第549話 フィンツさんの姪っ子を侵している呪いの根源
「それで、呪いについての心当たりを教えてもらえる?」
「うむ。まず、ワシとこのゴルゼン家との関係を説明しよう。ワシとあの家とは浅からぬ因縁がある。あの家は元をたどればワシの血筋、子孫に当たるのじゃ」
「子孫? どういうこと? あなた樹の国のヒトなんだよね?」
「今のこの身体は、樹の国のワシとは縁もゆかりも無い狐獣人の娘のものを借りておるに過ぎぬ。ワシが死しておよそ七百年。魂が昇華して精霊になり、近年この身体を借りて受肉したのじゃ。ワシも元々狐獣人であったことから、この娘とはたまたま波長が合ったのじゃろう」
「な、七百年前の人物!?」
「わ、我の三倍以上生きて……いや、七百年死んでおったのか……年数だけなら父上よりも年上だぞ……」
そういえばフレアハルトの父上は四百歳を超えてたな。大分長生きだ……身近に四百歳以上が居るって地球じゃ考えられない……
「あ! もしかして地球にも居たことがある? 三千年前とか千年とか前に」
「地球? 三千年前? 千年前? 随分と遠い昔じゃな……ならきっと何度か転生しておるじゃろうし可能性はあるかもしれんが、ワシの記憶には無いのぅ……今回に限っては運良く精霊に昇華したから前世の記憶を持っておるが、その前は分からん。仮に記憶があったとしても千年も三千年も前では覚えてはおらんじゃろ」
名前が『タマモ』だったこととその古風なしゃべり方から、平安時代に出現したという九尾の狐『玉藻の前』とか、古代中国・殷王朝の『妲己』とか関係してるかと思って聞いてみたが分からないか。
まあ考えてみれば転生って前世の記憶持ってることの方が稀なのか。それに千年、三千年の記憶なんて覚えてる方がおかしい。数年前どころか数日前の記憶すら曖昧になるのが普通なのに。
いや、そこにも引っかかったが、もっと引っかかったことがある。他人の身体を借りて受肉したって?
「『狐獣人の娘の身体を借りてる』ってことは、今のその身体は自分本来の身体ではないってことだよね? …………他人の身体を乗っ取ったってこと?」
「いや、この身体を見つけた時には既に死した後だった。発見時には少々腐敗が始まっており、致命傷の傷があったがそれは精霊として昇華し、潤沢に得られた魔力でどうにか修復した。その際ワシに合うように少し改造させてもらったがな。奪って得た身体ではないから、その点は安心してくれて良い。元々この身体に入っておった魂も昇天したのか近くには居らんかったしな」
「致命傷って……誰かにやられたってこと?」
「さあの、そこまでは分からん。この娘の身体は樹の国のとある崖の下で見つけた。崖の途中に血の付いた木が複数あったから滑落したのは間違い無いじゃろうがな」
腐敗しかけてるのを修復して、自分に合うように身体の改造までできるんだな……流石ハイブリッド精霊。
「修復したって……回復魔法?」
「違うな。あれは対象が生きていなければ何の意味も成さぬ。それにワシは光魔法を使えんと申したじゃろう? まあワシが生き返った経緯は今はどうでも良い」
回復魔法じゃないんならどうやって修復したんだよ……そこ気になるじゃないか!
「話を戻すが、ゴルゼン家に因縁の深い元々のワシの身体は別にあり、その身体が悪さをしてゴルゼン家の末裔に呪いとなって降りかかっておる、それがフィリアのあの状態じゃ」
先祖からの因縁とか、そういう類いのヤツか。
ん?
「ちょっと待って、その言い方だと七百年も前に死んだ身体が今も存在してるってことになるけど?」
「その通り。今はとある呪いによってアンデッドとして動いておるのを確認済みじゃ。その強い呪いが影響して先祖であるワシからの因縁がフィリアを死の寸前にまで至らしめたと推察される」
「あの時呪いは解呪刀で消せたんだよね? 何ですぐに復活したの?」
「恐らく、一度は解呪刀によって切れた呪いじゃったが、ワシの元々の肉体にかけられた呪いと再接続することにより復活したのじゃろう。大元の呪いを断ち切らん限り、その子孫であるフィリアにも影響し続けると考えられる」
「噂で聞いたんだけど、あなた高位精霊と同等以上の力があるんだよね? 自分では何とかできないの?」
「残念じゃが……あれはワシでは何ともできんのじゃ」
それだけ強い力を持つのに?
