第559話 白黒テレビと異食文化
そして一時間ほどが経ち――
「アルトラ様、タナカ様とリナ様が部屋に近付いて来ます」
「あ、もうご飯の時間か!」
指をパチンと鳴らして【千里眼】を消し去る。
「『 ああ! |今良いところだったのに《今良いところだったのニ》! 』」
どうやらクライマックスだったらしく二人同時に不満の声。
「文句言わない。バレないこと最優先!」
コンコンコン
「はい?」
「お夕食をいただきに行きましょう」
「リディア、ネッココ準備して!」
服を脱いで普段の状態になっていた二人に促す。
「えっ!? またアレ着るのカ?」
『アレ窮屈なのよ!』
「ここに泊まってる限り、部屋以外ではスマートカジュアルだよ」
リナさんが部屋の中をチラッと見て、一点で目が留まったのが分かった。
「何か作られてたんですか?」
「う、うん、まあ……」
「…………手足生えてますけど、ホワイトソーセージの擬人化とかですか?」
ホワイトソーセージに見えるのか……私はマンドレイクのつもりで作っていたからそんなに細くしたつもりはなかったんだけど……
大根って言ってくれたら「当たり」って言おうと思ったら……ソーセージ?
同じ野菜であるキュウリならまだしも、言われた単語は野菜ですらない……細く作り過ぎたかしら?
でも何だか否定するのも恥ずかしいので肯定しておく。
「う、うん……まあそんなところ。フィ、フィギュアのことは良いから早く食べに行きましょう」
フィギュア作りはまだまだだな……
隣の部屋にフレアハルトとナナトスを呼びに行くが、予想通りダラっとした服装をしていたので、すぐに着替えさせる。
「よし! みんな準備良いね! じゃあレストランへ行きましょうか」
◇
レストランへの道中――
「そう言えば、部屋にでかい箱があったッスけど、アレ面白いッスね!」
でかい箱? そんなのあったかしら……?
「スイッチ入れたら中に小人っぽい亜人が居て、ちょっと見てたら別のが始まって」
あ、多分テレビのことか。確かに“でかい箱”と認識してもおかしくはない。まだブラウン管の白黒のヤツだし。
「もしかしてテレビのこと?」
「お! あれがちょっと前アルトレリアで噂になってたテレビってヤツなんスか? 面白いッスね! すぐアルトレリアにも導入するッス!」
「あれは小人が入ってるんじゃなくて、カメラで撮ったものをテレビに映してるんだよ」
「映す?」
「ちょっと前、信任状奉呈式の時に肩に担ぐようなでっかいカメラ持ったヒトたちが各国から来たでしょ? あのカメラで撮ったものがテレビで見られるの」 (第419話から第420話参照)
「「 |なるほど! あれか!《なるほど! あれッスか!》 」」
フレアハルトも加わって、二人共納得する。
あの時各国から来たヒトたちを見ているはずだからね。
「一応聞くけど、まさか分解しようなんて思わなかったよね?」
「一瞬思ったッスよ。箱の中にヒトが居るッスもん、見てみたいと思うじゃないッスか。フレハルさんの方が『中に小人が居るかどうか確かめてやる!』って乗り気だったッスし……」
思ったんかい!
「だが、アルトラに激怒される光景が頭をよぎって思い留まった」
「あらそう? 壊さなくて良かったわ。あなたたちの頭の中のアルトラさんに感謝しなくちゃね」
コイツらの頭の中の私が恐怖の象徴みたいになってるところは腑に落ちないけど……
コイツらの前でそこまで激怒した記憶無いんだけどな……フレアハルトの前では一度だけあったらしいけど。 (第104話参照)
「あのテレビ、今はまだバカみたいに高いから、壊してたらトンデモない金額請求されてたかもよ?」
日本での最初期のテレビは十七万五千円だったらしい。大学初任給が五千四百円程度だったことを考えると現在の価値に換算すると数百万から数千万の価値になるとか。
水の国では既にカラー化が始まっているって言うし、その情報を比較して考えるとここにある物は流石にもうそこまでの価値は無いと思うが、まだ高価なのは間違い無いはず。
「ホ、ホントッスか!?」
「分解せんで良かったな……」
「一応言っておくけど、分解したところで当然中に何も居ないからね? と言うか他国来て気になったからって壊そうとすんな」
「「 ごもっとも (ッス)…… 」」
「それで、どんなの見てたの?」
「え~と、最初は真面目な顔したヒトが何かの宝具が盗まれたけど無事返って来たみたいなこと言ってたッスね」
それ今日のニュースじゃね?
