第542話 カイベルに聞いた祭儀の実態はもっと……
パトロールを終了させて我が家に戻って来た。
朝食時――
「カイベル~、『祓魔の鉄』の御開帳に付き合ってくれない?」
「承知しました。ですが、リディア様とネッココ様はどうしますか? 子供二人でお留守番させるわけにも……」
確かに……開国する前のアルトレリアならのどかだったからまだしも、色んなヒトが入って来るようになった今となっては、二人で留守番は心配だわ。
ただでさえ、つい最近強盗団騒動があったばかりだし。
かくなる上は――
「リディア、ネッココ、三十日と一日の二日間、土の国行かない?」
――連れて行っちゃえば良いわけだ。
『土の国~!?』
「何しに行くんダ?」
「ちょっと私の呪いを解きにね」
「呪いって何ダ?」
「え……?」
そういえば、『呪い』って何だ? 私は『何となく悪いもの』みたいな感じにしか考えてなかったけど、いざ説明しようとするとどういうものか分からない……
「リディア、ごめんちょっと待って。私も分からないや。カイベル、呪いって何?」
「『恨みや憎しみを抱いている相手に災いが起こるように神仏に祈ること』、『災難がふりかかったり、失敗したりするように願うこと』辺りでしょうか」
「それって誰かに恨まれたらかかるってことカ?」
「多くの場合はそのようですね」
それだと私は誰かから恨みを買って『冥獄の枷』や『蘇生耐性Lv10』を付けられたわけじゃないから当てはまらないんだよなぁ……
「じゃあアルトラは誰かに恨まれてるってことカ?」
恨まれる覚えなんて………………いやまあ、各国で森賊やら砂賊やら悪人を何人か懲らしめてるし恨まれてる可能性はあるけど……
ちょっと思い浮かべるだけでも数人思い浮かぶし……
でも……この呪いについては、
「いや、転生した時から呪われてたから違うと思う。もし私に当てはめるとするなら……『自分に降りかかった災難を取り払ってもらうために行く』ってところかな」
「恨まれると災難が降りかかるのカ? それってどうなるんダ?」
「体調が悪くなったり、衰弱したり、痣や傷、出来物・腫物が出る呪いもあります。最終段階に至れば死亡するものもあります」
「アルトラのどこが呪われてるんダ? アルトラってこの町で一番健康なんじゃないのカ?」
リナさんも言ってたけど、町の皆からはそう見えてるんだな……
「じゃあ今調子が悪いってことカ?」
「まあ、そんなところ。それを治してもらいに行く」
そこへカイベルからの横やり。
「アルトラ様、場合によっては長時間並びますので子供には相当退屈な時間になるかと」
「え?」
あ……そういえばさっきリナさんが当時行った時には、抽選に集まった数が十万人って言ってた……
ってことはそれくらいかそれ以上の人数がズラッと並ぶわけなのか?
「リディア、並ばないといけないらしいけど? 行く?」
「長い間並ばないといけないのカ?」
「た、多分……」
「だったら行かな~イ! 楽しくなさそうダ」
即答か……そりゃ並んでるより友達と遊んでる方が楽しいだろうしな。
私なんか子供の頃、正月に友達んち行こうとしたら『正月に行くのは迷惑になるから行っちゃダメ』って怒られたことがある。それくらい友達んち行くのって楽しかったし。
「ネッココは?」
『並んで何するの!?』
「並んで順番を待つんだけど……」
『役所の食堂みたいなこと!?』
確かに、最近お昼時に食堂から役所の廊下まで並んでる光景をよく見る。
「そうそう、あんな感じ」
『あれは何が面白いの!?』
「面白くはないけど……むしろ苦痛……」
『じゃあ行くわけないじゃない!』
ごもっとも……
「カイベル、友達んち行ってくるナ」
「はい」
「じゃあ、三十日と一日にカイベル二日間居なくなるけど良い?」
『二日くらい問題無いわ! 一週間居なかったこともあったじゃない! リディアとお留守番してるわ!』
そういえば、ジャイアントアントの時は大怪我だったから一週間私に付きっ切りだったっけな……
まあ、二日くらい居なくても特に問題無いだろ。
『あ! じゃあさじゃあさ! 楽しい時が来たら呼んでよ! アルトラならできるでしょ!?』
「楽しい時って……その瞬間に呼ぶのは無理だよ……」
『じゃあ並ぶの終わったら呼んでよ! それならできるでしょ!?』
「まあできるけど……」
寺院のクジ引きが終わったら【ゲート】使って呼びに来れば良いわけだし。
『じゃあそれで! お願いね!』
そう言い放ってさっさと日向ぼっこしに庭に出て行った。
「リディアも良いかしら? あれ? リディアは!?」
「先ほどご友人の家へ遊びに行かれました」
二人とも居なくなっちゃったよ……
「じゃあまあ、ネッココは了承したってことで、また二人の面倒を見てもらえるようにリナさんに依頼しておくわ……」
さて、気を取り直して……色んな事をカイベルから聞き出しておかないと。
「去年の来場者数って何人なの?」
「二十五万六千九百十五人の方が来場されているようです」
二十五万……凄い数だな。ひと昔前のコミケの来場者数並みなんじゃない?
