56話 もう一人の自分
「どういうこと?」
バルトの声が聞こえて、ユマは意識を引き戻した。断続的な振動によって、木の葉が揺れている。
「ぼくは表面上では、お父さまのことを嫌っていた。でも心の奥底では、憧れていた。お父さまのようになりたいと思っていたんだ」
バルトが不可解そうに眉をひそめる。ユマも逆説的だと思う。自分はヨダイヤを嫌っているし、好いてもいる――しかし、愛とはそういうものではないか? イスファニールは、彼をある面では嫌っていたし、ある面では好いていたのではないか?
「だから、ヨダイヤの姿で現れる悪霊は、ぼくの未来を暗示しているんだと思う」
ユマは木立の向こうで、ヨダイヤの姿をした悪霊が、こちらを見ていることに気づいた。彼を見据えて、ユマは歩を進めた。バルトが後ろからつづいた。
「ユマは将来、父さんのようになるってことか?」
「そうだ。皮肉なことに、父を殺めたぼくは、妻と娘を殺めたヨダイヤに、また一歩近づいたことになる。このままだと、ぼくはヨダイヤと同じような人間になり、また同じ過ちを犯すだろう。未来のイスファニールを殺し、未来のフェルーを殺すんだ」
「だけど、おまえはそれを望んでいない」
「うん……それに、お父さまも望んでいない。いや。望んでいなかった、というべきか」
「妻と娘を殺したことを後悔している?」
「そうだよ……だって」
つづく言葉を、ユマはほとんど独り言のようにつぶやいていた。
「だってあいつに、ヨダイヤの霊魂がひっかかっているのが見える」
もはや逃げない悪霊に、ユマは手を伸ばした。それは鏡で映したように、ユマ自身の姿をしていた。
「後悔していないのなら、なぜお父さまは、ぼくに構うんだ?」
手を握ったとき、鏡映しのユマは大気に霧散した。その代わりに立っていたのは、ユマと同年代のヨダイヤだった。二人はしばらくの間、黙って互いを見つめていた。
「ユマ」
先にヨダイヤが口を開いた。
「おまえは魔法を、何のために使いたいんだ?」
ユマは息を呑んだ。ディオネットは、ユマが魔法を使えなくなった原因を、ヨダイヤの魔力が混ざり、魔力の質が変わったためだと言っていた。しかし、次のようにも考えられないか。すなわち、ヨダイヤの魔力が、ユマに魔法を使わせなかったのだと。彼はこの問いの答えを、ずっと待っていたのではないか?
そう思ったとき、おのずと涙がこぼれた。ユマも父も決して、人殺しのために魔法を使うことを、望んでいなかったのだ。望んでいなかったのに。
「悲しみをなくすために」
ヨダイヤが微笑んだ。それはどこか、イスファニールの愛情のこもった笑みにも似ていた。やがてきらきらと輝きを放ちながら、人の形を保っていたものが霧散し、ユマの内へと消えていった。
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