第562話 解呪の儀式
翌日八時――
「アルトラ様、八時です。起きてください」
「…………ん? ……あと五分……」
……
…………
………………
「アルトラ様、五分経ちました。起きてください」
「………………あと五分……」
「十時に遅れれば解呪の権利も無効になりますよ?」
「…………解呪? ああ!」
その言葉で今回の旅の目的を思い出し、飛び起きた。
急いで鏡の前に立ち、身だしなみを整える。
「あ、私【ゲート】使えるんだから急がなくても良いのか! じゃあもうちょっとゆっくりしよう」
「軽食を作っておきました」
「ありがとうカイベル!」
差し出されたサンドイッチをいただく。
「あなたたちはレストランで朝食食べてから出るのよね?」
「はい」
「じゃあ、私は先に出るから後のことよろしくね。解呪の儀式が終わり次第、現地で合流と。十四時頃まで植物園で、その後移動して魔石・宝石展だっけ?」
「はい」
私の話を聞きながらリディアとネッココを起こして回る。
「むにゃ……もう朝カ?」
土の国、朝なんか存在しないけどね。
「ふぁ~……よく寝タ……いつもよりなんか寝心地良かっタ! なあアルトラ~、うちにもこのベッド買ってくれヨ!」
「うちのボロ部屋にこの豪勢なベッドは似合わない。高いし」
それにうちの個室は、このベッド入れるほど部屋が大きくないわい……
『カイベル~! 鉢から出たいの! 足拭いてもらえるかしら!』
「はい」
土の中に埋まって寝ていたネッココの膝から下を濡れタオルで拭く。
私はネッココが退いた隙に鉢を【亜空間収納ポケット】に仕舞った。
『あ! もう仕舞っちゃうの!? まだご飯まで時間あるから、もうひと眠りしようと思ったのに!』
「でもこのタイミングで仕舞っておかないと持って帰れないからね、私もうチェックアウトするからさ」
『あ! そうだったわね! アルトラは私たちより一足早くここを出るんだっけ!?』
足拭き終わって絨毯に降り立つ。
『ありがとカイベル!』
「はい、ではリディア様、ネッココ様、九時半にレストランに行くために集合の予定ですので支度してください」
「またあの服着るんだナ……」
『窮屈よね……!』
「じゃあカイベル、服の方の返却とチェックアウトをお願いね」
ムラマサ寺院へは部屋から直接【ゲート】で向かうため、昨日着ていたワンピースを畳んで差し出す。
「承知しました」
「じゃあ、そろそろ時間も迫ってるから行くね。今日のことよろしく」
【ゲート】でムラマサ寺院へ転移した。
◇
ムラマサ寺院、門前――
解呪の権利を得られる期間が終わったとは言え、御開帳日最終日であるため、まだまだ仏像や法具などの美術品を見に来る訪問客は多い。
とは言え私の感覚でだが、昨日と比べて十分の一程度の客数に減っているように思う。
今日は既に『祓魔の鉄』の展示が無い。儀式で使うから回収されたのかもしれない。
受付で当たりクジを提示すると――
「はい、どうぞ。廊下を真っ直ぐ進んだ中庭にてお待ちください。これをを持って呼ばれたら指示に従ってください」
「はい」
――クジを回収され代わりに別の紙を渡された。
廊下を進みながら今渡された紙を確認すると番号が書いてある。
「二百七十八番……これってもしかして解呪される順番かしら? ちょっと遅く来過ぎたか。ほとんど最後の方だ……この番号が来るまで大分時間がかかりそうだわ……」
奥にあると言う中庭に向かって進むと、見覚えのある僧侶に出くわした。
「おや? あなたは昨日権利を手放した方ではないですか?」
「あっ! 昨日の! あの後連れと合流したら、その連れが当てていたので譲ってもらったんです」
「あなたとお連れ様で二度当てられたのですか!? それは珍しい! 解呪刀が歴史上に登場してから初めてですよ! 何せひじょ~~うに当たり難い確率ですから。素晴らしい剛運だ!」
「アハハ……」
まあ片方 (カイベルが当てた方)はズルだけどね……
ただ、ナナトスの方は本当に当てたんだから凄いとしか言えない。
「では、わたくしも準備がありますので」
僧侶は一礼して引っ込んで行った。
私はそのまま真っ直ぐ進んで中庭に着く。
そこにはもう結構な人数の人々。
「多いな……そりゃ私の前に二百七十七人居るんだから多いか」
解呪刀『祓魔の鉄』は、この儀式のために作られたと思しき簡易的な祭壇に飾られている。
中庭にはテープで何かの目安となる印が二十個、円状に貼られていた。
そして十時を回り……
寺院でも階級の高そうな立場の僧侶が話を始める。
「お時間になりましたので、解呪の儀式を始めさせていただきます。まず説明しておくことがございます。それはこの解呪刀を使ったからと言って、必ずしも解呪されるものばかりであるというわけではないということです。これによって解呪できない場合は申し訳ありませんが、我々にはどうしようもできませんし、寺院側に苦情を入れられてもどうしようもないということです。そのことはご留意ください」
