第553話 七百年続いた遺恨の浄化
動きが無いその一瞬、タマモゾンビの足元の地面が細かい砂に変質しアリジゴクのように飲まれだし、太もも上部ほどまでが地面に埋まる。そして周囲の土から突起状の岩が延び、次々と身体を串刺しにしてタマモゾンビはその場に固定された。
「何コレ!? 土魔法? 誰の!?」
そしてボーンスネークの方は、数多ある肋骨の間を縫うように岩で作られたトゲが絡まり、まるで蛇が針山に刺さったごとく完全に動けない状態になった。
両ゾンビが標本のようにその場に固定された。
「どういうことじゃ!? 誰がやったのじゃ!?」
これをやったのは――
「こ、これだけ固定してやれば斬り易くなったであろう」
――さっきまで青い顔で震えていたフレアハルトだった。
ずっと震えていて戦力外と考えてたが、土壇場でやってくれた!
溶岩溢れる魔素の中で生まれ育っているため、火魔法だけでなく土魔法にも強い適正を持つフレアハルト。その彼がゾンビたちの一瞬の隙を突いて、遠距離から地面に魔力を流し土魔法で土や岩を操って二体の身体を固定してくれたのだ!
ゾンビたちからも認識外の人物だったのか、完全な不意打ちが決まったため動けないほどの拘束を可能にできたようだ。
「ヤ、ヤツらの身体能力を考えると数十秒もあれば抜け出されるだろう。な、長くは持たん! 早く終わらせろ!」
先ほどまで震えていた……いや、現在も震えているフレアハルトの予想外の行動に、一瞬呆気に取られたがすぐに気を持ち直す。
「ナイス! フレアハルト! 流石私の相棒だわ!」
フレアハルトがくれたこの数秒のチャンス! 必ず成功させる!
「タマモ! 3、2、1、0の合図で同時に斬るよ!」
「心得た!」
「3」
「2!」
「1!!」
のカウントの間にゾンビたちに近寄り――
「0!!!」
――の合図で急加速。
タマモゾンビの首を私が、ボーンスネークの首をタマモが、完全同時に切断した。
そして双方からの同時の断末魔の悲鳴。首を失った両ゾンビの身体がその場で暴れ、のたうち回る。
「どう!?」
「どうじゃ!?」
先ほど首を斬った時とは明確な違いが表れた。斬った場所から光がほとばしり、両ゾンビが纏っていた黒いモヤのようなオーラが浄化されていくのが見て取れる。
半分ほども浄化された頃には、両ゾンビも大人しくなり穏やかに浄化を待つようにその場に佇む。
「終わった……のか?」
光が収まった頃、二体のゾンビはその場に崩れ落ちるようにして眠るように動かなくなった。
「本当に、終わったみたいだね……」
一応手を合わせて冥福を祈る。
まあ……ゾンビの中身である本人は隣に居るのだが……
「七百年か……長い年月じゃったな。これで今後我が末裔が呪いに苛まれることもあるまい」
動かなくなったボーンスネークの骨を見て遠い目をしている。
七百年もの因縁だ、何か思うところがあるのだろう。
「遺骸はどうするのだ?」
フレアハルトのこの一言に、タマモは無言でタマモゾンビだったものに近付き、遺骸を粉々に分解した。
遺灰が……いや、燃えたわけではないから遺粉とでも形容すれば良いだろうか? 遺粉は風に吹かれて舞い散って行く。
「分解しちゃって良かったの?」
「ああ、ゴルゼン家に頼んで墓に納めてもらうことも考えによぎったが、七百年間呪われておった身体じゃ。残っておって後々どんな災いを起こすか分からん、始末してしまうのが最善じゃ。これでワシの元々の身体も無くなったから呪いの元は完全に消滅したことになるしの」
終わってからあることに気付いた。
「そういえば、あれだけ何回も首斬ったのに、複数転がってたりしないね。何でだろ?」
「上から見ておったところ、斬った首は本体から再生される時に魔力が霧散するように消えるのが見えたぞ。恐らく本体以外は本体が再生した時点で消滅したのではないか?」
「なるほど……」
ってことは、攻撃する度にバラバラと飛び散ってた肉片も、すぐ霧散してその辺に落ちていたりはしないってわけか。
「ボーンスネークの方はどうする?」
「あれはそのまま放置で良いじゃろう。放っておけば風化するか、遺骸を見つけた探索者か盗掘者が何らかの素材として回収してくれる。あれだけ大きければオークションで物好きが高値で買うかもしれぬな」
問題はあれを運ぶことができるヒトがどれくらい居るかってところね……
私の未来予想では、そのままこの場に放置されて遺跡みたいになるんじゃないかと思う。これだけ巨大なら新たな名所になったり?
