第547話 解呪刀が持ち込まれた家は……
「「 あ!! 」」
こちらが上げた声に反応して、向こうもこちらに気付いた。
「あ!! お前ら!?」
双方同時に驚きの声を上げる。
歩いて来てたのは、三時間くらい前に第二首都の駅で別れたはずのフィンツさんだった。
「何でここに居るんですか!?」
「そりゃこっちのセリフだ! ムラマサ寺院は真逆の方向だぞ? 方向音痴にも程があるだろ、迷ったか? 他のヤツらはどうした?」
茶化すようにニヤケながらしゃべるフィンツさんだが……
真面目な顔の私たちを見てすぐに表情を整える。
「…………その様子、何かあったのか?」
「私たちの目の前で刀が盗まれちゃいまして……」
「盗まれた!? 『祓魔の鉄』をか!? それでお前たちは何でここに居るんだ? その理由がここにあるのか!?」
「カイベルが言うには、この屋敷に持ち込まれたそうで……」
「ここに!? まさかぁ?」
「それで、何でお主はここに居るのだ? 姪に会いに行くのではなかったのか?」
「姪っ子が静養しているのがこの屋敷だそうだ。つまり俺の妹が嫁に行った家の別荘」
「「 えっ!? 」」
マ、マジか……?
「お、お主の妹は大変な人物に見初められたのだな……」
「俺も初めは驚いたさ……」
ここまでお金持ちなのは想定してなかったが……でもこれは好都合だ。
「私たちも一緒に付いて行って良いですか?」
「まあ、友人と言えば多分問題無いだろう。問題なのは俺があまり妹に会いに来んから、この屋敷の者に顔を覚えられてるかどうかだが……」
そっちの理由で入れなかったら、それはそれで問題ね……
屋敷の門前に立つと、フィンツさんが話しかける前に門衛に制されてしまった。
やっぱり顔を覚えられてなかったか?
「申し訳ありませんが、現在少々立て込んでおりまして本日のご来客は全てお断りしています」
「い、入れてもらえないのか? なぜだ!?」
わざわざ遠くから来たのに門前払いされて焦るフィンツさん。
「申し訳ありませんがお教えすることはできません。お引き取りください」
刀を盗んだ手前、それがバレないように客は誰であろうとも入れられないってことだろうか?
門前払いされたフィンツさんは私たちの方に帰って来た。
「困ったな……手紙に記された住所によるとここのはずなんだが……どうすれば良いと思う?」
「お主は客と言ってもここの当主の奥方の兄なのだろう? 兄と知ればもしかしたら対応が違うのではないか?」
「とりあえず親族であることを正直に伝えてみたらどうですか? あ、その時に私の役職は伝えないでください。警戒されて余計に入れてもらえなくなっちゃうかも」
新興国とは言え、突然国家元首が訪ねて来たって聞かされたら、誰だって嘘を疑うだろうし。
「そうだな」
もう一度門衛に話しかけに行く。
「妹に会いに来たんだが、妹にだけでも会わせてもらないだろうか?」
「妹と言いますと?」
「ゴルゼン家当主の奥方のフィオーナだ。兄のフィンツが会いに来たと伝えてくれれば分かると思う」
「奥様の兄君様……ですか? 本日アポイントメントはお取りになられておりますか?」
これに対しフレアハルトが、
「アポ……何だって?」
「アポイントメント、『面会するための約束』ってところかな」
「ほう、なるほど」
フィンツさんと門衛との会話は続いている。
「アポは取ってないが、今日訪れる旨を手紙で送っている」
「左様ですか、伺ってみますので少々お待ちください………………はい、フィオーナ様の兄君のフィンツ様と仰られる方がお会いしたいと……はい、はい――」
中の連絡役に無線で状況を伝えている。
この世界は種族である程度見分けられて便利かもしれない。地球だと人間しかいないから、同じ人種だとパッ見で嘘かどうかの判断はほぼ不可能だし。
「――種族は……特徴から恐らくドワーフで間違い無いと思うのですが、奥様と容姿は似ておりません……はい、はい……兄君様は奥様とは似ておられないのですか? はい、はい……ではお通ししますがよろしいですね? ……はい、はい、了解しました――」
そんなに似てないんだな……
「――お待たせいたしました。そちらのお二方は?」
「俺の友人だ、ここに来るのに送ってきてもらった。信用してもらって構わない」
「そうですか、当主の許可が取れましたので、どうぞお通りください」
刀を盗んだからには入れてもらえないと予想したが、予想に反してすぐに入れてもらえた。
盗んだことを知られないためには親族であろうとも入れない方が良い気がするんだけど……
バレないと思っているのか、盗んだことより優先する問題があるのか? 客を入れられない理由が別にあるのかもしれない。恐らく……この嫌な魔力が関係しているのだろう。
