第75話 汚れを落としたいけど……ホテルに戻ると入館を拒絶されそうだ……
超巨大スライムを浄化した後、私とリナさんは途中に置いて来た子供たちを拾い、無事地下水路を出て来れた。
「お母さーん!」
「ママー!」
「じいちゃーん!」
「あのヒトたちが助けてくれたんだよ!」
「あのヒトたちが来てくれなかったら、僕たち食べられてたかもしれない」
みんなそれぞれの保護者のところへ帰る。
「リナさん、ありがとうございました!」
「いえ、わたくしはほとんど何もやれませんでした……不甲斐ないことですが、あちらにおられるアルトラ様がいなければこの街自体どうなっていたか……ですのでお礼ならあちらの方へ」
「あんなにお若く見えるのに!?」
「ええ、あの方は若く見えますが、わたくしなんかより遥かにお強いですから」
リナさん、この近辺では顔が広いらしく、保護者の方々の応対を行っている。
その最中、数人の保護者がこちらへ近付いて来た。
「アルトラさん、ありがとうございました! あなた方のお蔭で子供達が無事に戻ってきました!」
「子供達が無事で何よりです。あ、でもそれ以上近寄らないでください、その……臭いが酷いので……」
その一言でその場が安堵の笑いに包まれた。
◇
保護者からの感謝や挨拶もそこそこに、ホテルへの帰路に着く。
「ねぇ、リナさん、私このままホテルに戻って大丈夫かしら?」
「間違いなくエントランスで止められるでしょうね。それどころかホテル内に入れてももらえないと思います」
「だよね……どうしようかこの状態、ドレスもせっかく買ってもらったのに……真っ白だったのが、今は真っ黒……」
「それも弁償させていただきますよ」
「え? 良いよそんなの、元々私が出したお金じゃないし。それよりも、今はこの状態を早く何とかしたい!」
「じゃあ……わたくしの家に来ますか? わたくしも泥だらけなので身体を洗いたいところですし」
お言葉に甘えよう。甘えてばっかだな私。
少し遠いため、歩くことになった。
夜風で身体中に張り付いたヘドロがパリパリ乾いていくのがわかる。ヘドロって言うかウ〇コの臭いに近いけど……
アイツ一体何喰ってこんな臭いになったのよ!
鼻がバカになってるのか、地下水路に居た頃に比べれば臭いはしなくなってきている……地下水路とは違って、風の流れがあるから風が臭いを流してくれてるのかもしれない。
…………風下にいる人たちは悪臭で地獄かもしれないけど……
思えば、私はくさい臭いに縁があるのだろうか? 魔界に堕とされて初日から臭い喰らったし…… (第3話参照)
この身体って、頑丈な以外は割と普通なんだよね……目は生前より多少良いくらいだし、味覚はまずい物を美味しいと感じさせてくれるわけじゃないし、耳も特別良いわけじゃないし、鼻はくさい臭いが良い臭いになるわけではない……
そういえば昔聞いた話で、『大阪の道頓堀に飛び込んで、銭湯に入れてもらえなかった』って話があったな。
この状況、それに凄くよく似てる気がする……銭湯行っても絶対に拒否されるでしょうね……
さっき助けた子らも後が大変だろうな……
この臭いは……しばらく後を引きそうだ……
◇
リナさんの家に着いた。
「………………!?」
着いた先は、でっかい敷地と屋敷。
もしかしたら地獄の門前広場より広いかもしれない。
門壁の端から端までゆうに百メートル以上ありそうだ。
「あ、これウォルタ家の別邸で、わたくし所有のものですので、気にしないでそのまま入って大丈夫ですよ」
「別邸!?」
これが別邸って、本邸はどれだけでかいんだ……
桁違いのお嬢様だ。
ホテル泊まるより、もうこっちに泊まりたいわ。
「トーマスもここに住んでるの?」
「いえ、兄は別に家がありますので」
兄妹それぞれ家を持ってるのか……
予想では、兄もこれと同等の家と敷地を持っているのだろうな。
「先に外にあるシャワーで泥を洗い流してしまいましょうか。家の裏側にプールがありますので、そちらへ行きましょう、この時間なら誰も使ってないはずです」
家にプールまであるのか……まさにお金持ち……
服のままシャワーを浴びる。
ああ……心が……身体が洗われるわ~……
◇
洗い終わってはみたものの、服の汚れはあまり落ちたとは言えない。あんなに白かったのに……今は少し汚れが落ちたとは言え、真っ黒から茶色になった程度で、とても白とは言えないドレスになってしまった……
それに、臭いが全く取れない……
服の裾を絞る。深夜で暗くて見えないけど、『きっと茶色の水がしたたり落ちてるんだろうな』と想像する……
「さあ、お風呂へ行きましょう」
「行きましょうって、家の中なんじゃないの? ここで服脱いでく? もう真っ暗で、誰にも見られないだろうし」