「じゃあ質問で~す!」
解呪希望者の一人が手を上げた。
「解呪できなかったことってあるんですか?」
「もう『祓魔の鉄』が作られて三百余年を経ています。滅多に無いことではございますが、中には解呪できないものもあったと聞いております」
これを聞いて場が少し騒然、解呪希望者と周囲に居る見学者で目を合わせていたりする。きっと知り合い同士が目を合わせているのだろうが、『自分に降りかかっている災いが消えなかったらどうしよう』などと考えているのだろう。
かく言う私もそうだ。二つの呪い染みた能力、解除できれば良いが、最悪な場合はどちらも解除できないということもあり得るということだ。
私自身、解呪し切れなかった呪いをついさっきこの目で見ているからこの言葉には納得した。 (ゴルゼン家の『フィリア』に降りかかった呪いのこと)
「さて、質問はよろしいでしょうか?」
解呪希望者を見回し、他に質問が無いことを確認する。
「それでは始めさせていただきます」
今話していた僧侶とは別の、細身ながら屈強そうな僧侶が祭壇に一礼した後、解呪刀を手にする。
「それでは解呪を致します。受付で渡された一から二十の番号の方々、地面に貼られた印のところへお立ちください」
集まったヒトたちの中から、二十人がゾロゾロと中央の印がされた場所へ移動する。
そして刀を持った僧侶がその二十人の中心に立った。
「では皆様、今解呪したい、断ち切りたい悪縁、病、呪いなどを頭に思い浮かべください」
集められた二十人が目をつぶって俯く。
恐らく各々が自身の断ち切りたいものを思い浮かべているのだろう。
「では解呪の儀を執り行います」
僧侶の持つ『祓魔の鉄』が起動。私が使った時と同じく刀身が眩い光を放つ。
「では参ります!」
その言葉と共に抜刀、その場で一回転しながら二十人を流れるように斬り付ける。
二十人に光の斬撃が当たった瞬間、斬った部分から黒いモヤのようなものが抜けて行くのが見えた。
「……はぁはぁ……はぁ……こ、これにて皆様の思う悪縁、病、呪いが解かれたかと思います……」
解呪の儀を執り行った僧侶、一瞬で凄い汗だ!
二十人同時の解呪ともなればあんなに疲れるものなのか!?
「……はぁ……私のお役目は一旦終了致します」
息を切らせながら一礼して引っ込んで行った。
すぐに二人目の僧侶の手に解呪刀が渡され、解呪の準備をする。
そして解呪された二十人は、と言うと……
「おお……噂は本当だった! 痛みが無い!」
ある者は、恐らく病による痛みが消えた実感を得、――
「これでアイツの嫌がらせも終わるのだろうか……?」
――ある者は嫌がらせされているらしく、それが終わったかどうかこの時点では半信半疑。多分この後、家に戻るか職場に行くかすれば分かることなのだろう。
それで嫌がらせが終わっていれば悪縁が断ち切られたということになる。
「これでアイツとも綺麗さっぱり別れられるってわけだな」
またある者は関係しているものとの縁を切ったようだ。
それがストーカー化した恋人なのか、火遊びで本気になられてしまった女性のかは分からないが……
「腕の呪いが消えた! これで苦しみから解放される!」
またある者は、解呪の儀式の本来の姿である呪いを解くことができ歓喜する。
まだこの場ですぐに効果を確認できていない者も居るため、二十人全員とはいかないまでも大部分の者の悩みが解消され晴れやかな表情になった。
そしてこれを十三回分繰り返して二百六十人が終了。
魔界に光魔術師が少ないというのはもう周知の事実だが、その所為か解呪刀を発動させられる者がこの寺院内に四人しか居らず、二十人を一グループとして四つのグループを解呪後、一時間ほどの休憩が挟まる。そのため後ろの方の番号であるほど、長時間待たされることに……
途中、豪勢なお弁当が提供され、やっと私の番が来た時には十五時を回っていた。予定した合流時間はとっくに過ぎている。
◇
「やっと私の番か。もうこの時間ではそのままアーテラスタワーに直行かな……」
観光地での合流は無理そうだ。もっと早めに来ておけば良かったと、今更ながら後悔……
まあ、そもそもの今回の目的は『解呪』だし、解呪の儀式までは漕ぎつけられた。観光については残念だけど諦めるか……
「では番号二百六十一から二百八十の皆様、お待たせしました。印のところへお並びください」
解呪役はさっき廊下で話した僧侶。彼ももうこれを三回繰り返し、四回目。表情から察するに最早くったくたの状態だろう。一回ごとに疲れが蓄積していってるのが目に見えて分かる。
「では皆様、今解呪したい、断ち切りたい悪縁、病、呪いなどを頭に思い浮かべください」
この口上ももう十四回聞いている。
ああ、そうだ余計なこと考えず、悪縁を思い浮かべないと!