「その後何か煙みたいなマークとその煙から下側へ沢山線が出てるマークが描かれてる地図?っぽいものが出て、天気の話?っぽいことを言ってたッスね」
煙マークは多分雲のマークかな?
煙から線が出てるのは多分雨マークだろう。雨が少ない国だって言うし、傘のマークではないことを考えるとこの国ではあまり傘は使われてないのかも?
土の国には疑似太陽すら無いから晴れのマークは、それ自体が存在しないらしいな。
「その後はガラッと変わって、ネコ?みたいなのがネズミ?みたいなのを追いかけてたッス。ずっと見てたら目とか飛び出したけどすぐ戻ったり、足をハンマーでぶっ叩かれて叫び声上げるけどすぐ治ってすぐ追いかけたり、平べったく押しつぶされたりとか、俺っちたち以上に再生能力高いみたいッスね。でも何か絵が動いてるような感じの種族だったッスけど……」
ああ、雷の国で人気アニメって言われてる『シーとラトン』ね。きっとテレビ放送に際して輸入されたのだろう。 (『シーとラトン』については第263話参照)
「それはアニメっていう手法で描かれた動く絵だよ」
「やっぱりアレって絵なんスか? どうやって動かしてるんスかね~、俺っちが描いたものも動いたりするんスか? 魔法の一種とか?」
「いや、あれは動きを何枚にも分けて描いたものを連続して繋げてるだけだからね。一枚描いたところでそれが動くってわけじゃないのよ」
創成魔法ならできそうではあるけど……
「へぇ~、面白かったッスよ。思わずフレハルさんと見入ってて気付いたらこの時間だったッス」
二人が隣の部屋に居るにしては大人しいなと思っていたけど、そういうことだったのか。
しかし、これに対してリディアが余計なことを言い始めた。
「え!? アレ面白いのカ!? 白黒なのニ?」
更にネッココが続く。
『白黒見て何が面白いの!?』
「白黒の地域で撮られた写真 (※)なのではないのか? だったら白黒なのは当然であろう?」
(※写真:フレアハルトは『映像』のことを言いたいが、その言葉がまだ彼の中に無い)
どうやらフレアハルトは魔界に『白黒の地域』があると思っているらしい。
何かちょっとヒートアップしそうな気配だから、この辺でぶった切ろう。
「まあまあ、フレアハルトたちは初めて見たから面白いものなのよ」
「初めて? リディアとネッココは違うのか?」
しまった! 言葉選び間違えた! 自ら墓穴掘った……!
『私たちなんかカラーで見て――』
まずい! ちょっと興奮してるからそのまま話してしまいそうだ!
「ネッココ!!」
『あ!』
慌てて口を手で覆った。
「どうしたんスか?」
「何だ? 『カラーデ』とは?」
「そ、そウ! リディアたちも初めてテレビ見たんだけド、『カラーデ』って番組が面白かったんだヨ! 凄く面白かったからここで言ってしまったら二人がズルいって言うかと思っテ!」
慌ててリディアがフォローする。
それに同調するように無言でコクコクと頷くネッココ。
「そうなんスか? ネコとネズミも面白かったんスけどね、そっちも見てみたかったッス」
「まあ、とりあえずアルトレリアでもテレビが見れる環境を導入しようではないか! な! アルトラ!」
「そ、そうだね……前向きに検討するよ……」
ふぅ……セーフ! リディアの気転で何とかバレずに済んだ……
「ところでアルトラ、『番組』とは何だ?」
「え~と……放送の種目のことかな? 一般的に『テレビ番組』って呼ばれてるのよ」
「ほう、そうなのか」
私たちには常識的なことすらいちいち説明しなきゃならない。
しかし、これにてテレビに関するプチバレ危機は去った……
◇
エレベーターを使って地下のレストランへ。
『あ! 私ボタン押したい!』
と言うことでリナさんがネッココを抱えてボタンを押す。
地下に着くと……
「ワ! また景色が変わっタ!」
『面白いわ! やっぱりうちにも作りましょうよ! ね! アルトラ!』
「うちには二階が無いってば……」
それにこんなもんせいぜい十回も乗れば、慣れて何でもない日常の一部になるよ。
『じゃあリナの家には“えれべーたー”を付けないの!?』
何でそんなに気に入っちゃったのかしら? ネッココは身体が小さい分、階段を上り下りするのが大変だから……とか?
