第66話 拷問をきっかけに水の国の人材ゲットー
吊るされた私を一目見て――
「ベルゼビュート様! まさかと思って来てみればやはり貴女でしたか!」
「あ、ルーファスさん」
以前、我が家にレヴィアタンを連れ帰りに来た近衛兵団団長だ。 (第57話参照)
まさかと思ったって……真っ黒なドレスの格好は珍しいのかな?
「ルーファス……様、……コイツと知り合いなのですか?」
「捕まえたのは……リッチか……バカが! この方は国賓として迎えられてもおかしくないお客人だぞ!」
どうやらこの男の名は『リッチ』と言うらしい。
「こく……ひん……? そ……そんな!? まさかこんなみすぼらしい格好の女が本当に女王様のお知り合いなのですか!?」
みすぼらしいは余計だ! 闇魔法で作ってるからこういう風にしかならないんだよ。
「この方は元・風の国の女王だ! そのような方にこのような扱いをして……死罪も覚悟しておくのだな!」
「風の国の女王……そんな……」
「お~い……早いとこ下ろしてもらえないかしら?」
鎖に繋がれたまま横にプラプラする。
「し、失礼致しました! 今下ろします!」
「あ~、良かった! 良いタイミングで来てくれたわ。流石にそろそろ頭にきてたから手が出るところだった」
「お怪我は?」
「大丈夫、私、普通の攻撃じゃ怪我しないので」
「全く? どこも痛むところはありませんか?」
「痛みは無いね。物凄く不快だったけど……」
ちょっと魔力を増大させて睨む。
「「ひぃ!」」
「それは安心致しました。して、本日はどのようなご用件で来られたのでしょうか?」
「今私、村に川を作りたいと思っていまして、行き詰ってしまったから水路作りのエキスパートに話を聞こうと思って来たんです。前にレヴィアタンが我が家に来た時にドワーフに話を付けてくれるって話だったから」
「そのような約束を? しかし女王は公務がありますので、少々お待ちいただかなければなりませんが……」
「どれくらいかかりそうですか?」
「最近少々公務が増えましてね、『夜』になってしまうかもしれません」
今『夜』と答えた。
この常闇の魔界には『昼夜』の概念が存在しない。疑似太陽が水の国に出現した時にそういう概念があることを説明しておいたため、定着してきたのかもしれない。
「その『公務が増えた』って……もしかして『昼夜』の概念が出来たからその対応に追われてるとか?」
「え、ええまあ、それもあります」
公務増えちゃったか……何か悪いことしたかな……
いや、そもそも持って行ったのはレヴィアタンなのだから、それは仕方ないか。自分で持って行ったんだし。
とは言え、夜か……今はまだ昼の時間帯だからまだまだ大分時間がある……
「じゃあ街の中を散策しようかな。宮殿の場所も覚えたし」
「左様ですか、それでいつまでここに滞在される予定ですか?」
「二、三日で片が付いてくれれば良いと思ってましたけど……初日からトラブルに遭ってしまいましたしね……」
「私の部下が申し訳ありません…………お詫びと言ってはなんですが、この街で最高級のホテルにて宿泊できるよう手配しておきます」
「え!? 良いんですか!?」
「もちろんです、こちらの落ち度ですので。用が済むまでご宿泊ください」
最高級のホテルなんて、人間だった時でも宿泊したことないよ? きっと日本円なら数十万とかの部屋でしょ?
これってアンラッキーどころか、むしろ超ラッキーなんじゃない?
ここの通貨も持ってないから、最悪街の門の外へ行って野宿とか考えてたけど、捕らえてくれたリッチくんありがとう!
