第538話 強盗団騒動後日談 その1(必死の延命措置)
少しだけ時は遡り、強盗団騒動のすぐ後――
「アスク先生! 血圧低下してます!」
「治癒魔法では間に合いませんか!?」
「間に合いません! このままでは心停止に陥りそうです!」
「強心剤を投与してください! それでも脈が弱くなる場合は『ショックストーン』で心臓マッサージを! 適宜調整してください!」
樹の国の医療班が加わって、黒焦げになった守護志士三人とタイランテスを延命しようと懸命にがんばっている。
『ショックストーン』ってのは、魔力を込めると電気を流す魔石らしい。それを加工して地球で言うところの『電気ショック』のような魔道具に仕立ててるとか。これにより雷魔法を使うことができない者でも電気ショックが可能になる。
「火傷が酷い! フリアマギアさん! 持続的に冷やして皮膚組織の破壊を遅らせたいので守護志士たちの中から水魔術師を集めてください! ネムさんは引き続き患者の魂を深層心理で繋ぎ留めてください!」
「はい~……」
ネムさんは患者たちの近くに突っ立って目をつぶっているだけだが、随分ゲッソリした顔で眉間にシワを寄せ、いつもののほほん感が全く無い。
あれは一体何をしているのかしら……?
◆
と、疑問に思ったため、後で現場がある程度落ち着いた時にネムさんに突っ立って何していたか聞いてみたところ――
『患者が死なないように繋ぎ留めてたんですよ~』
――と教えてくれた。
ツッコんで詳しく聞くと、覚醒し易い『レム睡眠』と深く眠る『ノンレム睡眠』があるのは地球では既に常識的に知られている話。
しかし睡眠状態の段階には、植物状態になってしまったり、死を目前にして昏睡状態に陥り、外部からはどうやっても目覚めさせられない第三段階目の睡眠状態があるそうだ。
夢魔にはこの第三段階目の睡眠状態に干渉する能力があり、ここで語り掛けることによって植物状態からも目覚めさせることができるとか。魔界の医療現場ではそういう能力の使い方が主流だそうだ。
そして、今回に至ってはここに干渉して、患者の魂が離れて行かないように繋ぎ留める役目を担っていたらしい。深層心理で話しかけることで魂が身体を離れて行かないように死ぬまでの時間を引き延ばしていたとか。もちろん死んでしまう者も居るが、これをやれるかやれないかで生存確率に決定的な差が生まれるそうだ。
本人曰く「疲れましたぁ~」と言っていた。
◆
「あ、それとフリアマギアさん、樹の国でも他国を訪れるのに妖精を雇っていますよね? こんな明け方に申し訳ないですが、できる限り集めてきてください! 火傷の範囲が広すぎて【自己再生魔法】だけでは命の危機を脱することができません! このままですと大火傷している四人は全員半日と持たないでしょう! 各所を徐々に回復するにしても手が足りないので大至急妖精を連れて来てください!」
「分かりました」
妖精を集める理由は、彼ら彼女らが道中の灯り要因として雇われており、そのほぼ全てが光魔法に適正を持つためだ。
妖精が沢山居れば、その中に回復魔法の適正を持つ者がいるかもしれないと考えてのことだろう。
「あの~……私に何かできることはないでしょうか?」
「今現在……彼らにはジワジワと再生される光の魔法が付与されているように思います。これは多分アルトラ殿のものですよね?」
「はい」
「だとしたら十分に貢献していただけてます。ここから先は私たちにお任せください!」
既に【自己再生魔法】がかかっており、医療に携わっていない私にはこれ以上できることは無さそうだ。
「アスク先生!」
「はい!」
急いで呼ばれた方向へ走るアスク先生。
「こちらの患者の左目はどうしますか……? 骨が砕けて元の位置に戻すことができませんが……」
どうやらエールデさんの処置についてらしい。
「今はまだバイタルも安定していますし、先に火傷の四人を何とかします。彼らの処置が終わり次第、こちらの患者に人工の骨で眼窩を作り、とりあえず目だけでも収めておきましょう。頭蓋骨から骨を培養して眼窩の骨を作り、後々人工の骨と交換します。視力を失うかどうかは五分五分といったところでしょう」
