第65話 スパイ容疑をかけられて拷問された……
私は今両手を鎖で繋がれて天井から吊り下げられている。足は床に着かずに宙ぶらりん。
抵抗すると逆に悪印象になるかと思って、されるがまま手錠をはめられて吊るされた。
いざとなればこんな手錠くらいなら簡単に壊せるから、不本意ながら付き合ってあげる。
「お、おい、ちょっとやり過ぎだろ。まだ話を聞いてもいないのに吊り下げるなんて……」
「ふんっ、各国の空間魔術師は全員公式に記録されている。どこにも記録の無い空間魔術師だぞ? スパイに決まってるじゃないか! 尋問するのが不安ならお前はそこで見てると良い」
一人が止めようとしてくれたが、もう一人が鞭を片手にこちらへやって来た。どうやら今から尋問という名の拷問をされるらしい。
「さあ、何のためにこの国に来たのか洗いざらい吐け!」
「レヴィアタンに……この国の女王様にドワーフと話を付けてくれるって言われたから、ドワーフに会いに来たんです」
「貴様……また女王様を呼び捨てに……まあ良い、それでドワーフに会って何をしようとしていたのだ?」
「私の住む村に川を通したいから、どうするのが良いかドワーフに聞こうと思って来ました」
ああ、本当に面倒くさいな、アクアリヴィアに着いてすぐにこんなことになるなんて思ってもみなかった……
「他には?」
「他? 私の用事なんて……ドワーフに会うことしかないけど……」
「そんなはずはない!! 何を隠している! それは表向きの口実だろう? 真の目的は何だ、言え!」
「他の場所に用なんてありません!」
「空間魔法を使える者が、たかがそんな理由で来るはずがない! 一体どこの国のスパイだ! さっさと吐け!」
それは偏見過ぎじゃないか? いや、もしかしてそれがこの魔界の常識なのか?
オルシンジテンによると空間魔法の術者は極端に珍しいから国の重要機関で重用されることが多いのかもしれない。何せこの国の魔王ですら使えないくらいだから。
でも、「たかが」じゃない! 私の村にとっては死活問題だ!
「素直にしゃべらないなら、痛い目を見ることになるぞ?」
男はそう言いながら鞭を両手に持ち直す。
「今から質問を拒否する度にこれを一発打ち込む、何度も打たれれば大きく腫れて動けなくなるほどの痛みを味わうことになるぞ? そうなる前に早く吐くことをお勧めする」
早めの実力行使で来たか。
「さあ、本当は何をしに来たのだ?」
「ドワーフに会いに……」
ピシャッ
う……
痛みは全く無いけど、音がうるさいな。
鞭って一回打ち付ただけで、場合によっては二回とか三回とか身体に当たるから、音が二重三重に聞こえてよりうるさい。
普通の人は痛みが勝って音とか気にならないのかもしれないが、私は痛みが無いから音に全神経が集中する。
「ふん、どれくらい耐えられるかな? もう一度聞くぞ? な・に・を・し・に・き・た?」
聞き方がいちいちムカつくな……
「………………」
ピシャッ
う……
黙ってても打たれるのか……
「どこの国の者かは知らぬが、無関係を装って女王に近付き、暗殺を企てているのではないのか?」
暗殺!? 考えたことも無い! 何でそんなところに話が飛躍しているの?
「過去に寿命まで全う出来た魔王は数えるほどしかいないからな。他国からスパイを引き入れて暗殺が起こったことは歴史上一度や二度じゃない。そうでないとすれば我が国の技術を盗み出すことが目的か? 一般人が空間魔法など使えるはずがない! さあ何が目的か吐け!」
ピシャッ!
◇
もう二時間くらい宙ぶらりんの状態。
鞭で何度もぶたれている。数十回、いやもう百を数えたかもしれない。
が、別に痛みを感じないし、傷にもならない、腫れたり鬱血したりもないから、音がうるさいくらいで当たったところでどうということはない。
最初こそ嬉々として情報を吐かせようと鞭打っていた『私を連行した騎士風の男』だったが――
「はぁ……はぁ……どういうことだ? ……なぜ全く……傷が付かんのだ……どういう身体をしているのだ? ……顔にも当たっているのに……なぜ怯まない……?」
今はむしろ騎士風の男の方が疲れてきている。
私にダメージ与えたいならスキルLvを11にしてから出直しな! まあ普通の亜人は自分のスキルLvなんか知りえないだろうけど。
「ねぇ、鞭打たれるのも飽きたんだけど、そろそろ下ろしてくれないかな?」
「はぁ……目的を……はぁ……は、吐けば下ろしてやる……!」
何でこんなに強情なんだろう?
