第60話 川のマーキング終了! 村の様子はアルトラの知らないところで刻一刻と変わりつつある
翌日――
前日の雨は上がった。少々ぬかるみがあるが水はけの良い場所なので、多少は問題無い。
さて、川マーキングの 最終日 (予定)だ。
「おはよう、アルトラ!」
「おはようございます、アルトラ様」
「おはようございまぁ~す」
今日も変わらず手伝いに来てくれる三人。
「あの……一つ言っておくけど、今日は予約取ってないけど……」
「なに!? そうなのか!? まあよい、乗りかかった舟だ手伝ってやる」
水の無いここには似つかわしくない諺を知ってるな。
『言語翻訳』がそう訳しただけなのか、フレアハルトが実際にそのようなことを言ってるのか多少気にはなるが……
それにしてもフレアハルトが食べ物無くても手伝ってくれるのは何か裏がある気がする……
村まではあと残り十キロほど、午前中で終われそうね。
ようやく次の段階に進めそうだ。
そう思ったのも束の間、またレイアが疑問を口にした。
「ねえ、川ってさ、最終的にどこへ行き着くの? 村が終着地点だと、そこから溢れて村が水没しちゃうってことないの?」
!!?
また気付いてなかった……
五十キロで終わりだと思い込んでいたけど、火山来る前にこの川と繋げるための別の川の流域の調査に行ってカトブレパス騒動があったんじゃないか! すっかり忘れてた……
最終的にはあの川と繋げないといけないんだ。
危うくトロル村を二度目の水没に見舞うところだった。
ってことはあと十キロじゃなくて、三十キロくらいってことになるのか。
杭が残り百本しかないから、あと二百本増産しないといけない。レイアが気付いてくれて良かった……それくらいの本数なら作業しながら増産していこう。
◇
今日杭打ちをやり始めて二時間弱ほどで村に着いた。
よっしゃ! 五十キロのマーキング終わった!
あとはカトブレパスと遭遇した川まで二十キロ。今日中に終わらせる!
「あ、アルトラ様、おかえり!」
「おかえりアルトラ様~」
ちょ、壁の外に子供がいるんだけど……
「あなたたち、こんなところにいたら危ないじゃない! 狼に食べられちゃうぞ!」
集落周囲にある壁は主に外敵から身を守るために作られたと思われる。ボロつき具合から大分昔に作られたのだろう。ボロボロであっても一応防衛の体は成しているから中に居る限りは危険は少ない。
しかし壁の外にいたらガルムにいつ襲われるかわからない。こちらから見ても獲物だが、狼から見ても子供のような弱い者は獲物なのだ。
「大丈夫だよ、私たち狩りしたことあるし、あそこに門衛さんいるし」
狩りしたことがある?
私が最近までイメージしていたトロルは、一部の訓練を受けた者以外は大人ですらガルムと一人で戦ったら大怪我を負う程度の強さだったはずだけど……知性を引き上げた影響がここにも出てるのかな?
連携して戦うようになったから、子供でもガルムを倒せるくらいの強さになってきてるってことか。
でも門衛さんがいると言っても心配だ。回復魔法使える子はいるんだろうか?
「アルトラ様だって私たちより少し上くらいでしょ?」
確かに見た目は子供と大人の中間くらいに見えるが……私は二十七歳だ!
とは言え、彼女らと見た目上、年が近い私が言ってもあまり説得力は無いか……
門衛が来て話に加わる。
「今は休憩時間なので思い思いに行動していただけで、最近は食料調達を自分たちでもできるようにするため、時折子供達を集めて訓練をしてるんですよ。体は鍛えておいても損は無いですからね」
そんなことも始めてたのか。私の知らないところでどんどん変化が起きてるんだなぁ……
「ねえ何で今日は【ゲート】じゃなくて歩いて帰ってきたの~?」
もうすっかり村人にもお馴染みになってしまっているらしい空間魔法【ゲート】。
いつもゲート使うように見えるのかな? 私ってそんなに面倒くさがりに見えるのかな……?
「歩きながら川を作ってたのよ」
「どこに川~?」
子供達が見る方向にはただの二本の杭。まあどう見ても川じゃないわな。
「水は?」
「…………これから水を通るところを作るの。それであの杭、目印だから悪戯で抜いたりしないようにね」
「「「は~い!」」」
「なあ、アルトラ、せっかく村に着いたし何か食って行かぬか?」
「まだ朝十時頃だけど……お昼には大分早めだよ?」
「しかし小腹が空かんか?」
暴食の大罪の私より食べること考えてないか?
