第573話 戸籍と法律施行について
「じゃあ戸籍制度ってあるんですか?」
「戸籍? 何だそれは?」
「誰がどこに住んでるとか、誰が誰の血縁者とかを記した書物で、国で管理されてるものなんですけど……」
「似たようなものはあるとは思うが……多分お前さんが言ってるような厳格なものではないと思う。まあ……代々貴族が継続している家は、きちんと残してあるかもな」
「ってことはトーマスの家は家系図があるってこと?」
「ありましたね。子供の頃に一度見ただけですが」
そう言えば、タマモがゴルゼン家の家系図の話してたっけ。 (第550話参照)
一般人にはあまり縁がないってことかな?
と言う私も日本に住んでて自分ちの家系図なんて見たことないな……多分うちには存在しない。あるなら本家とかかな。
「私のところも多分無いのではないかと……国に知らせるのは住んでる場所くらいですかね。両親と住んでない鳥人は多いですから。飛べるようになればすぐに親元を離れますから、多分そこまで血縁を大事にしていないと思います」
と、ウィンダルシア。
あ、そっか。鳥ってすぐ親離れするからその進化形態である鳥人も似たような慣習なのかもしれない。
前々世の私はまだ人間 (日本人)を経験してないから戸籍制度を固めたりしなかったのかもしれないな。
「亜人とか獣人は?」
「家族で住む形態が多く思います。獣人は風の国にはそれほど居ないので分かりません。魔人は独り立ちが多いですが家族との関係も切れないイメージです」
「なるほど、ダイヤラさんのところはどうですか?」
「やはり亜人や魔人は家族で住むことが多いですね。獣人は独り立ちが早いと聞きますが、土の国の獣人は家族で住んでる者も多いと思います」
ゴルゼン家が家族だしな。あの立派な家は代々続いてきた証だろうし。
「職人気質の国ですので、組で住んでる者も多いですね。弟子が多く居たりとか」
流石ドワーフの出身国。
「戸籍についてはどうですか?」
このヒトは役所務めを経験してるだろうから明確に分かってるはず。
「把握はしてませんね。個々の組でなら名簿のようなものがあるとは思いますが……」
「なるほど。クリストさんはどうですか?」
「樹の国は、街中では家族で住む者が多いと思います。森の中は多分団体ですね。盗賊団とか」
「あ、ああ……そ、そうですね……」
「精霊とかどうなってるんですか? 土地柄木の精霊や他の精霊も多いですよね?」
ユグドラシルがあるから精霊が多い土地のはず。
「彼らは最初から親を持たないので、大抵一人暮らしです。マモン陛下やドリアード五姉妹のように家族や兄弟姉妹で住むのは珍しいと思います」
「戸籍については?」
「街の方では把握しています。ただ……大森林の中は誰が居るかも分からないですね。入ろうと思えば正規ルート以外からも侵入できますから。地方都市は多分把握してないと思います」
「なるほど」
今までの話を黙って聞いているヒトが一人。
「ヘンリーさんはいかがですか? あまり驚いてはいないようでしたけど、雷の国はもしかして私の言ってることと近いとか?」
「そうですね。俺のところは、多分アルトラ殿の言う戸籍に似た制度があると思います。我々の国は他国と比べてもコンピューター技術でしっかり管理してますから」
「入国とかはどうなってるんですか?」
「ほとんどは管理できてると思います。まあ……流石に空間転移魔法で訪れる者を全部把握してるかは分かりませんが、そもそも空間魔術師の九十パーセント以上が大国、またはその属国の所属ですから」
「ほぼ全員が所属じゃないですか!?」
水の国の空間魔術師ルイスさん曰く、一族に二人も発現者が出た時は大フィーバーだったって言ってたし (第303話)、空間魔法に覚醒したらすぐに国に報告されて囲い込みが行われるのかもな。
「ただ、“野良”の空間魔術師は把握されていないので真偽は定かではないですね。噂によると九十五パーセントとも九十九パーセントとも言われていますが」
私はその“野良”の空間魔術師だしね。私もパーセンテージの引き下げに一役買ってるだろう。
「では空間魔術師はどうやって入国の管理を?」
「事前に会談などの約束を取り付けた際に、その日入国する人物を明らかにし、簡易入国手続きで済ませます。その時に初めて訪れる人物のみ通常の手続きですね」
