【短編】ハーレムは砂の城
いつもお読みいただきありがとうございます!
長編にしようかなと思っているネタで久々に短編を投稿してみました。コメディ傾向で男主人公です。
シリアスなのを書いてるので……シリアスを書いてると定期的にふざけたくなりますね。
続きが読みたい!という方は応援していただけると嬉しいです。
「お前のところには娘が一人いただろう。それを貰おう」
尊大に足を組み、見下したように言う15歳の公爵家次期当主ウルス。
彼の前に土下座をしているうちの一人、まだ幼さ残る少年は悔しさに身を震わせている。
「そ、それは……」
同じく土下座している少年の父親も震えている。こちらはどうやら恐怖で震えているようだ。噂通りの小物だ。
「病弱で深窓の令嬢だそうじゃないか。ちょうどいい。私の婚約者にしよう。病弱だから子は望めないだろうし、私が愛人をどれだけ作っても文句は言わせない。契約書にもサインしてもらう」
「妹は……まだ7歳です!」
震えているだけの父親だが、次男である少年は父親とは違い拳を握りしめて叫ぶ。
「だから何だというのだ? 私の妹は7歳であのアホ王子との婚約が決まり、子供らしい遊びなどせず勉強漬けだった。ま、妹の努力はすべて無駄になったがな。あのアホ王子とバカ女とお前の兄を筆頭にした救いようのない側近たちのせいで。ちょうどいいじゃないか、罰としてお前の妹が差し出されるのだ」
公爵家の護衛が身を起こした少年を押さえつける。少年は怒りに震えながら地面に押さえつけられたが、鋭い視線は公爵家次期当主に向けられていた。
なかなか気骨があるじゃないか、父親と違って。
そんな少年を見て、絶対的に優位な立場からウルスはニヤリと笑う。
「侯爵家は資金繰りが苦しいよな? 払えないであろう程の慰謝料を請求してお前の妹を娼館送りにしてもいいんだぞ? 今の年齢からならば良い娼婦に仕立て上げられるだろうな。長男は平民に落ちて、妹は娼館送り。お前が借金だらけの侯爵家を継ぐんだろうなぁ。領民たちも苦労するだろうなぁ」
ウルスはニヤニヤしながら親子に向かってねちっこく喋る。少年は護衛に押さえつけられたまま悔しそうに唇を噛みしめた。悔しさのあまり少年の目には涙も光っている。
「だが、私は自分の手で復讐したいタイプだ。お前たちは歯を食いしばりながら妹が酷い目に遇うのを見ているしかない。それもこれも長男がバカだったせいだな。あとは長男の教育に失敗したせいだな」
はははとウルスの乾いた笑いが部屋に響く。
「娘を……差し出します」
「父上!」
震える父親の言葉に少年は悲鳴を上げる。
そうだ、もっと苦しんだらいい。私の妹はもっともっと苦しんだんだから。
「では契約書にこの場でサインしてもらおうか」
「ははっ」
「父上! おやめください!」
暴れる少年はさらに強く護衛達に押さえつけられ、父親は用意された契約書の内容をろくすっぽ読まずに震えながらサインした。
「じゃあ明日か明後日にでもお前の娘を連れてこい。それがお前たちにできる償いだ。さ、侯爵たちがお帰りだ。残念だったな、少年」
小物と断定した父親には一瞥もくれず、泣きながら暴れる少年を楽しそうに眺めてウルスは高笑いしながら颯爽と部屋を出た。
「坊ちゃん、どうせ娼館送りにする気はなかったんでしょう?」
部屋を出た途端、すすすっと寄ってきたのは先ほどまで壁に同化していたウルスの侍従モーリスだ。
「娼館送りにしたなどと可愛いアルベルティーナに知られたら軽蔑されるからな」
「うわ、シスコン……」
周囲に人がいない時は侍従であるモーリスに気安い言葉を許している。
「何か言ったか? それと坊ちゃんはやめろ」
「ウルス様、なんでもございません」
「ふん。娼館など生温い。妹を傷つけた家の人間だぞ? 病弱でちやほやされたワガママな子供に違いない。俺が直に性根を叩き直してやる」
シュナイダー公爵家の次期当主ウルスはまた高笑いをした。あまり高笑いは似合っていないのだが、高笑いをしたいお年頃である。
***
時は遡る。
ウルス・シュナイダーの双子の妹であるアルベルティーナ・シュナイダーは、第一王子サイラスの婚約者であった。
アルベルティーナが7歳、サイラス王子が9歳の時に決まった婚約だった。
思い出すだけでも腹が立つ。王家から望んだ婚約だったのに。
アルベルティーナの王妃教育はすぐ始まった。そこからはお約束だ。