「【癒しの水球】で再生はできないんですか?」
「骨は再生に時間がかかりますので、現状は不可能です。やはり一旦人工の骨を埋め、切れた血管を繋げ、縫合してください。幸いにも止血はされていますので、妖精たちが来たらこちらにも回して徐々に回復させてもらうようお願いしてください」
「はい」
慌しく動いた結果、アスク先生他、治療に携わったヒトたちの尽力もあり、五人とも何とか一命を取り留めることができた。
◇
強盗団騒動の翌日――
「さて……置いてきちゃったゼロ距離ドアの回収に行くか」
昨日タイランテスを空間転移させたポイントにゼロ距離ドアをほったらかしてある。
これには理由があって、ゼロ距離ドアがハマっていた岩を取り除く時間的余裕が無く、あの時点ではくっ付いた岩が重過ぎて回収するための時間が取れなかったためだ。
そのままほったらかしておいても、くっ付いた岩が重過ぎて誰も持ち運びできないであろうと判断して置いて来た。
早めに設置し直さないと潤いの木に努めてるヒトたちが往来できなくて困ってしまう。
ちなみに、昨日は【ゲート】で迎えに行って町に返した。
そして今日に至っては【巨人化】を会得したため、回収も容易になった。
岩付きのゼロ距離ドアを昨日の地点から回収し、元の位置に設置。
「これで良し! 壊された岩の断面もきちんと整えてっと」
無事に元の鞘に戻った。
◇
強盗団騒動から三日――
まずエールデさんが目覚めたとの連絡を貰った。
アスク医院受付にて尋ねる。
「エールデさんの目が覚めたって聞いたんですけど」
「はい、こちらです」
病室へ案内され、そこにはフリアマギアさんも居た。
「あ、フリアマギアさんも来ていたんですね。体調はどうですか?」
「アルトラ殿! わざわざご足労すみません。お蔭様で命拾いしましたよ」
「…………左目、失っちゃったんですか?」
左目から左頬にかけて眼帯をしている。
「いえ、まだ骨が出来ていないのでサポート用で固定してあるだけですよ。どうやら視力はかなり落ちたようですが失明は免れそうです。まあ、今の状態だと両目を開くと左目がどこか別の方向を向いているので、視界に別々のものが映って酔ってしまいそうになりますがね、ハハハ……」
と力無く笑うエールデさん。
怪我の所為か身体にはまだ力が入らないようで、車椅子に乗っている。
まだこの医院には無かったため、急遽アクアリヴィアに買いに行ってきた。病院にはこういったものも必要だし、国への経費で落とそう。
「本調子には程遠いですが、我々巨人族は自己再生能力が高いので一週間もすれば歩けるようになるでしょう」
巨人族ってことは……タイランテスもこんなに回復早いのか……?
そう、タイランテスもこの医院に入院している。
全身大火傷だったし、まだまだ動けるようになるとは思えないが、彼も巨人族であるからには再生能力が高いのだろう。
この二人が鉢合わせして喧嘩ってことにならなきゃ良いが……
その時、集中治療室の扉が開きタイランテスが運ばれて行くのが見えた。
「えっ!? もう!?」
まだたった三日だよ!? 大火傷だよ!?
それなのに、もう一般病室に移動しても大丈夫なくらい回復したってこと!? いくら回復魔法を施してるって言っても三日は早過ぎでしょ!?
で、でもまあ、きっとまだ昏睡状態だったりするんだろう。
と、思ってストレッチャーを見送ろうとしたのだが――
「あ、ちょっと止まってくれ。話したいヤツが来てるからよ」
――ネムさん他三人で運んでいるのを引き留め、ストレッチャーに寝かされながらもこちらに話しかけてきた。
もうしゃべることすら可能らしい。
「よう、アルトラ。大怪我した俺をあんたが運んでくれたんだってな。ありがとうよ!」
タイランテスを見ると、黒焦げだった身体の六割から七割ほどが正常な状態の皮膚に戻っている。いくら回復魔法の効果で再生力が上がってるとは言え、恐ろしいほどの自己再生能力だ。
流石にまだ身体を起こしたりはできないようだが。
「看護師のねーちゃん、悪かったな、行ってくれ」
それだけ言って離れて行った。
あれ? コイツってこんなに礼儀を知ってるヤツなのか?