「ありがとう!」
あまりに興奮してしまったのか、私を拷問してた騎士の方を向いたまま、考えていたことが口を突いて出てしまった。
「?」
「?」
「?」
しまった……みんなハテナ顔してる。恥ずかしい……
「ゴホン……それで彼らは今後どうなるんですか?」
「国を想ってのこととは言え、他国の元魔王様を拷問にかけたのですから、死罪の可能性は十分でしょうね」
それを聞いて項垂れていた、私を拷問にかけた騎士二人がビクッとした。
あ~あ、私の話をちゃんと聞いてれば死罪にはならなかったのにね……
冤罪を無理矢理に作り出す権力者は正直死ねば良いのにとは思っているが、まあ最高級の宿泊のきっかけを作ってくれた恩 (?)には報いなければならない。
「ふーん……彼らってこの後拘束されるんですよね?」
「そうなりますね。私自身が元魔王様を拷問している現場を見てしまっているので弁解のしようもありません。女王様の判断次第では裁判も無しに処刑が行われるでしょう」
少し助け舟を渡すか。
「でも、私が魔王って証拠はありませんよね? レヴィアタンだけが私の魔力に気付いてるくらいなので、証拠としてはかなり弱いですし」
「そのレヴィアタン様はこの国の女王です。大事な客人に危害を加えたとなれば、如何に我が国に従事する騎士とは言え、そういう判断が下される可能性は十分あると考えます」
それを聞いた騎士二人は、床に突っ伏したまま身体に震えが来ている。
うつ伏せになっていて顔が見えないからわからないが、きっと真っ青な顔をしているに違いない。床を見ると汗の粒が落ち始めている。
「じゃあ彼らの身柄、私に預けてくれませんか?」
「なぜですか!?」
「この国との繋がりも出来るし、騎士になるくらいだから教養もあるのでしょう? 人の話に聞く耳を持たないって態度はダメダメだけど、それは今後直していってもらえれば問題無いですから」
水棲系の亜人か~、川を管理してもらうのにちょうど良いと思うんだよね。
「二人とも顔を上げてくれるかしら」
身体を起こさせる。
私を拷問していた方は、かなり怯えている。拷問の当事者だからなぁ。私が口添えしなかったらどんな酷い処刑が行われていたことやら。
「ただ、今後はこんな優美な街じゃなく極貧の村に務めることになるから、こんな街で過ごしているキミたちには精神的にはキツいでしょうけどね。処刑されるのとどっちがお望みかしら?」
「処刑されなくて済むのであれば……」
「……くっ……よろしく……お願い……します……」
二人のうち私を拷問していた方は怯えていてさえも、かなり不満げに見える。まあしょうがないだろう、自分の蒔いた種だ。
人の話は聞いておけっていう教訓ね。と言うか、あの聞く耳を持たない様子だと他にも冤罪がありそうだな……そこは私の考えの及ぶところではないが。
「まあ、村人に危害を加えるとか、余程のことがなければ咎めたりしないから大丈夫よ。私のここでの用事が済み次第、村に帰るからその時までに支度しておいて。一応二、三日後には済ませてる予定だけど、場合によってはもう少しかかるかも」
早くも水の人材二人ゲットー!
「あと、間違って拷問にかけた私に何か言うことがあるんじゃないかしら?」
「間違って拷問にかけてしまい、申し訳ありませんでした!!!」
「……申し訳ありませんでした……」
普通に頭下げて謝った。そこは「土下座するべきじゃないか?」とも思ったが、そもそもあれは日本の文化みたいなものだから仕方ないか。
ああ……でも私この間レヴィアタンに、創成魔法の能力返してもらうために土下座したっけな……すんなり返してくれたけど、彼女はあれの意味がわかったんだろうか?
「じゃあ二人の名前を教えてもらえるかしら?」
「トーマス・ウォルタ・ブラウンと申します」
「リッチ・スイ・ブッシュ……」
名字がちゃんとあるってことは、家柄も良いのだろう。いや、トロル村に無いだけで、ここでは普通のことなのかもしれないが。
拷問してた方のリッチ……いまだに不満げな態度だ。
「ルーファスさん、この二人って今罪人の扱いですか?」
「通常は裁判で有罪にならなければ罪人にはなりませんが、何せ今回は元魔王様への拷問の現行犯ですからね。現在の扱いは罪人で間違いないと認識しています」
「それ不問にできませんか?」
「目撃者はここにいる者だけですので、見なかったことにすれば可能ではありますが……なぜ自分を拷問した相手にそこまで肩を持つのですか?」
「通常は私の村で働いてもらうけど、やっぱり故郷があるなら帰りたい時もあると思うんです。でも、この国で罪人になってしまっているのでは、この国に入った時点で逮捕されてしまうということでしょう? 自分の生まれ故郷に全く帰れなくなってしまうのも可哀想かなと思いまして」
「ベルゼビュート様……」
二人の表情が少し明るくなる。
「まあ、うちの村へ来て、あまりにもふざけた態度を取るようなら、アクアリヴィアへ返してきちんと処刑してもらおうとは思ってるけどね。もしくは、私が死ぬより辛い罰を科すことになるけど、例えば一生をカエルで過ごしてもらう、とかね」
二人の顔色がサッと変わった。人外の力の一端 (化け物染みた防御力)を見せているし、私ならそれが可能であろうと思ったのだろう。
まだ変異魔法は試したことがないが、多分『一生カエル』も可能だろう。
「真面目にトラブル無く働いてくれれば問題ないって、じゃあ私がここを出発する時までに準備しておいてね」
次はルーファスさんへお願いだ。
「それと……二人の騎士が一度に消えるわけだから、何かしらよからぬ噂は立つかもしれませんね。名家ならお家にもダメージがあるかもしれない。その辺の情報操作をお願いできますか?」
「かしこまりました」
さて、思いがけないところでアクアリヴィアとの繋がりが出来た。次の国もこの手で行こうかしら。ああ、でも他の国は国家の上層部にツテが無いからダメか。