「なぜ何ともできんのか、それも実際に見てもらうのが早い」
その秘密も現地に着いてのお楽しみってわけか。
「封印されてるのに呪いが子孫に降りかかってるの? 『封印』って言うくらいだから魔法で閉じ込めてるんだよね?」
「いや、封印と言ってもその辺りから出られんように岩壁で閉じ込めて隔離しておるだけじゃ。ゾンビという状態になっておってな、アレに思考能力は無く、岩壁を登って出てくることはないらしい。出て来られると厄介だが倒せんから閉じ込めておくより他は無いということじゃろう」
『倒せん』って、一体どんな理由で倒せないんだ?
七百年も放置されてるってことは、魔王ですら力づくで倒してしまうことができないのだろうか?
女帝蟻と戦った経験から考えると、魔王ならどんな相手であっても力づくで何とかなりそうなものだが……
「この七百年の間に何度か討伐作戦が遂行されたようじゃが滅ぼすには至らんかったようで、土の国の図書館にあった最初の討伐の記録に『討伐は失敗。押し込めて閉じ込めることには成功したため、以後出口を封鎖して放置する』と書かれた記録が残されておった。その後にも何度か倒そうとした記録があったが全て失敗に終わっておる。それで何とか閉じ込め放置された結果が、現在の状態じゃな。閉じ込めておきさえすれば害は無いと判断され放置されておるのじゃろう」
滅ぼせんかったって……討伐隊組まれて滅ぼそうとしたのに?
そんな大規模に討伐しようとしたのに、どういうわけだ?
私一人が加わったところで、どうにかできる問題なんだろうか?
◇
そしてしばらく飛ぶと岩壁で囲まれた地形に来た。
「ここ砂嵐が凄いね……でも結構明るさはあるわ」
「この辺りには光を出す石が埋められておるからの。着いたぞ。アレじゃ」
この地形……多分この岩壁に囲まれた場所全体が“封印”なのだろう。
タマモの言うように、周囲には光を出す石がそこかしこに設置されていて結構明るい。恐らくその封印してあるナニカを監視するために必要だから設置されていると考えられる。
「気付かれると不意打ちするのに面倒じゃから頭を低くしておけ。あれらは魔力だけに反応しておるようじゃから、視界に入りさえせねば反応せん。――」
魔法を使ってなくても、生物の身体には微量ながら常に魔力の流れがあるから、それを見て反応するんだろう。
「――音を出しても反応せん。会話してても視界にさえ入れなければ問題無い。ただし、魔力を使って出た音には反応するから気を付けろ」
これはタイランテスの時に使った、空気爆弾とかには反応するってことだな。
「それはゾンビの特徴として知られてるものなの?
「いや、何度もここに来て検証した」
そんなに何度もここを訪れてるのか。
言われた通り隠れるように着陸する。
「明るいけどそのゾンビのようなナニカって光には反応しないの?」
「さあの。最初は反応したかもしれんが既に日常になっておるんじゃろう」
それもそうか……
「それよりアレを見ろ」
指し示された崖下を見ると、そこには見るからに強力な黒いオーラを纏った獣人ゾンビ。
「あの黒いモヤ出してるのが『タマモゾンビ』?」
「タマモゾンビという言い方はあまり好かぬが……」
「他に言い方無いでしょ? あとなぜか裸だけど……」
「なぜかも何も、七百年も経っておれば服など疾うに無くなっていよう」
私が『タマモゾンビ』と呼んだ獣人、その身体は腐敗してところどころ骨が露出していて、もはやボロボロの状態。
獣耳があるのは確認できるものの両耳とも一部欠損し、顔も左頬の肉が無くなって牙が剥き出し。身体もあちらこちら骨が露出し、特に右腕と右足が酷い。右足は太ももから足首辺りの肉がごっそり無い。右腕に至っては二の腕から下に肉が全く無く、骨だけで動いている状態。神経が無いのにどうやって動いてるのかと疑問に思うが、それがこの世界のゾンビというものなんだろう。ゲームや漫画には完全に肉が無くなったスケルトンというのが居るしそれほど違和感は無い。
胸と局部は一部欠損していて“見えたらまずいところ”はもはや存在していない。
九本あったはずの尻尾も六本に減っている上、何本かは体毛が無く肉や骨まで露出している尻尾もある。
が、今まで見たことのあるゲームや漫画のゾンビとは違い、目だけは今も健在。強い意志を感じる目がいまだ残り続けている。
身体全体で考えれば、七百年経った姿とは思えないくらい肉を残していた。
風貌は全裸に等しいものの、幸いなのは見えちゃいけないところが既に欠損しているのに加えて、噴き出す闇のオーラが濃いため見えにくくなってるところか……そう思うだけでもいくらか戦い易くなるというものだ。
「恥ずかしくないの?」
「それを今のワシに言われてもどうもできんしな……攻撃してくるゾンビに服着せるのは無理じゃろ? 仮に着せられたところですぐにボロボロになるしの」
そりゃそうだが……自分の元の身体が裸で動き回ってるって考えると……いたたまれない……
「アルトラ……我はあの手のヤツを好かんのだが……」
フレアハルトの方を見ると青い顔で一瞬ブルッと震えた。悪寒でも走ったのだろうか?
