プロローグ
夜の帳が落ちて、数刻たったときのことだった。詰所で駒遊びをしていた市門の衛兵ふたりは、敷石を勢いよく蹴り近づいてくる蹄の音に気づいて、顔を見合わせた。戸の近くにいたほうの男が、角灯に火をともし、外に出る。
乗り手は門の手前で急停止し、馬から降り立った。ずいぶん小柄な旦那だな、と男は思った。
「何か御用で?」
「門を開けてほしい」
男は眉をひそめた。子供の声だ。頭巾を深くかぶっているために、顔はよく見えない。
「町の外に出たいなら、日の出まで待つことだ。それ以前には、門を開けられない」
「開けられる」
少年が外套の下に手を入れた。かと思うと、受付台に何かを放り出した。重量のある金属音が響きわたる。ひっ、と小さな声をあげたのは、窓から顔をのぞかせたもう一人の門衛だった。
少年が出した布袋の口からは、宝玉のついた装身具や、金色に輝く調度品が、あふれんばかりにのぞいていた。
「おまえ、これをどこから……!」
都市議会の役員ならともかく、子供がこんな大金を用意できるわけがない。つまり盗んできたにちがいない、と門衛は思った。
「家からだ」
少年が頭巾をとり、顔をあげる。門衛ふたりは、角灯の光を反射する彼の瞳を見て、息を呑んだ。今や、少年がどこの家の者かはっきりした。そして、その瞳におぞましい何かが宿っていることを感じた。
「か、開門! 開門だ!」
恐怖にかられるようにして、門衛たちが扉の閂を外す。馬に飛び乗った少年は、扉が完全に開ききる前に、黒い影を伴い、瞬く間に市を後にした。