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夏の王冠  作者: sousou
2章
17/65

16話 訪問者

 翌日の早朝、ユマは家畜小屋に身を潜めていた。積み重ねられた干し草の上で寝ころび、落ち着かない気持ちで、剣を握ったり離したりする。家畜たちはユマを干し草の一部であるかのように捉え、悠々とまどろんでいた。


 と、扉が開いてユマは飛び起きた。


「おはよう!」


 現れたのはアンドレアだった。驚いた山羊や羊たちが、大慌てで後退していく。


「おはよう、ユマ兄ちゃん!」


 満面の笑みをたたえて寄ってくる彼女がまぶしくて、ユマは家畜と一緒に後退したい気持ちに駆られた。彼女にはまだ十分な体力がないので、家畜の世話はしないはずだった。


「どうしてここへ?」


「朝ごはんを届けにきたの」


 話を整理すると、彼女はミオラに朝食の配達を頼まれたらしかった。アンドレアにとっては大きな籠を、両腕で宝物のように抱えている。なかには二人分のライ麦パンとチーズ、それに水筒が入っていた。ユマは礼を言い、彼女を外へ誘導した。屋内は食事をするには獣臭すぎた。


 一緒にモミの葉を集める間、アンドレアはご機嫌で、鼻歌をうたっていた。二人は集めた葉を小屋の裏手に敷き、並んで座った。ユマはパンにチーズを乗せ、アンドレアに渡した。


「さっきうたっていたのは、なんの歌?」


 パンをかじった彼女が、もごもごと口を動かしながら答えた。


「むかしの王国の、女王さまのぼうけんの歌だよ」


「むかしの王国?」


 彼女は口のなかのものを呑み込んだ。


「うん。ずっとむかしに、テオル山脈の南に大きな王国があったんだって。アンにぴったりだって、ディオネットが教えてくれたの。だってアンの名前は……ええと」


「アンダロスに由来しているから?」


「そう、アンダロス!」


 頷いたユマは、自分の分のパンを取った。


「分かった。『むかしの王国』はアンダロス帝国のことだね。テオル山脈の南は、今はいくつもの国に分かれているけれど、昔は一つの大きな国だった。そのときの名残で、ぼくらは南に住む人をアンダロス人と呼ぶんだ」


「へんなの!」


 アンドレアが笑った拍子に、パンにはさんだチーズが落ちる。ユマはそれを回収し、物欲しそうにこちらを見ていた牧羊犬に向けて放った。犬が大喜びでチーズに飛びつく。


「じゃあ、アンの名前は『むかしの王国の人』って意味?」


「ちがうよ」


 発想が突飛なものだから、ユマは頬をゆるめた。


「アンダロスという単語には元々、『勇敢』や『勇気』という意味がある。彼らは自分たちのことを勇敢であると主張する意味で、国名をアンダロスとしたんだ」


 相手が首をかしげていることに気づいて、ユマは頭をかいた。説明が難しすぎたようだ。


「簡単に言うと、アンドレアは、『勇気ある女の子』っていう意味だよ。勇気っていうのは……恐れない心のこと。きっと歌の女王さまは、大変な状況でも、逃げないで戦うんだろう?」


「うん。女王さまはかっこいいんだよ」


「じゃあ、女王さまのような人を、勇気がある人と言うんだ。アンドレアという名前には、そういう人になってほしいという願いが込められているんだよ」


 アンドレアの瞳がきらきらと輝きだす。彼女は急いで残りのパンを平らげると、かごを持つのを忘れて、駆けだした。遊んでくれると思ったのか、犬がその後を追う。しばらくすると彼女は振り返り、「ありがとう、ユマ兄ちゃん!」と叫んだ。


 ユマが家畜小屋に戻ってしばらくすると、山羊の乳搾りをするために神官と見習が入ってきた。彼女たちは、ユマが馬に会うために小屋に来るのを知っているので、入り浸る彼を少しも不審がらなかった。いつも通り挨拶を交わし、手伝ってほしいことがあるとユマを呼んだ。彼女たちは約二十頭分の乳で瓶をいっぱいにし、それらを荷車へ積み込んだ。新たな干し草を積み重ねると、神殿へ戻っていった。


 ユマはロトに馬具をつけ、小屋の裏手へ引いた。指輪の魔法は完成していないが、いざというときに逃げられる状態にすべきだ。昨晩のうちにまとめておいた荷物も縛りつける。


 準備を終えたとき、軽快な足音と、鹿の鳴き声が聞こえた。カルガーンが戻ってきたのだ。そのすぐ後に、一頭の馬の足音が聞こえた。嫌な汗がどっと吹き出る。


 神殿が騒がしくなった。訪問者が到着したのだ。ディオネットの白い後ろ姿が一瞬見えて、曲がり角に消えた。ユマはロトと一緒に待機する。訪問者の正体を告げに、ミオラがここに来る手筈になっていた。ユマは息をひそめ、動きを待った。


「お待ちください!」


 突如聞こえたミオラの声に、肩をゆらした。ユマは手綱を持つ手に汗握る。廊下を鳴らす足音から判断するに、訪問者は男である。それを小走りで追う足音はミオラか。


「ユマ!」


 息が詰まった。


「ユマ、おれだよ!」


 うそだ、あり得ない。そう思いながらも、身体は勝手に動いていた。


「オリファ?」


 声に振り向いた巻き毛の少年は、泣きそうな顔をしていた。


いつも評価やブックマークなどいただき、ありがとうございます。とても励みになります。感想などもお待ちしております。


次から3章がはじまります。引き続きお楽しみください。

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