「金になるのか? では我らで持って行くか? いや、頭蓋骨だけでもアルトレリアに持って帰って中に住みたい! 家にしよう!」
またバカなことを言いだした……
男はいつまでも少年とは言うが……
アンデッドは苦手だけど、死体になって動かなければ大したことないのね、フレアハルト……
いつの間にか青い顔じゃなくなってるし。
チラッとタマモの方を見ると目が合った。私と同じことを考えているのか苦笑い。
「いや、あんな気味悪いもん要らないよ……でかいし、誰が持って帰るの? 【亜空間収納ポケット】には流石にあんなに大きいものは入らないからね?」
先に釘を刺しておく。
「なら、我が担いで運ぶ!」
「ここから何キロ離れてると思ってんの? いくら頭の骨だけだってそれなりの重さあるでしょ?」
「それでも持って帰りたい」
ドラゴン形態になればできそうではあるが……正直呪われていた蛇の骨を町になんて持って帰りたくない。
コイツを何とか諦めさせようとさせるには…………フレアハルトの恐怖心を煽るか。
「それに今まで呪われてたんだから、そんなのを住処にしたら今度はフレアハルトが呪われちゃうかもよ? もしかしたら頭蓋骨だけでも動き出したりして……」
一瞬想像したのかサッと青い顔になった。
「…………う、うむ……ではやめておくか」
諦めさせ作戦成功。
「さて、じゃあ帰ろうか」
【ゲート】でゴルゼン家と繋げる。
◆
時はまた少し遡り、本体がゾンビを倒す直前に戻る。
分身体のアルトラサイドでは――
「アルトラ殿……すみません……もう魔力が……」
ドサッ
ピレオスさんが魔力枯渇によって倒れた!
その瞬間、フィリアちゃんに発生した黒い斑点は一瞬のうちの右足を侵食。
すぐさま左足、上半身へと怒涛の勢いで広がる。
そして、またもや身体のあちらこちらに亀裂が発生し、黒い煙を噴き出すように……
「うああぁぁぁ!! うぅ……!!」
痛みが激しくなったのかフィリアちゃんが悲鳴を上げた。
「うぅ……フルパワーで回復してるのに、斑点がどんどん広がる……!」
回復魔法を持続しているにも関わらず、斑点はあっという間に全身に広がり、もはや命の危機に瀕するところまで来ている。
もしここで一瞬でも回復を休めば即死してしまうかもしれない。
しかし、回復を維持していてもあと数分、数十分持つかどうか……
「……くそっ! 魔王の力を解放できれば押し返せるかもしれないのに……」
魔王の力の一端を解放すれば押し返せる可能性が高い……しかし残念ながら分身体である私にその権限が無い……
「くそっ! もうダメか……全力で回復してるのに、それでも押し留められないなんて……」
万事休す……黒い斑点が全身を包んだその直後、フィリアちゃんのお腹が突然光だした。
「なに!? どうなってるの!?」
さっき『祓魔の鉄』で斬った場所から再び光が発生。
「「「 フィリア!! 」」」
心配そうに夫妻とフィンツさんが名前を叫ぶ。
が、これは希望のある光だ。
確信は無いが、きっと本体側の解呪が上手く行ったのだろう。
光は徐々に闇を身体の外に押し出し、間もなく完全に消え去った。
今度はどこにも残っていない!