「なるほど」
「ですので違法に空間魔法で訪れる者は限られてくると思います」
「一つ疑問に思ったんですけど、入国管理局を通らないなら、お忍びで訪れてる可能性もあるんじゃないですか?」
「あるかもしれません。各国で公式に認定されている空間魔術師は全員顔と経歴を記録されているそうですから、仮に捕まれば事情を聴かれるかもしれませんが、違法な物を所持していない限りは基本的には黙認だそうです。事件さえ起こさなければ良いという考えですね」
「つまり空間魔術師の動きは完全把握できないということですか?」
「まあ……その魔法系統の性質上、完全把握は現状不可能ですね。把握するにはそれこそ膨大な魔力が必要になるかと。特定を行うには『まず雷の国首都内にいるヒト種を全員把握しておき、その上で空間転移してきて突然増えた一人を特定する』という行程が必要ですので」
「雷の国では雷を魔力に換えてますけど、それでも足りないんですか?」
「とてもとても……三百万都市ですから、それを全員把握して記録するというのは……それこそ無駄に魔力を消費することになります。そんな無駄な消費をするなら少人数しかいない空間魔術師の行動事態を黙認してしまうのが合理的です。もっとも……犯罪を犯した場合には是が非でも特定して逮捕すると思いますが」
それぞれ魔力の性質 (樹の国で言う『魔力紋』)を記録しなきゃいけないし、それらを把握しなきゃいけないことを考えると無理か。
「もしかして、皆さんの国も空間魔術師の入国は黙認?」
と、この場に出席している他の四大国のヒトに聞いてみたところ……
「そうですね。黙認が多いのではないでしょうか」
「軍事政権で、警戒状態というわけではないので、追いかけてまで特定しようとはしないと思います」
「火の国や氷の国は、特定しようとしてくるかもしれませんが……魔法の性質が性質なので捕まえられる者は皆無だと思いますよ」
「空間魔術師のことは詳しく分かりませんが、もし捕まるなら魔力切れで空間転移できなかった時くらいですかね」
まあ、確かに……私は魔王の目の前からすら簡単に逃げられたわけだしな。 (第413話参照)
「皆さんお教えいただきありがとうございます。ヘンリーさん、話を戻しますけど雷の国はもしかして犯罪歴とかも記録してますか?」
「雷の国首都で犯罪を犯した者に限ってはしていると思います。指紋やDNAで犯人を特定するという話も聞きますし。ただ、技術的な遅れのある地方都市や属国は分かりませんね」
流石魔界の技術大国!
「もっとも……システムメンテナンスで入った時に聞きかじった程度のことなので、俺の話がどこまで合っているのかは分かりませんが」
「それでも十二分に参考になる話でしたよ」
私は……空間魔術師でありながら大国所属ではないけどどういう扱いなのかしら?
水の国では、ヒトの往来の多い広場に転移してしまったことと、闇のドレスが目立ったから、すぐ特定されて捕まったわけだが…… (第64話参照)
各大国の空間魔術師は、捕まらないようにソレと分かる目印を見えるところに掲げてるのかもしれないな。
私もあれ以降は路地裏なんかの目立たない場所へ転移するから捕まったことは無い。
その後は………………
雷の国では女王陛下と共に行動してたから多分入国の申請はされている。
樹の国では政務官のトリニアさんが入国手続きしてくれるって言ってたから申請されていると考えて間違い無い。
火の国ではサンドニオさんとレドナルドさんが迎えに来たから多分申請されてるはず。
風の国では王城に直接行ったけど、魔王代理であるアスタロトに同行したから多分申請されてると思う。
土の国では……多分こっちも、訪問するって知った時点でタナカさんが抜かりなくやってくれただろう。
水の国以降は特に問題無さそうだ。
………………と言うか、私、全然自分で入国申請してないな……
まあいつでも呼ばれてから訪問してるから、多分違法入国はしてないだろ、水の国を除いて。
そう言えば、私はお忍びで頻繁に水の国にお邪魔してるな……気付かれていないか、黙認してくれてるのか。
あ! そういえば出国はどういう扱いになってるんだろう……? 火の国はルシファーから逃げるように空間転移したからもしかしたら出国していないことになってる可能性も……?
