26.良一と新一
(良一と新一)
「良一、君は僕と似ているね……」
「何が、……?」
「すべてだよ。君の一番大切なものは、あーちゃんだね。僕の一番大切なものは、もちろん紗恵子だ。一番大切なものを守りたいと思う心は一つだっ!」
「でも、僕の場合、あーちゃんはお母さんだから、君とは違うよ」
「違わないさ、たまたま君は、十歳で非遇な事情から母の存在の大きさと、大切さを知ってしまっただけだよ。僕もそうだけど、他の脳天気な幸せなやつらには、母親のありがたさも大切さも気が付かないでいるだけだよ。親孝行したいときに親は無しというだろう。本当に大切なものは、なくして始めてわかるものかもしれない。生涯わからないまま自分勝手に生きているやつもいるけど。僕なんかその口だ。母親が、僕が死んだことで、どれだけ悲しんだか想像できないよ。君は偉いよ。僕は良くやったと思っているよ。お母さんも安心して、またどこかで産声を上げて目覚めていると思うよ……」
「どうして僕のしてきたことがわかるのさー?」
「僕は、君だからさ……。でも、僕はまだ紗恵子に何もしてないんだ。あんなにチャンスがあったけれど、僕は我慢をして紳士に春を待っていた。あの時、押し倒して抱きしめてキスをしても……。紗恵子はきっと許してくれたと思う。でも反対にそう思えば思うほど犯してはいけない約束のような気がして、紳士になるしかなかったんだ。僕はスポーツマンだからルールは守らなければだめだ。でも守らないのが世の中だし……、悔しいよ、悔しいよ……」
「君も偉いと思うよ。本当に大切に思っていたんだね。大切なものだから守りたかった。二人の約束もその一つだよ。そして君は我慢して守ったじゃないか。愛するって、そういうことじゃないかな。愛していたから守れたんだよ。自分の身勝手な欲求をぶつけたり奪ったり、だましたりだまされたりすることは愛じゃないよ。相手が望むことを与えるのが愛だと思うから……」
「良一、君は子供だね。青いよ。青臭くって笑っちゃうよ。そんな真っ当な恋愛論など思っているやつは、この世の中、男も女もいないよ。僕は死んでわかったんだ。生きるって欲望を燃え上がらせることなんだ。燃え上がらせ炊きつかせ、めらめら燃え上がる炎となって彼女にぶつかっていくんだ。その思いは必ず通じる。愛することは欲望なんだ。愛しているなら抱きしめろっ!」
「そんなことは出来ない。愛は優しさだよ……」
「違うよ、愛しているなら抱きしめろっ!」
「だめだよ……、だめだ……、新一、永江新一!」
「……、……」