噴水のある広い庭を通過して屋敷に入る。水が貴重な国としては珍しい。川か地下水から引っ張ってるのかな? この環境が影響して周囲に木が生えてるのかもしれない。
屋敷内には使用人が何人も居て、全員が深々と頭を下げて迎え入れてくれた。
気持ちの良い歓待とは裏腹に、屋敷内部は一層黒い魔力で充満……
これを目の当たりにしてフレアハルトが小声で話しかけて来た。
「……アルトラ、見えておるか……? ビリビリ来るほど嫌な魔力で充満しておるぞ……?」
「……うん、分かってる……」
どうやらフィンツさんは感じていないらしい。彼は魔力感知がそれほど得意ではないようだから気にならないのかもしれない。
「義兄上、ようこそおいでくださいました。――」
紳士然とした金髪ストレートロングの長身イケメンが出迎えてくれた。背の高さはフレアハルトとそう変わらない。
フィンツさんのことを『義兄上』と言う辺り、彼が当主の完全人型獣人なのだろう。
「――そちらのお二方もようこそ。ゴルゼン家現当主フォルクス・ゴルゼンと申します」
「あ、はい、わたくしはアルトラ・地野と申します」
「フレアハルト・エイトプリンスだ」
当主さんに続き、二人とも頭を下げる。
続いて低身長の女性が挨拶。
「お兄様、よくぞお越しくださいました。アルトラ様、フレアハルト様、フィオーナ・ゴルゼンと申します」
がっしり体型の多いドワーフにしては細身で、確かに美人さんだ。フィンツさんとは全く似ていない。
が……夫婦共々、何らかの心労が溜まっているのか目の下のクマが酷く、覇気が無い。
旦那さんは頬骨が出るほど痩せて血色も悪いし、奥さんは目の周りが腫れている。泣き腫らした後のようにも見えるな……化粧もきちんとしているとは言い難い。来客は全部断っていると言っていたし、約束していたフィンツさんが訪れたために急いで最低限客を迎える準備をしたのかもしれない。
二人の心労は屋敷に充満するこの嫌な魔力が原因だろうか?
しかし、夫妻からは嫌な感じはしない。この淀んだ魔力の発生源は彼らではないようだ。
「そんな他人行儀な言い方はよしてくれ」
「そうだね。よく来てくれたよ兄さん」
「今回はこのアルトラが土の国に来る用事があるってんで、俺も同行させてもらったんだ。姪っ子の見舞いに来た。ほれ、手土産だ、美味いぞ」
「あ、ありがとう……」
「手紙には静養しているとあったが、様子はどうだ?」
フィンツさんのその質問に夫妻共に急に深刻な表情に変わり、感情が昂ったのか突然フィオーナさんが泣き崩れた。
「うっ……うぅ……兄さぁん……」
「な、何だ!? どうしたんだ一体!?」
泣き崩れてしまったフィオーナさんの代わりに旦那さんが答える。
「それが……もう今日一日持たないかもしれないと……私も昨日急いで中央から帰宅した次第です」
「持たないって……そんなに深刻な状態なのか!?」
「…………こんな時に来てくださったのは神のお導きかもしれません」
「まさかそんなことになっていたとは……俺が手紙を出した時にはもう深刻な状態だったのか!?」
「いえ……手紙が届いた頃はまだ命に関わるような状態ではありませんでした。急変したのは二週間ほど前です」
アルトレリア出発時に『手土産持って見舞いだ』と軽い感じで言っていたから命に関わるような病気ではないと思っていたが、まさかこんな展開になるとは……
「もしかしたらこれが娘と顔を合わせる最後の機会になってしまうかもしれません。すぐに会ってください。ただ……――」
嫌な魔力は二階から流れてくる、私の予想が正しければ発生源はきっとフィンツさんの姪っ子だろう。まず間違い無く関係していると思う。
「――今の娘は本当はヒトに会える状態ではありませんので……驚かれないようにお願いします」
「ヒトに会えないほど酷い状態? 一体どういう……」
「息も絶え絶えで、全身真っ黒になってて……」
泣きながらもフィオーナさんがそう答える。
「真っ黒!?」
「呪いの類いと聞かされています。三ヶ月前頃、身体のあちらこちらに黒い斑点ができ始めましたが二ヶ月ほどは元気で生活を送っていました。呪いの類いならムラマサ寺院の例祭が近くありますから解呪刀で消せば良いと考えてその日を待っており、クジで当たらなかった場合は大金を払ってでも解呪の権利を買い取ろうと……――」
とうとうと語るその顔は悲壮感に満ちている。
「――ところが二週間ほど前に急激に呪いが進行し、あっという間に黒い斑点は全身に広がりました……方々手を尽くし、風の国から優秀と云われている治癒医師に来てもらい、今日まで延命し続けましたが、医師曰くもう限界に近く明日の解呪の儀式まで持つかどうか分からないと……」
そう言うと黙ってしまった。
この場に居る全員に悲壮感が伝染。
少しの沈黙の後、私が口を開く。