ま、まあ良いか、現状は関わり合いにもならないし、当分関わるつもりも無いし。
色々聞いてみたところ、臨時会談で犯歴を記録することについて渋られた理由がなぜなのか何となく分かった。 (第291話参照)
大国でも身分証明が曖昧な国が多いんだ。
火と氷の国は話を聞けないから分からないけど、多分ちゃんとしてるのは七大国でも雷と水くらい。次いで土ってところか。
まあ、身分証明の作成も終わってるし、アルトラルサンズでは戸籍制度を導入ってことで良いだろう。
その後も草案に対する議論は続き、粗方法律の方針、罰金や罰則などの方針も固まった。
◇
「よし、それじゃあこの方向で法律を制定しようと思います。リーダーのみんなは回覧板での周知をお願いします。それとこれらが関わりありそうな店舗や機関への公布をお願い、施行後は守らなければ罰金や罰則があることも付け加えて。法律の施行は『生命と身体に関わるもの』や『窃盗に関わるもの』、『器物を損壊するもの』は即日施行とし……」
「それについてなんですが少しよろしいですか?」
マークが手を上げた。
「何かしら?」
「泥棒で捕まえるとなるとそれなりの数になりそうです。現状拘留施設がありませんので、どうしましょうか?」
「う~ん……」
簡単な牢で良いなら、物質魔法で創れないことはないが……それだと誰か捕まえる度に牢をどんどん増やさないといけなくなるかもしれない。
「分かりました。捕まえたヒトを次の日のパトロール時間に出身国へ強制送還します」
「アルトラ様がやってくださるんですか?」
「現状それしか手が無いしね。流石に毎日泥棒が捕まるなんてことないでしょ?」
「「「 う~ん…… 」」」
マーク、トーマス、ウィンダルシアが首を傾げる。
「え……まさか人数の少ない我が国で毎日窃盗があるの?」
「開国前と比べると窃盗被害はかなり増えましたから。店のヒトは『少量なら仕方がない、以前は物々交換だったし構わないよ』って言ってくれていましたが、きちんと罰せるようになるとなると捕まえる数も増えるでしょうから」
うわぁ……大分治安悪化してるのかなぁ……?
「う、うん、分かったよ。私が責任持って毎日強制転移させるから」
「了解しました」
国を開いたってことは、裕福な商人だけでなく、泥棒も入って来てるってことか……
これは刑務所か、少なくとも留置所の建設は急務かもしれない……
捕まえて牢に入れて数日で出すのでは、日本社会と違って会社という責任が無いアルトレリアでは全くと言って良いほど罰則にならないし。刑務所みたいなところで強制的に何年も働いてもらわないと罰にならない。
気を取り直して……
「では、『生命と身体に関わるもの』や『窃盗に関わるもの』、『器物を損壊するもの』以外の法律は、本日より半年の間試験運用と法律の定着を図り、半年後から正式な効力を発揮するものとします。ヒトに危害を加えないような法律については、試用期間中は注意程度の甘い措置とし、正式施行後からは罰金や罰則を設けるものとします」
これに対し、今度はフィンツさんが手を上げた。
「試験運用するのか? 法律の試験運用なんて聞いたことが無いが……」
「元々法律の存在しないところに制定するわけですから、それに慣れさせる期間が必要かと思いまして」
「なるほどな」
「法律の執行権は警察組織に委ねます。他の警察官への指導役は最も法がきちっとしていると私が判断した水の国出身のトーマスが適任と考えますので、トーマスお願いいただけますか?」
「了解しました」
と言ったところ、ウィンダルシアからトーマスへ一瞬だが少々悔しそうな目が向けられた。
「ウィンダルシア、あなたには副官をお願いしますね」
「分かりました」
このヒトは正当な理由があれば特に我を通すようなことをしないんだよな。
扱いを間違わなければこれほど御し易いヒトもいない。もっとも……間違えた場合は逆お説教を食らうが……
「ああそれと、罰則について、甘い措置は問題ですが厳しすぎる措置も問題ですので、良い塩梅でお願いしますね」
「「 了解! 」」
「以上になりますので皆様、よろしくお願いします。リーダーのみんなは周知徹底をお願い」
「「「 了解! 」」」
役所でも壁に貼り出すなどして、『法律というものができる』ということを国民に周知させてもらう。
自分で設定考えておいてですが、空間魔法の性質が凄すぎる! 魔王からも簡単に逃げられるって……
不貞外国人はアルトラがさっさと帰します! 悪いことするヒトを国に置いとくメリットは無いですからね。
次回は11月14日の投稿を予定しています。
第574話【電話設備について】
次話は来週の金曜日投稿予定です。投稿時間は二十一時付近までのいずれかの時間になります。