「に、二階建てでは付けてもあまり意味が無いですから……」
『残念だわ……!』
「美味そうな匂いだな」
まだレストランに着いてもいないのに、料理の匂いだけ漂ってくる。
「早く行こうッス! 早く行かないと無くなっちまうかも!」
足早にレストランへと急ぐナナトス。
「そんな急がなくても大丈夫だって」
◇
レストランに着くと、そこには宿泊客のために用意された色とりどりの料理。
見知ったものもあれば、全く見たこともないものもある。
「おお~! 凄いナ! リディアこんな沢山の料理初めて見ル!」
「アルトレリアのビュッフェとは大違いッスね!」
「アルトラよ、どれだけ食っても良いのか?」
「特に制限は無いとは思うけど……常識の範囲で」
「……お主がそれを言うのか? 特別な日だからって食べ過ぎるなよ?」
う……確かに……食べ過ぎてしまう可能性があるから、他のヒトのことも考えて私こそ節制しないとな。
『私が食べられるものもあるかしら!?』
ネッココは固形物が食べられないから食べられるものを探すのが大変そうだ。
「私が選びますから大丈夫ですよ」
『頼むわねカイベル!』
まあ、今回はカイベルが居るから選んでもらえば腹痛や衰弱に見舞われることも無いだろう。 (第368話から第369話参照)
「とりあえず席に座りましょうか」
八人が座れる席を確保。
「じゃあ順番で取りに行きましょうか」
「私が番をしていますので、皆様どうぞ取りに行ってください」
と言うのはカイベル。
「じゃあお先ッス」
「では我も先に行かせてもらう」
「私は残りましょうか?」
カイベルを気遣ってくれるタナカさんだったが――
「いえ、タナカ様もどうぞ取りに行ってください。私は後で結構ですので」
『私がカイベルと一緒に留守番してるわ! カイベルも一緒に言ってくれないと私が食べられそうなものが分からないし!』
――と言うことでカイベルとネッココ以外が席を立つ。
◇
トレイ片手に散策。
色々あると思ってたけど、色々あり過ぎるわ……
食べ慣れないものも多い。と言うか食べ慣れないものの方が多い。
「モグラ使った料理が結構多いな……」
大モグラの肉がポピュラーと言われる通り、高級ホテルでもそれを使った料理それなりに存在する。
もちろん、牛や豚、鳥を使ったものも多い。
「牛肉か……」
そう言えばカトブレパスって土の国原産だったんだっけ?