『冥獄の枷』消えろ! 『蘇生耐性Lv10』消えろ!
「では参ります!」
僧侶が抜刀、胸の辺りを横一文字に斬られ、今までの解呪希望者同様、斬られた場所から黒いモヤのようなものが出て行ったように見えた。
これは……無事消えたんじゃないか?
「ハァ……ハァ……こ、これにて皆様の思う悪縁、病、呪いが解かれたかと思います…………ハァ……では私のお役目は終了します。次のグループが最後となります」
解呪の実感は全然湧かないものの、黒いモヤは確かに見えた。
病気とか痛みの解除ならすぐ分かるのだけど……痛みのあるものではないからすぐには実感できない。
後でカイベルに聞いて確認する他無いか。
私より若い番号のヒトたちは、自身の解呪が終わったらどんどん帰って行った。私もここに留まる理由も無いし帰らせてもらおう。
先ほどの廊下を戻り、受付の横を通過する。
「お疲れ様でした」
「こちらこそ解呪していただきありがとうございました」
受付の僧侶に挨拶をして人目の付かないところへ行き、【ゲート】で最初に訪れた駅付近まで移動した。
◇
予定の十六時半まで辺りを散策。
駅周りにあった茶屋でヒュプノ小豆という豆で作られたおはぎのようなものを頂く。
「おお……灰色だ! これでも小豆なんだ」
見た目は岩石、食べたらお餅。
美味しくいただきお茶を飲む頃にはちょうど良い頃合い。
十六時を回った頃にアーテラスタワーの根本で待っていたところ、十六時十五分頃にまず男子組がやって来た。
「あ! アルトラ様じゃないッスか! 女子組の方が先に来たんスね。他のメンバーはどこッスか?」
「いや、観光地には行けなかったんだ。思った以上に儀式に時間がかかっちゃってね」
「そうだったんスか」
「サッカーは中々面白かったぞ!」
「そりゃ良かった。アルトレリアのスポーツの発展はあなたたちの見聞きにかかっているからね。タナカさんも引率ありがとうございました、大変だったでしょう?」
「いや……ええ……まあ……少々マナー知らずもありましたが大丈夫でしたよ」
突っ込んで話を聞くと、どっちのチームを応援すれば良いか分からず、途中まではどちらが点を入れても喜んでいたから周りに居るサポーターから白い目で見られていたとか。
男子組の話を聞いていると、女子組がやって来た。
こっちにはカイベルが居るから時間ピッタリだ。
「あ! アルトラ居るゾ!」
『全然来なかったから心配したわよ!』
「思ったより解呪に時間を取られてね、観光地は諦めたんだ……」
「それは残念でしたね……」
「じゃあ、時間もギリギリだしアーテラスタワーの展望台に行きましょうか」
その後、展望台に上って閉館まで街並みを見回し、近くのレストランに入って食事後、二十時に駅でフィンツさんと合流。
【ゲート】でアルトレリアへと帰った。
観光の様子について描くと、この章が少々冗長になりそうなので、まとめに入ろうと思います。
今後、余裕が出来た時にでもEXエピソードなどで描くかもしれません。
次回で第19章終了です。
次回は8月29日の投稿を予定しています。
第563話【解呪の効果と狛狐】
次話は来週の金曜日投稿予定です。投稿時間は二十一時付近までのいずれかの時間になります。




