第556話 ナナトスがやらかした……
今朝来た道を戻って駅へ向かう。
「あれ? この道って…………ゲッ! もしかしてまた電車乗るんスか?」
「もう一回アレに乗るのか!? ア、アレにはもう乗りたくない! ならば飛んで行く! 目的地の場所を教えろ!」
それは、さっきの【ゲート】を否定したことと真逆の行為ではなかろうか?
だったら【ゲート】で行けば良いじゃん。
「目的地って言ったって分からないでしょ?」
「しかしまたアレに乗るのは……」
焦る二人にタナカさんから落ち着かせるような言葉が出る。
「ご心配には及びません。現在ラッシュアワーではありませんので、今朝方のように混んではいないでしょうから」
「ホントか!?」
「え、ええ……大丈夫ですよ」
二人共、余程満員電車に乗りたくないんだな……
まあ初体験が満員電車で、しかも今回乗ったのは日常と違う“例祭の時の超満員電車”では、一発で嫌いになるのも頷ける。
◇
そして駅構内――
発着場にて電車に乗り込む。
「お、ホントに空いてるッスね~」
「さっきとは別世界のようだ……座る椅子とか存在しておったのだな……さっきはヒトが多過ぎて気付かんかった……この金属の柱は何だ?」
「上に何か輪っかが吊ってあるッスよ? これは?」
初めてが満員電車だったため、電車内に座席があることすら気付いてなかったらしい。それどころかこの様子だと電車内のあらゆる物に全く目を向けられなかったようだな。
アルトレリアには外国のガイドブックがあるわけではないから、日本みたいに写真で様子が分かるわけではないし、電車の前情報とかも詰め込んでないから、彼らにとっては初めて見るものだろうしね。
と言うわけで、色々説明する。
「吊り革? へぇ~」
「この金属の柱は持つところなのだな」
そしてその後の電車内――
窓際に貼り付く二人。
「お~! すげぇ! 建物が凄い速さで通り過ぎて行くッスよ!」
「満員でなければこのように見えるのだな」
「あ、あっちは穴掘ってるッスね!」
採掘された鉱石や宝石、魔石が主な産業の土の国だけあって、穴掘り現場が頻繁に窓を通り過ぎる。
「何だかこっち側とあっち側で発展の仕方が全然違うッスね」
「電車がルガイアの外周を周ってますので、電車の内側は街として発展しますが、その外側は発掘などが主になって、現在は発展とは無縁ですね、今後時が経てば街の範囲も広がるかもしれませんが」
「お! 高い塔あるッスよ!」
「あれはアーテラスタワーと呼ばれる建物ですね。展望台では街並みを一望できます。上からなら第一首都の中の様子もどうなってるか見られますよ」
「第二首都にあるのに第一首都タワー?」
何だか千葉にある東京ドイツ村みたいな感じだな……
もしくは千葉にある東京ネズミー……
「期間を考えるとあの高さのものを第一首都内に建造するのは中々難しいですからね。『怠惰』の権能により、一週間作って三ヶ月放置、一週間作って三ヶ月放置の繰り返しですから」
確かに全然進まんな……
「一軒家くらいなら第一首都が活動している一週間ほどであっという間に出来てしまいますけど。まあ千葉にある東京ドイツ村、みたいなものです」
日本出身だからか、私と思考が似てるな……
「へぇ~、じゃあ今から行ってみたいッス」
「残念ながら現在の時刻では入場できないようです」
「そりゃホントに残念ッス……」
電車内が空いているためか、左右を頻繁に移動しつつ景色を楽しむ二人。
恐らく現地民であろうヒトたちから、少々白い目で見られている。中にはクスクスと笑っているヒトも……
「ちょっと、大の大人二人がそんな頻繁に左右を行ったり来たりして、恥ずかしいからもうちょっと静かにしててよ! ナナトス! 窓に手とか顔とかくっ付けないで!」
「俺っちまだ子供の分類ッスから」
そもそも年月日の概念の無かった彼らに、『何歳が子供、何歳から大人』なんて概念は無かった。
見た目が子供なら子供だったのだが、最近になって自分たちの年齢が判明したため『十五歳未満が子供』と定義された。
「あなたもう十六歳でしょ」
「良いんスよ、男はいつまでも少年なんスから」
誰だそんな言葉教えたヤツは……
「こんな時ぐらい良いではないか? お主の故郷にこういう時にピッタリな諺があるのだろう? 『旅の恥はかき捨て』と」
何でそんなの覚えたんだよ……誰だそんな言葉教えたの……コイツら要らん言葉ばっかり覚えるわ……
「もう! かき捨てられる程度の恥にしておいてよ? 捕まるような恥だったら手に負えないんだから」
「分かってるッスよ~」
そんなこんなで初めてきちんと乗る電車に興奮しながら目的の駅に着いた。
◇
「ここから歩きなんスか?」
「ええ、すぐですよ」
タナカさんのその言葉通り、すぐに目的の第一首都との境界線に着いた。
ここに来るのは二度目だが、相変わらずオーロラのような光を発する壁のようなもので区切られている。
以前訪れた時 (第372話参照)には、休眠の効果範囲内との境界ギリギリのところに数人の金属像あったが、今回はまだ休眠期間に入ったばかりだからか、その辺りに金属像が屯していることはなかった。
「何だか光で出来たカーテンみたいッスね」
そう言いながら近付こうとするナナトス。
「あ、その光のカーテン、通り抜けてはいけませんよ!」
と言った時にはもう遅かった。
「え?」
光のカーテンを触ってみようとしたのか、既に右手が第一首都側に入っている。
その途端に――
「おわぁあっ!!?」
――右手が金属のような物質に変化していく!
