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夏の王冠  作者: sousou
9章
59/65

58話 よそ者

 *


 平坦な道に辿りついてしばらくすると、突然の揺れに見舞われた。馬たちが不安そうに顔をあげ、あたりを見渡す。


「なんだ、今の」


 オリファは手綱を持ち直し、ネルの横に並んだ。彼女が神妙な顔をして、樹冠の上へ飛んでいく。


 また大地が揺れる。地震にしてはおかしな揺れ方だ。まるで地下で何かが動いているような……。ネルが急降下してくる。


「東の山の一部が、崩れたわ」


「なに?」


「それに妙な気配がする。前に話したでしょう、ユマが清めの儀式に関わることになるって。その精霊の気配を感じる」


 急いだほうがいいわ、とのネルの言葉に、オリファはトリスタの横腹を蹴る。人の飛び出しに注意しながら、できるだけ早く進んだ。ヘテオロミアではもう雪が解けていたが、ここ周辺ではまだ残っている。走りだしてすぐに、民家が見えてきた。ネルが説明した。


「リマに着いたわ。この村のどこかに、ユマがいるはずよ」


 柵のすぐそばにいたのは家畜だった。ただならぬ空気に、一塊になって怯えている。人影は見当たらない。オリファは馬から降りると、門から身をのりだした。


「ごめんください」


 大声で呼ぶこと数回、民家の合間に人影が見えた。杖を携え小走りしてくるのは、若い娘である。驚くほど艶やかな直毛の髪が風に広がる。娘は、来訪者が少年であると認知すると、目に見えて脱力した。


「何の用なの、坊や?」


 面倒くさがられていることは声音から明らかだった。と、娘がネルの存在に気づいた。


「あんた、この間の……! 何を企んでいるの?」


 舌を出したネルが、姿を消した。代わりにオリファが応える。


「ユマの元へ、案内をしてもらっていたんです」


「ユマ? 何者なの、あなた」


 娘の目が据えられる。一瞬、ぞっとしたが、気のせいだろうと思う。


「ユマの学友のオリファです。途中まで一緒に旅をしてきましたが、事情があって別行動をしていました」


「あいにく、今忙しいの。村の長が戻るまで外で待っていてちょうだい」


 娘が踵を返す。


「お嬢さん」


 彼女はどう見てもオリファより年上だから、そんな呼び方は耐えられないだろう。苛立って振り返った娘に、ロトの手綱を放る。突然の出来事に、娘が目を白黒させる。


「ユマの馬です。預かっていてください」


 オリファはトリスタにまたがり、横腹を蹴る。


「あっ、どこへ行くの!?」


 娘の声を無視して、地鳴りがする方向へ、柵沿いに駆ける。やがて村の中心部に、人が集まっている様子が見えた。遠すぎてユマがいるかどうかは分からない。さらに進むと、小径を見つけた。ネルが姿を現した。


「この先には別の村がある。魔女はそっちに出かけているのかも」


「魔女って、ユマの叔母さんのこと?」


「そう」


 オリファは胸騒ぎがし、小径へ駆け入る。揺れは断続的につづいている。その道を馬で通ることはまれなのだろう、顔の高さに、邪魔な枝がいくつもあった。それを避けながら進むので、あまり速度は出せなかった。


 しばらくすると、木立の合間に、急速に近づいてくる馬影を認めた。オリファはあわてて手綱を引いた。


「そこの人、止まってくれ!」


 前方の者も力強く手綱を引く。前足が空を切り、馬がいなないた。


 目を見開く騎手は、女の子だった。第一印象は、なんて可愛らしい子なんだろう、だった。雪のように白い肌に、きりりとした黒い眉、真紅の唇、大きな青緑色の瞳。


 と、少女の眉間にしわが寄り、杖が構えられる。


水神(へヴェ)!」


「待った!」


 杖に水をまとい、槍のように突かれる。オリファは避け、少女と立ち位置が入れ替わった。


「敵意はない!」


「何者だ、名乗れ!」


「ユマの友人のオリファだ」


「友人?」


 疑念の目が向けられる。


「イルマとかいう奴の一味じゃないのか?」


「イルマ? そいつとどこで会った?」


「北の岩窟にいたが、もう逃げた。命が惜しければおまえも逃げろ。わたしはおまえの相手をしている余裕はない。じゃあな!」


 少女は馬首を、リマの方面へ向ける。おさげ髪がなびき、駆けだした。


「おい! ユマはどこだ!?」


 オリファが問うと、少女は前方を見たまま、指だけを北東に向けた。オリファは馬首をめぐらし、東の村へ急いだ。


 ひときわ大きな振動が起きたとき、集落に辿りついた。先ほどの村より小さく、人がいればすぐに見つけられそうな規模である。だが奇妙なことに、誰も見当たらない。家の扉が開け放たれたままで、急いで出ていった様子がうかがえた。


 突如、獣か何かの咆哮が聞こえた。驚いたオリファは、同じようにあわてるトリスタをなだめた。


「いまのは?」


 ネルが目を閉じ、じっと耳を澄ませる。


「……山の精霊が、地上に出てきたようね。こんなことははじめてよ」


「住人はどこかへ避難したのか?」


「逆よ。あそこに足跡がある」


 ネルが指した方向を見ると、ぬかるんだ道の上に、大小さまざまな足跡がついていた。


「湖へ向かったのね」


「湖?」


「いつも人間が儀式を行う場所よ」


 オリファは村を迂回し、足跡に沿って進みはじめる。しばらくすると、大気をゆるがすような、絶叫があがった。「今度は何だ?」歩調をゆるめたトリスタを、オリファは急かす。


「苦しんでいる」


 ネルがつぶやいた。


「かわいそうな精霊なの、ダルタロスは」


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