冥球には地球の十五分の一くらいの人数しかいないのに……
「結構多いのね」
「一年に一度だけの宝具の御開帳ですので、それなりに見物客も多いのかと。それくらい悪縁を祓いたい方が多いのでしょう」
地球にも悪縁祓う神社やお寺はあるけど、あくまで迷信程度の影響力だしな。
その点、重病まで祓うような宝具なら、目に見えて効果が分かるわけだしそりゃ訪れるヒトも多いか。
「それと同時に仏像の御開帳もされますのでそれらを見に来る方々もいらっしゃったようですね。何と言っても魔界で仏像は珍しいものですので」
「なるほど……一日限定で美術品の開示するみたいなものか」
来場者数がそれだけってことは解呪目的で来たヒトはもう少し少なくなるのかな?
「そのうち解呪目的で来たヒトは何人?」
「クジを引いた方が延べ十八万二千二百九十七人に達した時に、定員三百人に達したようですね」
「二十万ッ!? 十万人くらいじゃないのッ!? ほとんどが解呪目当て!?」
二十万!? 二十年前の二倍!?
全然十万人じゃないじゃあないか!!
運営の更なるサイレント修正が入ってしまった……
当たる確率は約〇.〇〇一五パーセント……
「年によって三百人埋まるまでにバラつきがありますし、目安にはならないと思います。一昨年は十七万人ほどで三百人目が出てます。三年前は十九万人ほどですから」
「あ、ああ……なるほど……数字のマジックか」
ん? そういえばさっき“延べ”って言ってた?
“延べ十八万人”とか言ってた気がするわ。
「延べ人数ってことは、何回もクジ引いてるヒトがいるの?」
「はい、三千ストルン (※)お布施することで一回クジが引け、一度に三回まで続けて引くことができます。三回のうちに当たらなければ並び直しすることで再び三回引けます。以後は繰り返しです。定員三百人に達するか寺院側の用意したクジが無くなり次第終了となります。もっとも、クジが無くなるまで引かれたことはありませんが」
そりゃ、クジが無くなったってことは、三百人目が最後の最後まで出なかったってことになるからね……
「ちなみにハズレを引いた方は寺院製のお守りを選んで頂けます」
「ああそういうシステムなのね」
三千ストルンがどれくらいの価値か分からないな……
「現在の三千ストルンってイェン (※)だといくらくらいになってるの?」
「七千イェンほどですね」
「高っ!? 倍以上じゃん!」
「アルトラルサンズの通貨はまだまだ価値が低いので仕方ありません」
(※通貨:『ストルン』は土の国の、『イェン』はアルラルサンズの通貨)
「ちなみに日本円にするといくらくらい?」
「現在は三千六百円ほどですね」
三千六百円を約二十万人分ってことは……日本円にすると七億二千万!? 一度の御開帳で七億円!?
物凄い稼ぐじゃん!
「ところでさ、当たったクジを高額で転売してやろうって輩は出てこないの?」
地球では転売ヤーが問題になっていたが……
「およそ二十万分の一を引ける可能性が極端に低いのと、一回一回引くための金額が三千ストルンとそれなりの値段がするため、転売しようとする方にとってはシステム上コストに見合いません」
確かに……転売するようなヒトはそれほどお金を持っていないから高額で転売したいわけで……
大金持ちなら転売してお金稼ぐ必要なんか無いものね……
「それに加えて制限時間があり、クジを購入できる期間が十一月三十日の九時からその日の終日二十四時までの十五時間。仮に一時間に一回自分の番が回って来たとしても、三回×十五時間分の四十五回しか引けません。四十五回引いても当たる確率は〇.〇六七三パーセントしかないわけです」
ってことは……一万回引いても六回程度しか当たらない計算ってわけか……
「これにクジの値段をかけると十三万五千ストルン。転売を生業とする方に〇.〇六七三パーセントでしか当たらないクジにこの金額を出す気が起こるでしょうか?」
「…………起こらないね……十五時間並ぶ時間だって面倒だし」
分かり易く日本円で例えるなら、四十五回引いても一万分の六の確率でしか当たらないのでは、十六万二千円をドブに捨てるようなもんだ。
ソシャゲーでだって、ピックアップされてないものをわざわざ狙いにはいかない。
「もっとも……たまたま当たったものを高額で売買されることは起こるようです」
「あ、それはあるんだね……」
やっぱり居るのか転売ヤー……
自分が深刻な病気や呪いを持っていなければ転売してお金に変えるヒトも居るってわけね。
「じゃあ当たらなかった場合はそれを買えば……」
「いくらお金を積んでも譲ってほしいという方はそれなりに居りますので、一千万や二千万ではどうにもならないと思いますよ」
「高っ!!」
一千万や二千万じゃダメってことは五千万とか、下手したら億か?