これは“慣れ”というのが関係しているのだろうか?
私は日本で美食・飽食の状態を経験しているからそこまで食べたいと思わないが、フレアハルトの中ではここ数日で急激に『自分の中の美味しいもののレベル上限』が跳ね上がったから、無性に食べたいと思うのかもしれない。
「あの……アルトラ様……」
「アルトラ様ぁ……」
この二人もあまり声に出して言わないだけで、何だかソワソワと落ち着きが無い様子。
ハンバームちゃんの料理、麻薬みたいね……
「仕方ない……軽食にしよう」
現在のこの時間はお昼時でもないから食堂も空いてるだろう。
こういう時の軽食って、日本だったらサンドウィッチとかが定番だと思うんだけど、この地ではまだ小麦が発見されていないから、専ら肉に限られる。
主食が無いってのも結構不便だ。私の場合、味があるもの (肉)を味が無いもの (ご飯)で相殺しながら食べたいから、やっぱりご飯やパンは必要不可欠。
そんなことを考えながら食べていると――
「ハンバーム! 美味かったぞ! ごちそうさま!」
もう食べ切ってしまったようだ。
◇
食堂で軽く食事したから再開。
さて、ここからはラストスパート! って言ってもまだ川を掘ってすらいないからスタート地点の手前なわけだけど。
ご飯食べてご機嫌なのか、ここからの作業が早かった。
二十キロの杭打ちは瞬く間に進み、以前カトブレパスを発見した川の近くまで終了した。
「あーー! 杭打ち終わり! やっと明日からスタート地点だ!」
「フレアハルト様、アルトラ様、お疲れ様でした」
「うむ、さて食堂へ行って食べた後に、アルトラの家へ行こうか」
ついさっき食べたばかりなのにもう食べるの!? て言うか何で我が家?
「何でうちに来るの?」
「まだババ抜きの決着が付いておらんではないか」
いや、決着は付いてたよ! 散々私の勝ちだったよ!
もしこれが『大富豪』ってゲームなら、二位の私は富豪で、ビリのお前は大貧民だよ!
「あの……わたくしは少し縫製所が気になるのですが……行ってきて良いですか?」
「あ、わたしもわたしも!」
ドラゴンとは言え、女の子だから服には興味があるだろうか?
「うむ、良いぞ行ってこい! 我は食堂でメシを食っておるから」
「じゃあ私はフレハルと食堂にいるよ」
二人と別れた。
「ちょっとトイレ行ってくる」
という口実の下、二人を追いかける。
余談だけど、このトイレは“あの時”作ったバクテリアが使われている。 (第9話参照)
「ちょっと二人とも!」
「はい?」
「別行動するなら、先に我が家への行き方を説明するからちょっとついてきてくれる?」
「この近くではないのですか?」
「私の家ここから五十キロくらい離れたところだから歩いて来たら時間かかっちゃうよ」
「え!? 五十!?」
「遠っ!!」
今まで【ゲート】でだけ移動してて、家の位置をボカしてきた。知られてしまって頻繁に訪れるようになったら困るから。
しかし別行動するからには、知らせておかなければならない。
二人をゼロ距離ドアまで案内し、そこを開ければ我が家だと教える。
「フレハルには内緒でお願い。頻繁に家に来られると私の一人の時間が持てなくなって困ってしまうから。いずれは教えるつもりだけど今は、ね」
「わかりました」
二人は縫製所の方へ歩いて行った。
この二人なら秘密にしてくれるだろう。
この後、食堂でご飯を食べ、我が家へ【ゲート】で移動。後々二人が合流。
数時間のババ抜き勝負をしてから火山へ帰った。
食堂では、ハンバームちゃん含む従業員から『あれ? ついさっき食べに来てなかったっけ?』って顔で見られて、ちょっと恥ずかしかった。
フレアハルトに、別行動していた二人がどうやって我が家に来たかを問われた時は、『我が家へ通じる【ゲート】を置いてきた』と嘘を伝えた。
もう燃えない鉄でトランプ作ってプレゼントした方が私の時間が戻ってくる気がする。
ただ……彼らが棲むのは火山の溶岩と密接に関わるところらしいから、溶岩で形が変わらないトランプが作れるかどうかが問題だけど……
夕方――
私は彼らを火山へ送った後にリーヴァントの元へ。
三日前に頼んでおいた穴掘り要員の募集は出来てるかどうか確認に行く。
「リーヴァント、人員募集は集まったかな?」
「はい、現在四十人ほど集まりましたよ」
「おぉー! 予想以上の人数ね!」
これで、明日から掘削作業ができる!




