最終話 夏の王冠
出発の日、ユマとオリファとバルトの三人を見送るために、多くの人が集まった。ネルがついていくと言うので、妖精を含めるなら四人か。
馬を持たないバルトのために、スィミア人から奪った馬のうち一頭が、彼に与えられた。大人用の立派な弓矢と剣を、タイニールが渡す。
「実をいうと、村人たちはずっとあなたを恐れていた」
じっと彼女を見返したバルトは、時間をかけて、彼女の言葉を翻訳したようだった。
「なぜ?」
「あなたには、魔力とは異なる強い力がある。人はそれを、勇気と呼ぶわ」
彼は口角をあげると、一息で馬にまたがった。その動作にぎこちなさを見て取り、ユマは片眉をあげた。
「乗馬の経験は?」
「あるよ。でも最後に馬に触ったのは、四年以上前だ」
背丈も今とは違ったし、と決まり悪そうにバルトが付け加える。オリファが笑い、バルトの手綱を取った。どうやら、道中は乗馬とノクフォーン語のお勉強になりそうだ。
ユマは首から鎖を外し、指輪を一つ、抜き取った。タイニールの前へ進みでる。
「タイニール。これは、あなたが持っていてください」
彼女が指輪を見、ユマを見た。手を押し戻す。
「お母さんの形見よ」
「ぼくには剣があります」
外套をめくり、イスファニールの剣を見せた。オリファが取り戻してくれたものだ。
青金石が輝きを放ちながら、タイニールの指に収まる。彼女は妹にそうするように、指輪に微笑みかけた。それから両腕を広げ、ユマを呼ぶ。ユマは、はにかみながらも、彼女の背にしっかりと手を回した。タイニールが言う。
「ときどき手紙を書いてくれる?」
「ええ。必ず」
ぬくもりがそっと離れる。空色の瞳が、いつにもまして澄みわたっていた。
「困ったことがあったら、いつでも相談して」
存在を主張するかのように、ヴィヴィの吠え声があがった。しっ、とアリステルが諫める。ユマはかがみ込み、愛しみを込めて白い犬をなでる。それからおさげ髪の少女に向き直った。
「アリステル……きみにもお世話になったね。今度、何かお礼をさせて」
「べつに、何もいらないわ」
すかさずマティニールが、アリステルに肘打ちした。何かをささやく。
「あっ……でも」
アリステルが歯切れ悪く言う。青緑色の瞳がきょろきょろとさまよう。
「手紙は欲しいかも……」
周りの村人たちと一緒に、ユマは唖然とした。いったい、彼女に何が起きているのだ?
「ユマ!」
離れた場所からネルが呼んだ。
「そろそろ行きましょ。日が暮れる前に山を越えないと」
ユマは返事をしながら、鐙に足をかけた。「手紙だね、アリステル?」念のため確認すると、彼女はこくこくと頷いていた。
一行は出発した。
ユマたちは、ヘテオロミアに通じる南の道ではなく、イラを横切る西の道から山を越えることにした。道なりに進めば、オイスガルドへ至る街道に出る。
しばらく、オリファがつきっきりでバルトに馬の扱いを教えていた。数刻経つと、バルトは問題なく乗りこなせるようになった。その証拠に二人で陽気に、歌をうたいはじめた。飛び回るネルが、どちらの歌がうまいか判定を下している。
峠で休憩したとき、ユマは鎖に残った最後の指輪を、自分の指にはめてみた。石を陽に掲げると、空色の輝きを放つ。寝ころんだまま、さまざまな角度から光の反射を眺めた。この指輪をこれから、自身の杖代わりにしようと決める。
ふと、ユマは木の根元に、一輪の青い花が咲いていることに気づいた。フェルーの声が聞こえた気がした。
――なつのおうかんをつくって、ユマ!
季節を司る女神が、王冠を取り替える時期が、やってきたのだ。見とれたまま長い時間が経ったらしい、出発の準備を終えた友人たちが、はやく来いと言っている。返事をしたユマは立ち上がり、雲一つない夏空の下へと一歩、踏みだした。