それはちょっと手が出ない……そこまで金額競り上がるなら流石に地球に帰るのは諦めるわ……
「これって、元々何万人もの集客力がある祭事だったの?」
「いえ、初期の初期の頃はほぼ来た方々全員が悪縁を断ち切ってもらえるような些細なお祭りで、刀自体も宝具などと呼ばれてはいませんでした。しかし、いつしか噂が噂を呼び、千、五千と訪問者数が増えたことでクジ引きによる抽選が導入され、更に一万、十万と訪問者数が膨れ上がったことで、現在では一年に一回の大きな祭典になりました」
「なるほど……」
裏を返すと、それだけ悪縁を断ちたいヒトが沢山居るってわけね……
「………………二十年前より解呪を受けられる人数が増えてるってことは……?」
「ありません。リナ様の仰っていた当時と同じ三百人定員ですね」
そりゃそうか。さっきリナさんは宝具の魔力が空になるまでが三百人くらいって言ってたし。解呪刀の二本目でも作られてない限りは三百から増えることはないか。
「じゃあクジって去年は何枚作られたの?」
「前述のように時間の制限もありますので二十万枚ほどです。かなりの来場者数を見込んでいますので、クジもそれなりの数用意されているようですね。正確な数までお教えしますか?」
「いや、そこまでは別に良い……」
ってことは、結局は二十万分の三百なのか……
「解呪の儀式はいつやるの?」
「次の日の十時から儀式が行われます」
なるほど、当たったヒトは次の日に再度集められるわけか。
〇.〇〇一五パーセントの確率なんて……
「行くだけ無駄かしら……」
いや、でもカイベルなら……
「抽選ってクジなのよね?」
「そうですね。箱の中からクジを引いて当たった方が解呪を受ける権利を得られます」
「あなたなら狙って当たりを引ける?」
「クジ箱に当たりが入っていれば可能です。少なくなる度に補充されるので、当たりが箱の中に全く無い状態になることもあり得ない話ではありませんが」
「そうしたら並び直せばまた当たりが補充されるのよね?」
「はい」
ちょっと……いやかなり……いや大分ズルい方法だけど、カイベル自身を私の能力の一部と見れば……まあ、ズルじゃないよね? ……いや普通にズルか?
「ただ……当たりが予め分かって引こうとしていることなので、“公平”という観点から考えると倫理的にはどうかと思いますが……」
「分かってるのよ~……!! でも一生のお願い! たった一回、たった一回だけの我儘なのでお許しください神様!カイベル様ぁ! 何とか地球に戻って親と親友のお墓参りだけでもしてきたいのよ! まだ生きてるおじいちゃんとおばあちゃんの様子も心配だし!」
私の両親も私も先に亡くした両祖父母がどういう心持ちで居るかなんて想像するに余りある……
『冥獄の枷』さえ外れてくれれば、来年のお盆には両親と親友、ついでに自分のお墓参りに行けそうだし。 (『冥獄の枷』については第7話参照)
両祖父母に会えさえすれば、姿を見せることはできなくても『あの世で元気でやってるよ』みたいなメッセージを書き残すことくらいはできるかもしれないし。
「仕方ないですね」
よし! カイベルの了承も得られた! これで私の解呪は確実だ!
◇
そういうわけなんで、仕事が終わった後のリナさんに二人の面倒のお願いに行った。
「あ、やっぱり『祓魔の鉄』の御開帳に行かれるんですね」
「何とか解きたい呪いだからね……それでまたリディアとネッココのことお願いできるかな?」
「分かりました」
「ありがとう! お礼はまた何らかの形でするから!」
6/10000かぁ……当たる気なんか全くせんわ。
引いてみて当たったらラッキー程度でしかないですね……
次回は4月14日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第543話【土の国へ出発】
次話は来週の月曜日投稿予定です。