まあ小さい明かりくらいはあるから、人影くらいはわかるけど。何よりリナさんの私有地だから誰か入ってくるってわけではないしね。
「いえ、そのままで良いですよ、後で掃除しておきますから」
「それだと手を煩わせることになるから」
「いえ、メイドがやってくれますので」
メイドいるのか……完全にお嬢様だわ。
「それだとメイドの手を煩わせるから……」
この場でドレスを脱いで、闇のドレスを纏う。
髪や身体から滴る水は、足元に闇を出現させて吸収させる。大量の水は無理だが雫程度の少量なら闇が吸い取ってくれる。
「これなら床も濡れない!」
ドレスは残念だけど捨てるか……ああ……高かったフォーマルドレスが……私のお金じゃないけど。
「しかし、私はそのまま家に入るのでどちらにしても掃除しなければなりませんので」
「じゃあリナさんもここで脱いでく? 私が近くにいれば闇のドレスを維持しておけるけど」
「二着同時も可能なんですか!? では是非! ちょっと着てみたいと思ってたんですよ! じゃあ服脱ぐんでちょっと待ってください」
鎧とインナー、下着の類を脱いでいく。
「恥ずかしいので後ろ向きで失礼しますね」
「じゃあ闇のドレスを着せるね」
闇のドレスを出現させる。
「これが闇のドレスなんですね! 凄い! 軽い! 何も着てないみたいですね!」
そりゃまあ、何も着てないしね……
「鎧に比べたら軽いかもね。でも身体を隠すだけの目的で纏ってるから、防御力は皆無だよ」
私は大抵の攻撃でダメージ受けないから、鎧の類はほとんど必要無いし。
「じゃあ、わたくしがこれを纏っていても、無防備で攻撃を受けたりしたら……」
「もちろん致命傷だね」
「防御性能的に優れてるってわけではないんですね……」
「残念ながらね。まあ多少の水分を吸い取ってくれるくらいのことはしてくれるから足元に闇を置いておけば、屋敷内を濡らさずに歩けるよ」
「あ、ホントですね、足跡が付かない! じゃあ、このまま屋敷のお風呂へ行きましょう!」
服はとりあえずここに置いて、後で取りに来て処分しよう。
屋敷の裏口に着くと、ドアノッカーをコンコンと打ち付ける。
その数十秒後、メイドさんが裏口を開けて出迎えてくれた。
「リナ様、おかえりなさいませ。ご勤務お疲れ様でした」
「ルイーズさん、夜分遅くすみません」
「今日はいつもより随分遅いお帰りですが、どこに行ってらしたのですか? それに…………臭いが酷いですよ? 凄い悪臭です……」
しかめっ面になるのを何とか我慢して話してるようみ見受けられる……
私たちは今鼻がバカになってるから普通にしてられるんだろう。
「緊急で騎士団が介入しなきゃいけない任務が入っちゃってね、臭いについてはさっきまで地下水路で汚物と戦ってたものだから……」
スライムを汚物扱い……フフッ……その言い方はちょっと酷いな。
扱いの酷さに少し苦笑してしまう。
「一緒に来られた方はどなたですか?」
「こちらアルトラ様、レヴィアタン様のお客人よ。アルトラ様、こちらわたくしの家で幼少の頃よりメイドとして従事してくれてるルイーズと言います」
「よろしくお願いします」
「こちらこそお世話になります」
幼少の頃よりって、どう見ても二十代くらいにしか見えないけど……いくつなのかしら?
「こちらの方はその地下水路で起きた事件の大功労者よ。この方がいなかったらこの街壊滅してたかも」
「壊滅? そこまでの大ごとだったのですか?」
「密かに街を救った英雄と言っても過言ではないわ」
それはちょっと持ち上げ過ぎな気がする……未然に防いだから、被害規模なんてそれほどでもないし。
「ただ、それを見てたのが私だけだったってのがなぁ……やっぱり騎士団には駆けつけてもらうべきだったわ。もっと沢山目撃者がいれば、伝説だったのに!」
騒ぎが小さく済みそうで良かったわ……
「は、はぁ……そうなのですか」
ほら、あまりピンと来てない。
ご主人がこんなにはしゃいでるのに、メイドは力の無い返事。会話に凄い温度差が生じている。
これ、私がもし端整整った細マッチョの伝説の勇者的な見た目なら、信じてもらえるのかもしれないけど。
「それで、その格好は何ですか?」
「これ? これはこの方の魔法で作った服よ。今はとにかく早くお風呂入りたいから、これの説明は後で! 今大浴場使えるよね?」
「もう深夜帯なので、恐らく入浴中のメイドはいないとは思いますが……」
「それは好都合! あ、プール近くにある服を洗濯しておいてもらえる? 大分汚くて悪いんだけど」
「かしこまりました」
え? あんな汚ったないのを洗ってくれるの?
そのまま置いといてくれれば、後で回収して処分するのに。
「さあ、アルトラ様行きましょう」
「う、うん」
ルイーズさんに軽く会釈してお風呂へ向かう。
今、私たちは全裸に闇を纏ってる状態なので、服を脱ぐこともなく脱衣所を素通りする。