王妃教育によって優秀さを遺憾なく発揮し始めたアルベルティーナに対し、凡庸の域を出ない第一王子。一番身近な異性がそんなだったら自信を失うだろう。
教育係がフォローすればいいものを、第一王子に「アルベルティーナ様は大変優秀で。もうこちらの部分は終えていましたよ」などと発破をかけて傷つけるものだから当然関係は拗れた。国王と王妃もアルベルティーナを囲い込みたいがために優遇するから、さらに拗れた。
ここからもお約束だ。誰も第一王子を認めないまま、いやアルベルティーナが優れていると褒めちぎるまま、王子は学園に入った。そこで何でも肯定してくれる頭からっぽな下位貴族の令嬢と懇意になり……というまさにお約束だ。誰だ、お約束になるほど前例作ったのは。
王子は卒業パーティーでやらかすほど度胸がなかったのか、単にそこまで待てなかったのか。アルベルティーナが学園に入って、俺と一緒にいない昼休みのカフェテリアで婚約破棄宣言をやらかしたのだ。
別室に呼び出すという手順を踏んでいれば王家が揉み消せたが、平民から高位貴族まで集まるカフェテリアでの出来事だ。揉み消すのは不可能だった。
さて、ここで問題になるのは王子を諫めるべき側近達が何をしていたか、だ。
あいつら、最初だけは王子を諫めていた。しかし、王子の相手である無知な男爵令嬢に対して何を勘違いしたのか、可愛いと思ったようで次第に諫めなくなり、侍るだけになっていった。
侍るだけならまだしも、アルベルティーナを「王妃にふさわしくない」などと侮辱し男爵令嬢を王妃に据えようと動き始める始末。
そして起きたのがカフェテリアでの婚約破棄騒動である。
アルベルティーナは大層傷ついて落ち込み、母親である公爵夫人と一緒に叔母の嫁いだ隣国で療養中だ。
父親である公爵はこれ幸いと愛人のところに入り浸っている。そのため、ウルスがアルベルティーナの騒動の後始末については全権を握っていた。
第一王子には厳罰を望んでいるが公爵家が第一王子を断罪するわけにもいかない。しかし、側近たちの処罰は自由にしていいと言われた。王家は今シュナイダー公爵家の機嫌を無視できない状態だ。
「7歳ならこれから洗脳してちょうどいいだろう。俺はハーレムを作っていろんな女性たちにチヤホヤされたい。なんなら毎日違う女性の家で眠りたい。だが、公爵家当主となると他の貴族家から迎えた公爵夫人が必要だ。表向きの仕事を全部してくれて、しかもハーレムを許容できるような物分かりの良いのがな」
「うわぁ……最悪ですね……煩悩ダダ洩れですね」
「何か言ったか?」
「ウルス様は15歳でしょう。第一王子の側近だった兄の尻拭いだからって7歳の女の子にそんなことを強要するなんて」
「丁度いい年齢の娘があの侯爵家にしかいないからな。俺のハーレムの夢のためだ。8歳差なんて貴族社会では年齢差がないに等しいじゃないか。それに何だ? 長男のせいだから長男だけが責任を取って終わりなのか? アルベルティーナがあんなに傷ついたのに?」
「それは……そんなことは……」
モーリスはアルベルティーナの名前を出されて何も言えず黙り込む。
「いいか、モーリス。ハーレムは男の夢だ」
「急に主語を大きくしないでください。そもそもウルス様はその……は、ハーレムに入れたい好きな女性はいるんですか?」
「いや、いないが? これから探す」
「うわぁ……」
「いろいろあるだろう。恋愛になると人が変わる人間とか」
翌日公爵邸にやってきたブラックウェル侯爵家の娘、オルフェン・ブラックウェルによってウルスのハーレムの夢は粉々にされることになる。
「なぜ庭で煙があがっている!? 火事か?」
「確認したところ、オルフェン嬢が小腹がすいたからと焼き芋を」
「深夜に!? 焼き芋だと!!」
「太るんじゃないかと言っておきました」
「お前、レディーに対してデリカシーないな」
「ウルス様に言われたくありません」
「おい、さっきの音は何だ? 地震か?」
「……私も見てきていまだに信じられませんが申し上げます。オルフェン嬢が部屋にあった金槌で壁を壊しました。部屋が狭いそうです」
「狭いからって普通壁を壊すか? あいつは本当に貴族令嬢なのか? 間違えて野生動物連れてきてないか?」
「病弱なワガママ女には物置で十分って言ったからじゃないですか……」
「今日はあいつ何も事件を起こさないな……なぜか落ち着かない」
「それはもう恋なのでは」
そんなことは知らず、ウルスは将来のハーレムについて妄想していた。それが砂の城とは知らずに。