その魔眼で見たものを石化させることができる一つ目の牛だ。頭が重過ぎるらしく、地面を擦りながら移動することで有名。
「ってことは、これ多分カトブレパス肉なのかしら?」
代表的なところではステーキやハム、焼肉なんかに調理されて置いてある。
もちろんスープやサラダなどに入ってることもある。
「ここに普通に置いてあるってことは牧畜されている? いや、石化能力持ってるのを飼育するのもリスクが高いし、別の牛って可能性の方が高いか」
首さえ持ち上げられなければ石化効果もあまり意味が無いため、樹の国の動物園では上を見られないような工夫を施して飼育されていたらしいし、飼われている可能性は無い話ではないが…… (第362話参照)
「でももし畜産しているとしたら飼育は大変そうね……放牧とかしてストレス軽減にも努めないとならないだろうし」
「ところが、近年は飼育の方法が確立されてそうでもなくなってきてるんですよ」
私の独り言が聞こえていたのか、近くに居たホールスタッフさんが説明してくれた。
「生まれてすぐ、仔牛の時に石化魔力を無力化する手術を施すんです。目と脳の間に魔力を蓄える器官があるらしく、それを取り除いてしまえばその後石化の魔眼を行使できなくなるそうで」
「へぇ~、そうなんですね」
なるほど、『仔牛』の時に石化の魔眼を『行使』できなくするわけね。
つまりドラゴンがブレスを使うために一時的な魔力を溜める『息袋』のように、発動するための魔力を蓄える場所が目の上辺りにあるわけか。
そうやって畜産に適するようになったカトブレパスがこうして食卓に並ぶわけだ。
「更に何代も交配を重ねることで、元から魔眼を持たないカトブレパスが生まれるそうです。最近の養殖は魔眼を持たないものも多いそうですよ」
何代も重ねて石化ガスを持たないコカトリスや、帯電体質を持たないサンダラバード・ゼロというのを見たことがある。それと同じような経過を辿るわけね。 (第201話参照)
「でもどこで育ててるんですか? この付近には牧草とかあまり生えてなさそうですけど……雨の少ない土地なんですよね?」
「国の東の地方には牧草地帯があるのだそうです」
「なるほど、そこから運搬されてるわけですね?」
さて料理へ戻ろう。
ラインナップには、万人が好みそうもないものまである。例えば『石野菜サラダ』。
入っているのはキュウリ、トマト、レタス、キャベツなどに似た私たちもよく見るような食材なのだが……一目で違うと分かる要素がある。
構成野菜の全てがカラーを九割くらい取り払ったかのようなセメント色をした野菜たち。気持ち薄っすらと色が付いている程度。
他にも『石大根』に『石ニンジン』に『石ゴボウ』などの煮物も置いてある。
もしこれらがその辺に置いてあったら、“良い出来した石の彫刻”だと思って見るだけで終わるだろうくらいには見た目が石。
「硬ったそうなサラダだなぁ……」
「それらは身体に石のような成分の入った方々が好んでお召し上がりになります」
またホールスタッフさんが説明してくれる。
「石のような成分?」
「例えばガーゴイル族とか、ノーム種の石を組成として持つような方々ですね」
こういう話題では真っ先にガーゴイルがよく出てくる。それだけ石の魔人として有名なのだろう。
石を組成として持つというのは、多分硬いノームとか宝石ノームとかってことかな?
なるほど、これらを摂取することで自分たちを構成する栄養素を多めに摂るわけね。
「これ、一般の亜人は食べられるんですか? 例えば歯が欠けるほど硬いとか」
「お召し上がりになられる方はいらっしゃいますよ。ただ、ご想像の通り非常に硬いので食べ終わるまでに相応の時間を要するかと思います。野菜スティックほどの薄さになっていれば歯が欠けるほど硬くはないとは思いますが……」
石野菜は、その見た目の通り触感はガリガリと噛む力を要するくらい硬いらしい。
「これって自然発生した野菜なんですか?」
どう見たってヒトの手が入ってる……こんなのが自然に出来るとは思えない。
「元々硬かった野菜を更に品種改良して作られたものだとか」
これは遠慮しとくか。流石にこれを食べるために時間を取られたくない。
「あ、でも後学のために野菜スティックくらいなら二、三本……」
と言うことで、石キュウリと石ニンジンと石セロリを二本ずつ取った。
「地球では野菜をいかに柔らかく改良するかを考えるのに、わざわざ硬くするなんて……そういうのを栄養素とする生物が居るからってことかしらね?」
大根は桂剥きには向きそうも無い。皮がボロボロと崩れそうだ。
結局のところ、石野菜を避けて無難なサラダを取り分ける。
首都が内地にある割には魚介類もそれなりに取り揃えられている。
どうやら刺身の文化もあるらしく、生でも食べられるようだ。というわけで少し取り分ける。
我々現代人が白黒テレビ見てるとやっぱり物足りないって思うんですかね?
あ、そう言えば、最近鬼太郎の一期の一部を放映してましたけど、やっぱり物足りなさはあった気がしますね。
次回は8月8日の投稿を予定しています。
第560話【ネッココの食べるものはひと際異質……】
次話は来週の金曜日投稿予定です。投稿時間は二十一時付近までのいずれかの時間になります。