「…………なるほど、そこで最終手段として『祓魔の鉄』を盗んででも何とかしようとしたわけですか?」
「「 !!? 」」
私のその発言に夫妻が驚きの表情に変わる。
「ど、どうしてここに『祓魔の鉄』があると……? あ、あの転移能力ならどこに持ち込まれたかなんて分かるはずが……はっ!」
私の一言に動揺して余計な一言を発してしまい、フォルクスさんが『しまった!』という顔をし、慌てて手で口を覆う。
しかしその後、両手をダラっと降ろし諦念の表情で言葉を続ける。
「いや……もう良いか……娘が助からないのならどうでも良いことだ……」
「と言うことは、あなたが樹の国盗賊団の頭目ということですか?」
さっき刀を奪い去った人物と比べると体格や纏っている魔力が大分違うが……
しかし、古来より狐の妖怪は変化が得意と言い伝えられている。『九尾の狐』ともなればその性能も高いはず。
これも変化している姿かもしれない。
「いえ、私は頭目ではありません。――」
予想はハズレか……このヒトが犯人かと思ったら違うらしい。
「――彼女に頼んで借りてきてもらい……いや盗んできてもらいました」
一人の使用人に視線を向けると、その使用人が姿を変えた。
正体を現した使用人は、キツネの面で顔を隠しているが確かにさっき刀を奪っていった人物と背丈や魔力の質が同じだ。精霊化した人物は魔力が漏れ出ていると聞いていたが……変化している間はその揺らぎが見えなかった。どうやら変化によって隠すことができるらしい。
そしてその人物は私の前まで歩いて来て、『祓魔の鉄』を差し出しながら口を開く。
「すまなんだな、そなたらは寺院の使いで刀を取り返しに来たのであろう?」
随分古風なしゃべり方だ。
使いではないが、取り返しに来たことは肯定しておこう。
「使いではないですが、ソレが無いと寺院側も困ると思いまして、一刻も早く返してもらうために参じました」
「なるほど、では寺院にはそなたから返してくれるというわけじゃな? ワシにはまだやることがある故、返しに行くことはできぬと思っておったが、返してもらえるのならありがたい。約束通りこれはお返しよう。我らには何の意味も無いものであった」
そんな簡単に初対面の人物を信じて良いのか? ただ横取りに来ただけかもしれないのに……
まあ返してくれるって言うなら、争うことも無いし都合が良かった。
差し出された刀を受け取る。
興味本位で少しだけ鞘から引き抜いてみると、鍔付近の刀身部分には“漢数字”で三〇〇の文字が刻まれている。魔界文字じゃない漢数字は珍しい。
これってもしかして解呪上限の数かしら? でもこんなの刀身に刻み付ける必要ある?
まあそれは後で考えよう。
「何の意味も無かったって……この刀で祓えないほど呪いが強かったということですか?」
「いや、使えなかった。祓魔の効果が出せなかったのじゃ」
使えなかった?
この刀、魔道具だったよな……ってことは魔力を流せば使えるんじゃないのか?
……
…………
………………
解呪の刀……解呪ってことは闇を祓うから光魔法が関係してる? ……もしかして光の魔力でしか発動しないとか?
鞘から刀を少し抜き、試しとばかりに光の魔力を込めてみると……刀身が薄っすら光を放ち始め、徐々に強くなる。
「おぉ!? 光り出した!?」
「まさかそれは……祓魔の力!?」
そうか、この魔道具はそこら一般の魔道具とは違って、ただ魔力を流すだけじゃ起動しないんだ。魔界では稀少な“光の魔力”でなければならないらしい。
よく見ると、刀身と鍔の間に魔石が埋め込まれてる。多分これが、“ただの魔力”と“光の魔力”を選別してるんだろう。
「この刀を振るって解呪を試みたのは誰ですか?」
「ワシじゃが……」
盗賊団の頭目が返事をする。
「あなたは光魔法が使えますか?」
「いや……」
「この刀、光魔術師にしか扱えないように作り出されたみたいです」
「なんと! そんな仕組みだったとは……」
「光魔法が使えるものは魔界では稀少ですので、恐らく溜め込んだ魔力を無闇に使われないよう、こういった仕掛けにしたのでしょう」
カイベルは初期の初期は訪問者全員を祓えるような軽い祭事だったって言ってたけど、光魔術師にしか使えないような仕組みにしたってことは、これ作った人は今みたいに大量に押し寄せるであろう未来を予想してたのかしら?
そんなことはこの際どうでも良いからさて置いて、起動の仕組みは分かった。すぐに解呪しよう!
「私が呪いを祓います! 娘さんのところに案内してください!」
「に、二階へどうぞ!」
頭目がアルトラを信用して解呪刀を渡そうとした理由は後々判明します。
次回は5月16日の投稿を予定しています。
第548話【解呪の刀を振るうも……】
次話は来週の金曜日投稿予定です。投稿時間は二十一時付近までのいずれかの時間になります。




