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12.遠い昔の顔と今の顔

(遠い昔の顔と今の顔)


 良一が音楽室まで来るとピアノの響きが耳に心地よく届いてきた。

 良一は、少し戸惑いながら静かに音を立てないようにドアを開け部屋に入った。

 妙子は、そのままピアノを弾き続けていた。


 良一は妙子の横まで近づき、演奏が終わるのを身動きせず待っていた。

 湯川妙子、まじかで見るのは10年ぶりのことだった。

 セーラー服がとてもよく似合っていて新鮮だ。


 思っていたよりも背も大きく、胸も突き出ていた。

 もちろん幼児期に比べてのことだが…

 それにこんなに可愛かったのかと昔の記憶を思わず調べ直していた。


 良一は昔のように抱きしめたらどんな感じかなと想像した。

 その想像した延長線上に良からぬ思いも続いてきて、よけいに興奮した。

 突然、音楽がやんで、いきなり妙子が話し出した。


「お父さんから聞いたわ。家に下宿するのがいやなんだって…?」

 妙子は、いかにも良一の下宿に賛成しているかのように話しかけた。


「いやというわけでもないけど……。今の生活を変えたくないんだ」


「今の生活ってなに……?」


「なにって聞かれても困るけど……。今まで、一人で気楽にやっていたから……。実は、他の人とうまく一緒に生活できないと思うんだ」


「どうして……?」


「さー、わからないけど……。今まで、経験ないから……」


「うそ、小さいころ私の家にいたじゃない……」


「小さいときは良かったけど……。今は大きいし、一人が慣れちゃったから……、湯川さんは、なんとも思わないの……?」


 良一は何か叱られているような気分になり、うな垂れて床を見つめながら、刑事に攻め立てられる犯罪者のように畏縮して、時より声を震わせながら、途切れ途切れに蚊の鳴くような小さい声で話した。


「そうね。少し恥ずかしい気がするわ。クラスのみんなに知れたら大変ねー!」


 それとは正反対に妙子は活発明瞭に音楽室に響くような声だった。


「だろー、お互い変な気を使わなければならないよ。それだったら、今のままの方がいいよー!」


「問題はそれだけ……?」


「それだけって……?」


「それだけなのねー、もっと深刻な問題があるかと思っていたわ。例えば私のことが嫌いとか、お父さんをアメリカにやったから怒っているとか……」


「そんなのぜんぜんないよ。気を使ってくれていることには感謝しています。でも、湯川さんの家には行けない……」


「そう、どうするかは、あなたの好きにすればいいわ。とりあえず今日、私の家で食事しながら今後のことを考えましょうって、お父さんに頼まれたの。七時ごろ私の家に来てよね。話はそれだけ……」


 妙子は立ち上がり、ピアノのふたを閉めた。


「ありがとう、でもいけないよ。僕は大丈夫だから心配しないようにと、お父さんにも伝えてください」

 良一は、最後は改まった言い方で、声を大きく出して再び断った。


「こないつもりなのー? ちょっとまってよっ!」


 良一は妙子の話を振り切るように音楽室を出て行った。


 いつまでも妙子と話していると、あの迫力とあの話術で、いつの間にか言いくるめられそうな気がして……





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