「ナナトス! 早く引き抜いて! 早く!」
「あれ? でもこの光のカーテンよりこっちには上ってこないッスよ?」
「ホントだ……」
範囲に入ったからと言って、全身が金属質に変わるわけではないのか。
「おお! 面白れぇッスよここ! 範囲に入ったところしか金属にならないッス!」
手の出し入れを繰り返す。その後に足を出し入れしだしたナナトスにタナカさんが再び注意する。
「あ、膝より上は入れないようにしてくださいね! 関節が固まると戻って来れなくなりますから!」
「大丈夫ッスよ~」
なるほど、関節が固まると反動とか付けられなくなるから戻って来れないのか。
「それと頭も入れないように。頭が範囲内に入った時点で全身が金属化しますから」
「了解了解ッス」
だが、その直後タナカさんの注意虚しくやらかしやがった……
「おわっ! 滑った……」
「「「 ナナトス!! 」」」
足を深く挿し入れてしまい、膝の関節まで金属化してそのまま崩れるように、大罪の権能の効果範囲内へ倒れて行く。
そして全身金属化してしまった……
「「「 あ~あ…… 」」」
カイベルを除いた三人から呆れ声と同時に『やっぱりやらかした……』という表情……
「あっち側で金属化してしまったぞ? どうするのだ?」
「どうするって言ったって……あっち側に入っちゃったんじゃどうしようもないし……」
しかも倒れて行った時にちょっとだけ転がってしまって、手を伸ばして届くような距離ではなくなっている。
更に言うと、手を伸ばしたところでこちらも金属化してしまうから指を動かすことができなくなる。つまり仮に届く範囲に居たとしても掴むことができないわけだ……
まあ、私も金属化にはちょっと興味があったので、試しに範囲内に手を入れてみると……
「あれ?」
金属化しない。
まさか……私が魔王であることと関係ある?
あ! そういえば以前レヴィに聞いた話では……『無効化できるのは七つの大罪の私たちだけ』って言ってたような…… (第116話参照)
そう考えた瞬間、ハッとして素早く周囲を見回すも視線は金属化したナナトスに集まっており、幸いにも今のを見ていた者は居なかった様子。
「……ふぅ……セーフ……」
迂闊だった……もし今のを見られていたら私が魔王であるとバレてしまうところだ。
特に土の国所属のタナカさんは、この『怠惰』の能力についてはよく知っているだろうし。
「……カイベル、ちょっとちょっと」
小声でカイベルを引き寄せる。
「はい」
「……確認なんだけど、この範囲って魔王は入れる?」
「……はい、魔王には効き目がありません。もっとも金属化されてる方々には攻撃も何も効きませんので範囲内に入ったところで意味はありませんが……」
やっぱりレヴィから聞いた通りか……
「……アルトラ様なら中に入ってナナトス様を連れて戻ることは可能です」
「……魔王以外に、体質で金属化しないってヒトもいるの?」
「……いません」
「……じゃあ、それすると私が魔王ってバレるでしょ?」
「……即バレることは無くても、近い将来九九.九九九九パーセントの確率でバレます。特にタナカ様にはすぐに疑問を持たれ、状況次第で疑惑に発展するでしょう」
「……じゃあその方法で連れ戻すのは無理だわ」
何とか救い出す方法を思案していたところ、タナカさんが提案した救出方法であっさり解決する。
「心配ご無用です。生物以外は金属化しないため、効果範囲ギリギリで固まったヒトならロープ状のものを引っ掛けて引き寄せれば十分救出可能ですので」
と言うことで、ロープをナナトスに引っ掛けてフレアハルトが効果範囲外へ引っ張り出した。
「あれ? 俺っち確か金属になって……その後どうしたんスか?」
「引き寄せて救出したよ。全く……ちょっと遠く見てみなよ」
第一首都内を指さす。
そこには金属化した人々の姿。
「あなたは第一と第二首都の境界付近で固まってたから回収が可能だったけど、もうちょっと遠くで金属化してたら救出もできなくて次に土の国の魔王が起きる三ヶ月先まであの状態よ?」
「あ、ああ……そりゃ助かったッス。でも……今何かすげぇ調子良いッスよ! 疲れも全く無くなって!」
それについてもタナカさんが答えてくれた。
「それは、一時的にでも『怠惰』の大罪の効果範囲に入ったからでしょう。『怠惰』の権能【真価の眠り】の効果で一時的に自身の持つ最大限以上の力を発揮できるようになるそうですから。骨が折れていようが、半身不随だろうが、老衰で死も間近だろうが、全盛期だった頃よりも数段爽快な生活が送れるそうです」
老衰死寸前でも全盛期以上になれるって……物凄い権能だな……
でも、老衰死間近だと確かこの絶好調期間が切れると死んじゃうんだっけ?