アニメや漫画でも無実潔白な容疑者を捕えた騎士団とか警察ってみんなこんな感じで強情だよね。誰一人として容疑がかけられた人の話を聞いてあげようとしない。話聞いてやればすぐ誤解だったってことで解決するのに。
私は人情派の方が好きだけどな~。
冤罪で捕らえたとなれば、騎士団の沽券に関わるから、簡単に「間違えましたすみません」ってわけにはいかないのかもしれないけど……でも無実の人間を投獄って酷いんじゃない?
国の重要機関が無実の人に拷問してたなんて後々バレたらもっとヤバイ事態になると思うんだけど……
まあ、バレる前に口封じしてしまうってことなんだろうな……死人に口なしって言うし。
「絶対に……この国に来た本当の目的を吐かせてやる!」
「え~ まだやるの~?」
ここまで疲れてきていて、更に私には傷一つ付かず暖簾に腕押しの状況なのに、まだ続けようとするところに正直うんざりしてきた。
二時間も付き合ってやったし、そろそろ手錠を壊して出てっても良いかなぁ?
「早くレヴィアタンに話通してくれないかな? それで全部解決よ?」
「はぁ……貴様などが……はぁ……女王様にお目通りすることはない!」
何で頑なに拒否するの……何で絶対に知り合いじゃないって言い切れるの?
「鞭がダメなら……」
男が剣を取り出した。
「ちょ、そんなもの使ったら殺してしまうかもしれないじゃないか!」
今まで黙って見ていた『私を連行したもう一人の優男風の騎士』だが、剣を取り出したのを見て流石に止めに入る。
「うるさい! お前は黙ってろ!」
が、突き飛ばされてしまった。
「フッ、これなら……はぁ……貴様も黙っているわけにはいくまい」
恐らく騎士団御用達なのであろう、私の目の前に、綺麗な装飾の剣をちらつかせて見せる。
よく手入れされていて鏡のように顔が映りそうだ。切れ味も鋭いかもしれない。
しかし、口を割らないも何もスパイではないから、何も話せることが無い。
「………………試してみたら?」
わざわざ剣まで持ち出してきた騎士の態度に腹が立って、思わず売り言葉に買い言葉で挑発してしまった。
「ぐっ! ならば痛い目を見るが良いいぃぃぃ!!」
男が満身の力を込めて手にした剣を振り下ろす!
私は腕を上げて吊るされているため、刀身は左脇腹付近に当たった。
ガギギギギィィィ
ケルベロスに噛まれた時以来、久しぶりに聞く金属音。改めて自分の身体から鳴っているのが信じられない。
「痛っ!!」
私の身体のあまりの硬さに男の手の方がダメージを受けてしまったみたいだ。手袋が破れて手の平から少し血が出ているのが見える。
反動で床に投げ出された剣は少し刃こぼれしていた。
「は? …………バ、バカな……刃物だぞ!? な、何なのだその身体は……?」
男の顔に脅えが出てきた。
あ~、この表情、リーヴァントに最初に遭遇した時の表情に似てるな。得体の知れない物に遭ったって感じの表情。
久しぶりに見る恐れが混じった表情だ。
私が挑発したのも悪かったけど、この男、思いっきりぶった斬ろうとしたな……普通の身体なら痛い目見るどころか、上と下に分断されて、私は転がった下半身を上から見下ろしていたかもしれない。
無実の人間にスパイ容疑を被せて、口を割らないからって身体を両断しようとするとは……
そう考えると更に腹が立ってきた……
「これ以上私を拘束すると言うなら、少し痛い目を見てもらうことになるけど……良いかしら?」
「「ヒッ!」」
あれ? 悲鳴が二重に聞こえた?
横を見ると今目の前の男の蛮行を止めようとしてくれた優男風の騎士まで恐怖に震えている。
「あ、そっちのあなたには何もしないから安心して」
剣を使うことを止めてくれたもう一人の騎士には笑顔を作る。
「さて、まずはこの手錠を壊さなきゃね」
とは言え、私の腕力では無理矢理引きちぎるのは難しい。
火魔法で溶かすか、水魔法と闇魔法を混ぜて腐食させるか。
手錠を壊そうと思ったその時、外から声が聞こえた。
『なぜ……士団長殿がこんな……ろに!』
『いいから通せ!』
ガチャ
誰か別のヒトが尋問室に入って来た音がした。
ドア近くで話しをしている。
「ここに黒ずくめのドレスの女が捕らえられたと聞いたが」
「はっ! 突然何もないところから空間魔法で出現したとの通報がありましたので、スパイの容疑がかかっておりますが、何も自供しないので困っております」
あ、こっち来た。




