景を目の当たりに見せ付けられて、声も出せずにひきつるだけだった。
「やめろ! やめろ! 違うんだ。僕がやっているんじゃないんだっ!」
紗恵子は、胸を撫でながら喋る良一は、苦しみの中で生を求める患者のうめきに似ていると思い、そのまま嫌がらずに良一の行動を許した。
しかし、今度は紗恵子に両手を広げて抱きつき、唇を重ねようと迫った。
「やめろー!」
良一が懇親の力を込めて叫びながら、体を前に倒した。
良一の言うことを聞かない体はバランスを崩して床に倒れた。
「大丈夫っ!」
紗恵子は、すかさずしゃがみ込み、良一を起こしながら抱き寄せた。
良一は、紗恵子に抱きかかえられたことをいいことに、尚も紗恵子の体に抱きついた。
「良一君、大丈夫!」
良一は、もう一度力一杯体を投げ出すように叫びながら床に倒れこんだ。
その次の瞬間、良一は我に返った。
「……、大丈夫! もう大丈夫! 元に戻ったから……」
息を切らす良一に、後ろから妙子の冷ややかな声が聞こえた。
「朝までやっていたら!」
妙子は、虚しい心で自分の部屋に戻っていった。
「……、どうしたの?」
紗恵子が床に座りなおしながら、肩で息をしている良一の背中をさすった。
「金縛りにあったんです。でも、金縛りとはちょっと違う、何かの霊に乗り移られた感じだった。憑依って言うんでしょう……?」
「私には、夢遊病者のように見えたけど……」
紗恵子が話しているほんのわずかの間に、良一は床にうずくまったまま寝てしまっていた。
紗恵子は、このままここで寝かすことも考えたが、妙子の目もあると思い、良一の部屋まで抱きかかえて運んだ。
抱きかかえたとき、中学三年にしては軽いと思った。
近くで見る良一の顔は、白く透けるように美しく、やさしい微笑を浮かべていた。