考えようによっては凄く良い権能だわ。
一週間家族との最期の時を過ごせるし、絶好調だから『数日間旅行をする』みたいな無理なことも可能になる。きちんとしたお別れができるし、身辺整理もできるし、親しい友人にも会いに行ける。
良いことずくめだわ。
日本にこの能力持ってる人が居ればなぁ……
「土の国の魔王様は三ヶ月寝て三日ほど絶好調の時間が、その後三日ほど好調な時間が続くそうですから、そこから換算するに……大体休眠期間の十五分の一ずつ絶好調と好調の時間が続くと考えられます。今ナナトスくんを救出するまでにかかった時間が十分ほどですので、え~と……四十秒くらいは絶好調と好調が続くかと」
「よ、四十秒って……もう終わりじゃないッスか……あぁ~、そう言えばちょっと疲れが戻って来たッス……」
確かにちょっとぐったりしてきたな……
絶好調の体調から下降すると、疲れてるわけじゃなくても疲れてると錯覚するのかもしれない。
「この好調の期間を長く味わいたいがために、効果範囲に住むヒトも居るんですよ。この範囲に住めば、目覚めてから次に眠るまでずっと好調でいられ、目が覚めれば再び絶好調ですからね」
「そりゃ良いッスね! 俺っちも住みたいッス!」
そんな住みたくなるほどに爽快だったのかしら?
ちょっと興味があるけど、私は味わいたいと思っても、もう魔王になってしまったから無理ね。
「ところが、そう良いことばかりではないんですよ」
「どういうことッスか?」
「寿命はこの中に居ても変わらないそうです」
「え……? 金属化してるその間は時間が停止するとかじゃなんスか? 見た目はどう見たって止まってるように見えるッスけど……」
「そう都合良くはできていないということでしょう。この中で生活する場合、ずっと体調の良い亜人生を送れますが、それと引き換えに十五分の一の時間しか活動できないということになります」
「ってことは……俺っちたちは大体四十から五十歳で死んでるから……三年!? たった三年しか生きてると実感できないってことッスか!?」
「そうなりますね。太く短く生きたいってヒトには適してるかもしれませんが、お勧めできる生き方ではありませんね」
なるほど、改めて聞いてもトンデモないリスクの能力だな……文字通り怠惰に生きるヒトには最適な能力ってわけだ。
生命力の前借りしてるような能力かな? いや、休眠後に絶好調が訪れるのだから後借り? …………いや、やっぱり前借り? どっちか分からんけど、とにかく前か後かで生命力の借入が起こってるらしい。
病気とかで死が間近に迫ってるヒトにとっては凄く良い能力だけど。
「さて、第一第二首都の境界も見られましたし、もうそろそろ宿に案内してもよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
ずっと爽快に生きられる状況は羨ましくもありますね。
ただ……日本人は寿命が75~85年くらいですから、5年と少し程度しか活動できる期間が無いってことですね。
生きるのに5年は短い……
OFUSEにて古代遺跡捏造編の第6話『穴掘ってたら未知の毒を検出』を投稿しました。
『https://ofuse.me/ba6eedd7』の『投稿』タブから誰でも見られます。
次回は7月18日の投稿を予定しています。
第557話【後乗り組と合流】
次話は来週の金曜日投稿予定です。投稿時間は二十一時付近までのいずれかの時間になります。