「呪いが……呪いが消えた!? 今度こそ完全に!?」
「ああ……フィリア……良かった……良かった……」
フィリアちゃんは再び安堵した表情に戻り、呼吸が安定した。
「ふぅ~……本体の方がやってくれたみたいだ……ギリッギリだった……」
「ハッ! しまった! お嬢様は!?」
短い時間気絶していたピレオスさんが目を覚ます。
「多分もう大丈夫です。今しがた呪いが浄化していきました」
「ほ、本体のアルトラ殿の方は間に合ったのですね……それで、私はどれくらい気絶してました?」
「五分くらいです」
「残念……浄化のタイミングを逃してしまったようですね……」
ピレオスさんはちょっと悔しそうだったが、何とかフィリアちゃんの命を繋ぐことができたようだ……
◇
そして解呪を終え、ゴルゼン家に戻って来た本体の方のアルトラ――
「タマモ様、アルトラ様、フレアハルト様、お帰りなさいませ。お待ちしておりました」
屋敷の外で待っていた数人の使用人が迎え入れてくれた。
すぐに二階から当主のフォルクスさんが駆け下りて来る。
「タマモ様! アルトラ殿! フレアハルト殿!」
「今帰った、娘は無事か?」
「呪いは消えました! さ、早く娘の部屋へ!」
フォルクスさんに促されて部屋へ行ったところ、私たちがこの屋敷へ来てずっと寝たきりだったフィリアちゃんが、ベッドから身体を起こしていた。
「呪いが完全に消え、起き上がれるようになりました!」
フィオーナさんに支えられて身体を起こしているようだが、何週間も寝たきりだったためか、まだ頭がハッキリしないようだ。
「ま、まだ寝ていた方が……」
「娘がまた眠ってしまう前にお礼をしたいと」
わざわざ帰りを待っててくれたのか?
「皆様、お初にお目にかかります……ゴルゼン家長女フィリア・ゴルゼンと申します……この度はわたくしの命をお救いくださり、ありがとうございました……」
丁寧な挨拶。深々とお辞儀された、と思ったらそのまま前のめりに倒れてしまった!
「「 フィリア! 」」
娘を心配するゴルゼン夫妻。
ピレオス医師がすぐに駆け寄って、脈を取り顔色を確認する。
呼吸にも異常が無いのを見て、
「…………大丈夫、ただ疲れて寝てしまっただけのようです。身体にも異常はありません」
というピレオス医師の一言で胸をなで下ろした。
「申し訳ありません、まだ病み上がりですので失礼な態度になってしまいました」
「いえいえ! 十分です! あの激烈な呪いと痛みに耐えて生き延びたんです、まだまだ起きるのもつらいでしょう」
「お気遣い痛み入ります。部屋を移させていただいてもよろしいでしょうか?」
母親のフィオーナさんと使用人を看病に残して部屋を移そうとしたところ、タマモがフィオーナさんも誘った。
「使用人一人だけ看病に残してフィオーナも来てくれぬか? 話しておきたいことがある」
「わたくしもですか? ……分かりました」
◇
別の部屋に案内された。
「いや~、帰って来るの遅いよ! ホンット大変だったよ! 途中から急激に呪いの進行速度が上がってね、それを抑えるのに必死だったわ!」
と分身体が愚痴る。
「こっちもこっちで大変だったわけよ、何回倒しても復活するもんだから」
分身体を還元する前に、ここに居る者全員へお互いの状況の報告とすり合わせをする。
「なるほど、そういうわけで途中から二人がかりでも止められないほどの呪いに変わったのか」
「やはり、倒せば倒すほど呪いも強くなっていったわけじゃな。やはりアルトラの予想は当たっていたわけか」
「今回の功労者はフレアハルトね。二体の同期に気付いたことと、最後に両ゾンビを拘束したあの気転が無ければフィリアちゃんを救うことはできなかったかも」
分身体の話を聞いてる限り、最後の一回が本当にギリギリのラインだったわけだ。
もし、あの時もう一度緊急回避的に首を斬り飛ばし、仕切り直しを選んでいたらフィリアちゃんの命は無かったかもしれない。
「フッ……そうであろうそうであろう! もっと褒めるが良い!」
ゾンビが目の前から居なくなった途端に元気になったな……
状況のすり合わせも済んだため、分身体を還元。
…………なるほど、確かにどちらの状況も大変だったらしい。分身体が愚痴りたくなるのも分かる。
「な、何をされたのですか?」
「分身体側で経験した記憶を取り込みました。そういう能力ですので」
「べ、便利な能力ですね……」
分身できる亜人には私もまだ会ったことないし、きっとかなり珍しいのだろう。
初めて見たフォルクスさんが戸惑うのも分かる。
「これから皆様はどのようにされるおつもりですか?」
「今は一刻も早く『祓魔の鉄』を寺院へ返しに行くつもりです」
「そうですか……では私も同行し、事の経緯を洗いざらい話そうと思います」
心底申し訳なさそうにするフォルクスさん。娘の命が懸かっていて、タマモに持ち掛けられたとは言え盗んでしまったのは事実……
洗いざらい話すということは、自身が宝具を盗んだと認め罰を受けるということだが……
このことが原因で家が没落してしまう可能性は無いのだろうか?