そういえばコイツ、アンデッド系は苦手だったっけ…… (第139話から第140話参照)
「それにしても、ゾンビってホントに居るんだね……初めて見た」
「ゾンビは特定の魔素の多い部分でしか発生せんからな。ここは魔力超濃度地帯から吹き付ける魔素が吹き溜まるからこの辺りで死んだ者も低確率ながらゾンビとして復活することがある」
「超濃度地帯で? でも珍しい魔石は超濃度地帯で採掘されるんだよね? もし超濃度地帯で死んだらゾンビになるってことなんじゃ?」
「なる可能性はあるじゃろうな。だがそこで死んだ場合は発掘作業員がすぐに回収するから滅多なことではアンデッド化は起こらん」
「でも、樹の国の超濃度地帯の近くを通ったけど、ゾンビなんて見なかったよ?」
トリニアさんから、『超濃度地帯に入ると体調を崩す』という話は聞いたが (第320話参照)、死者が蘇って歩くという話は聞かなかった。だから樹の国にゾンビが居ないのは間違い無い。
そもそも大森林は死体の宝庫だからアンデッド化なんか起こるならゾンビだらけになっているはず。
「研究者に依れば、魔素というのは極度に濃くなると二種類の性質を帯びることがあるそうじゃ」
魔素って『純粋魔力』って聞いてたけど、自然界の魔素には外的要因が付着することがあるってことかな?
「それらの種類は『生の魔素』と『死の魔素』と呼ばれておってな、超濃度地帯ともなるとこれらが含まれる可能性が高くなるそうじゃ」
「それで、どんな特徴があるの?」
「三ヶ所ある超濃度地帯で、樹の国は生の魔素で溢れておるから生物的な進化を促すと考えられ獣から獣人への進化を促したと考えられておる。氷の国は死の魔素で溢れておるから死者をアンデッドとして蘇らせてしまうと考えられておる。土の国は少しの生の魔素と少しの死の魔素が混じるバランスの取れた濃度地帯であるため、何らかの化学反応が無生物である土壌に進化を与え魔石が多いのではないかと考えられておるそうじゃ。死の魔素も氷の国と比べると少ないからアンデッド化もたまにしか起きんと、そういうことらしい」
「へぇ~、なるほど~」
じゃあ、最近増えてしまった風の国の二ヶ所はどうなるんだろう……?
カイベルに依れば、数年で濃度地帯じゃなくなるって話だったから、それまでにトラブルが無ければ良いんだけど……
「樹の国でゾンビは確認されておらんから、ゾンビになるのはここと氷の国の二ヶ所だけとされておる。先述した通りここは死の魔素が少ないから低確率だが氷の国のものはかなり確率が高く超濃度地帯の中はそこに棲息する生物が蘇ったゾンビだらけだと聞いたことがあるな」
「えぇ……」
ほにゃららハザードの世界か……
「まあ、確認に行った者は少ないし噂の域じゃがな。もしゾンビに溢れておっても、氷の国の超濃度地帯は天然の氷壁に囲まれておるから、自ら首を突っ込まなければゾンビに遭遇することなどないじゃろう。ちなみに環境が環境じゃから亜人やら獣人のゾンビはあまり居らんとの噂じゃ。居るのは現地生物が多いとか」
「世界中に情報網があるのに噂なの?」
「用も無いのにわざわざそんな過酷なところへ調査など頼まんよ」
ごもっとも……
「じゃあゾンビって濃度地帯から離れるとどうなるの?」
「多くは時が経って死の魔素供給が無くなるから活動を停止するらしい。が、稀に活動し続ける者がおる」
「それが元々のあなたの身体ってわけか」
「そういうことじゃ」
一通り話終わる頃、フレアハルトの様子がおかしい。何か別のものを見つけたみたいだ。
「ん? お、おい!! ボーンドラゴンまで居るぞ!?」
ホントだ……
目の下に手をかざして (※)遠くを見ると、砂嵐の奥に薄っすらとでっかい骨のドラゴンが見える……
(※目の下に手をかざして:冥球は太陽が無いため、目の下に手を当てて下から来る光を出す石の光を遮ります)
ん?