そこで『“娘の命が懸かっていた”という事の経緯があるし、私が何とか丸く収めるよう交渉します』と言葉にしようとしたところ、先にタマモが動いた。
「今回のことは、ワシがそなたを唆したのじゃ、そなたに罪は無いに等しい」
「しかし、娘のためにそれに同意したのは事実ですし罰は受けなければなりません」
「血族のひいき目かもしれぬが、そなたが政治家を辞めれば土の国にとって損失になると思うておる。アルトラ、そなたにとっても損失かもしれぬぞ?」
「私にどんな関係があるの?」
「そなた、国に鉄道を作りたいと言っておったそうじゃの?」
それ言ったの今朝なんだが……どこで聞かれてたんだ……?
タマモの情報網怖くね?
「このフォルクスは現在の土の国の建設大臣じゃ。土の国を回る鉄道もこの者の父親とこの者が長い年月先導して作られたものじゃ」
「ほ、本当ですか!?」
「は、はい……基盤はほぼ父の功績ですが……確かに関わっております……」
渡りに船だ! コネを作っておくには最適な状況!
「わ、私の町に鉄道を作りたいと思ってるんですけど、ご助力願えませんか!?」
「あ、ああ……はい、娘の命の恩人ですし、国が許せばそういった技術提供も無くは無いですが…………あの、タマモ様、今更ながらこの方はどういう……?」
「大臣やっておるのに知らんのか? この者は新興国アルトラルサンズの国家元首アルトラ・地野じゃよ」
「この方が!? あの今注目されている中立地帯にできたという新興国の!?」
まあそういう話に繋がるよね……面倒だから役職隠そうとしてたのに……
「い、一国の国家元首に失礼致しました! それで、なぜこのような場所に?」
「あ、え~と……私もとある呪いの解呪目当てにお忍びで土の国を訪れまして……目の前で刀を盗まれたのでそれを取り返しに来ました」
「なんと……そんな経緯が……あ、フィンツとのご関係は?」
「我が町の職人頭です」
「二年近く前からアルトレリアで雇われてるんだよ」
と、フィンツさん。
「そ、そうでしたか。道理で妻の出した手紙に長らく返事が無いと思っていました」
「アルトレリアで手紙の配達がされるようになったのは最近だからな」
「しかし解せないのは、どうやってこの家に『祓魔の鉄』が持ち込まれたことを知っていたのですか? タマモ様の転移能力であれば屋敷内に直接出現可能なので、ここに持ち込まれたことは絶対に漏れるはずがないのですが……」
当然の疑問だよね……
私一人で来ていれば『私は直感が働くから勘を頼りに来た』などと少々苦しい理由を付けて誤魔化すところだが……今回は後ろでフレアハルトも聞いている。
ここで彼の見たことと私の言ったことが一致しないようであれば後で何で嘘を吐いたのかと追及されるだろうから正直に話そう。
「私にはよく当たる勘を持つ部下がいまして、ここに持ち込まれたことも占ってもらったんですよ」
「占いで場所まで的中させるのですか? ……信じられないほど正確ですね……」
「他言無用でお願いします。それと、わたくしどもは平穏無事な生活を願っています。それ以上の追及はご遠慮ください」
「心得ました」
口は堅そうに見えるし理解あるヒトで助かった。
「今は急ぎ解呪刀をお返ししなければならないので後々正式にお会いいただけるとありがたく思います」
「承りました。後日屋敷にご来訪ください」
「その時には俺も同行させてくれ、鉄道建築も手伝えると思う」
フィンツさんも加わってくれるなら心強い。
「では話を戻すが、そういうことだから、ワシもアルトラもそなたの失職を望んでおらんし、そなたを失うのは惜しい。盗んだことの後処理についてはワシと|アルトラとフレアハルト《この者ら》に任せよ」
「え!? 私!?」
「我もか!?」
私たちもタマモの考えている作戦になぜか組み込まれてるらしい。
私が考えていたこととしては、使ってしまった『祓魔の鉄』の一回分を、 (カイベルが当ててくれた)クジでの相殺を交渉材料にして、お咎めがかからないように丸く収めてもらおうと考えていたのだが……
例え身体が入るくらいの大蛇の頭の骨だったとしても、住処にしたいですかね……?(笑)
次回は6月27日の投稿を予定しています。
第554話【アリバイ作り】
次話は来週の金曜日投稿予定です。投稿時間は二十一時付近までのいずれかの時間になります。