「あれって、ドラゴンじゃなくない?」
私には巨大な白い蛇に見える。レヴィの魔王回帰形態がそのまま骨化したような姿。 (第487話から第489話参照)
だが、その骨はタマモゾンビ同様に黒いオーラに覆われている。あっちも呪われてるのか?
「う、うむ、確かに……ヘビのようだな……」
以前、フレアハルトは『蛇も巨大になればドラゴン』みたいなことを言ってたから、彼の中ではドラゴンに分類されるのかもしれないが…… (第58話参照)
「…………と言うか……でっか!! でかいでかい!!」
そのボーンスネークは顔だけでも高さ五メートルを超える。体長は恐らく百メートルを超えてるんじゃないかと思われる。多分レヴィの魔王回帰した姿と同等くらいにでかい!
土煙から出ると、その姿がより顕著になる。遠目では白蛇に見えなくもなかったが、近くに来るほど骨だけのスカスカの大蛇であることが分かる。
ただ、ボーンと言いつつも肉体部分は三割ほど残っていた。
「あ、あれもゾンビ!?」
「アレがこの呪いの全ての元凶じゃ。今は骨だけになっておるが、七百年前のワシはアレと戦ったことにより呪いを受けた」
「あれは一体何なの?」
「元々は齢千年を数える土地の守り神のような存在で、年一回の生贄を捧げることによってこの付近の住民はアレに守られておった。ワシが生きている当時は今ほど平和ではなく、まだまだ群雄割拠の時代じゃったから他国や属国、小国との戦争も多くての、年に一人の犠牲で他が守られるのなら仕方ないと諦めておったのじゃが……戦火が下火になり、戦争の時代が終わりを告げる頃に状況は変わった。――」
この後にアレを退治しないといけない状況が訪れたわけだね。
「――大蛇は年一回の生贄を増やすよう要求してきたのじゃ」
「な、何人を要求してきたの……?」
「年間を通して一日一人差し出せと言う」
「「 一日一人だと!? 」」
私とフレアハルトが同時に驚いた。
「最初は『死した者であれば捧げられる』と交渉したが、『生きている者でなくては意味が無い』と突っぱねられ、『それができぬのであれば一日に一度町へ出て住民を喰らう』と脅された」
そういえば、蛇って生きた生物を丸のみするのが好きなんだっけ?
それにしても酷いヤツだな……一日に一回ヒトを食べに来るって……
「戦争が無くなりかけていた時代だったために土地の守りという名目で敵を喰らうことができなくなり、その補填をしろということだったんじゃろう。もちろんそんな要求を呑めるはずはなかった。その後数日に渡り何度も必死に説得して死した者を喰らうという落としどころで納得してもらったが……それで終わらんかった。ある時から子供を中心に一人二人と住人が神隠しに遭い始めたのじゃ」
「それってまさか……」
「そなたの考えておることは当たっておるじゃろう。人型に化けて町に下り、秘密裏に住民を喰らっておったのじゃ。我慢の限界に達していたワシらはヤツと決裂、そうして討伐と相成った。討伐には三日三晩を要し、その際にワシはヤツから強力な呪いを受けてしまい、現在のあのザマというわけじゃな」
土地の守り神であった大蛇の呪いか。
「あれだけ大きいと、岩壁を登ってこの囲いの外に出ることはないの?」
「出てくることは無い。さっきも申したがアレらの頭にはそういう考えが無い。『目の前で動く生物の魔力を喰らう』という本能だけじゃ。眠ることもせん」
「だから閉じ込めておけば放置してても安心ってわけなのね……」
「まあ、一説によると魂が入って自我を持つゾンビも稀に居るそうじゃが……現在までにワシの持つ情報網でもまだそういう情報を得たことは無い」
そんなの居たら本人は地獄じゃないかしら……きっと痛みは酷いだろうし。
すみません、アルトラがタマモの『元々の身体』について初めて聞いたようなリアクションを取りますが、前回の投稿でいくつかの情報が先出しで出ていました。
何度も推敲しているうちに、混ざってしまったようです。
現在は修正してありますm(__)m
次回は5月30日の投稿を予定しています。
第550話【殺すほどに強まる呪い】
次話は来週の金曜日投稿予定です。投稿時間は二十一時付近までのいずれかの時間になります。