もっと傲岸不遜 (※)で礼など尽くさない男かと思ってたけど。
(※傲岸不遜:おごりたかぶって人に頭を下げず、思い上がっているさま)
「何だか……最初と印象が大分変りましたけど……」
「俺もです……まさかきちんとお礼を言うようなヤツだったとは」
「エールデさんには気付かなかったみたいですね。鉢合わせて喧嘩になるんじゃないかとヒヤヒヤしましたけど……」
三日間集中治療室に居たはずだから、ここがエールデさんの病室だと知らなくて良かった……
「いや、気付いてましたよ。目でちゃんとこちらを確認してましたから。自分の身体が碌に動かないのであえて触れないようにしたのでしょう」
「そ、そうでしたか」
だとしたら治った後が心配だね……
「フリアマギアさん、守護志士の三人はどうなったんですか?」
「三人とも一命は取り留めましたけど、昏睡状態なのは変わらないですね」
「ネムさんって植物状態のヒトを覚醒させられるんですよね? それをしたらどうなんですか?」
「現状、意識を取り戻しても肉体的なダメージが酷過ぎて苦しむだけなので、それをするにしてももう少し回復してからでしょう」
「ああ、確かに……火傷だらけですもんね」
確かに今起こしたら酷だな……激痛で眠ることもできなくなりそうだし。
でも、その激痛に三日近く耐えたタイランテスって実は凄いのでは……?
「命に別状は無いって感じですか?」
「そうですね、もう峠は越えたと言って差し支えないでしょう。余程のことが無い限り命の危機に陥ることは無いと思います」
ほっ、良かった。絶望的と思っていたけど、三人とも助かったか。
その後、少し雑談して帰った。
◇
強盗団騒動から五日――
「………………」
エールデさんの様子を見にアスク医院を訪れたところ、タイランテスが敷地内で体操してるところに遭遇。
「お? アルトラじゃねぇか」
「…………あんた、何やってんの?」
「ああ、これか? ラジオ体操って言うんだってな、ここに来る子供に教えてもらったんだよ」
ラジオ体操は、アルトレリアにラジオが普及し始めたから健康のために私が広めた。動きは日本のものと同じ。
アスク医院に来る子供たちについては、トロル族は十歳を超えると頑強な身体になるがそこに満たないとまだ弱いため、十歳未満の子供には定期健診が行われるような制度を慣習化させるよう呼びかけている。
「何であんたが子供たちと接触してるのよ?」
「おかしいか? あっちから話しかけて来るんだが……」
この町にはあまり見かけないくらい身体が大きいから面白がって話しかけるんだろうか?
子供たちが強盗と接触してるなんて……大丈夫かしら……?
って言うか、黒焦げになってまだ五日しか経ってないのにもう動けるのか? 尋常じゃない自己再生能力だ!
「もう動いて大丈夫なの?」
「ああ、まだ少し火傷の突っ張りがあるけど、普通に動くだけなら大したことねぇよ。この体操はゆっくりな動きでリハビリにはちょうど良いぜ」
「あっそう」
何て常軌を逸した再生能力だよ……トロルに匹敵するくらいの再生力があるかもしれない。
守護志士三人はまだ火傷も癒えてなくて昏睡状態が続いてるって言うのに……
「ああ、アルトラ、あんたに言っておくことがある。俺、強盗から足洗うわ」
「ホントに!?」
突然の強盗辞める宣言。
「ここに入院してみて分かった。こんなのどかな日常があるんだなって」
「そう……」
「強盗団やってると、騙し騙されの日常だからな。もっと早く気づきたかったぜ」
随分な心変わりだ。
「もうここに住んじまおっかなぁ~」
「え″っ!?」
いや、流石に……元強盗団の頭なんて、怖くて住まわせておけない。
「それにな、住みたいにはもう一つ理由があるんだ! 俺はあんたに惚れた!」
「え″っ!?」
「あんた、敵の俺にも回復魔法かけて痛みを取ろうとしてくれただろ? あん時はあんまりに痛くて熱くて頭にモヤがかかったような感じだったが何となく聞こえてたぜ! そこで価値観が三百六十度変わっちまったよ! もう金とかアレ欲しいコレ欲しいとかそういうのもどうでも良くなったなぁ。あんたも巨人族みたいだしちょうど良いぜ!」
三百六十度じゃなくて百八十度だろ? 元に戻って来てるじゃあないか。
それに何をもって『ちょうど良い』のか……私の方はちょうど良くないが……? 巨人族だと勘違いされてるし……
あの程度で惚れるだなんて、コイツは『チョロイン』ならぬ、『チョロヴィラン』ね。 (※)
(※チョロイン:ちょっとのことで惚れてしまう“チョロ”いヒロ“イン”を揶揄した略語。チョロヴィランはその敵版)
最近は、簡単に惚れてしまう展開を揶揄して『ニコポ』、『撫でポ』なんて造語が作られてるけど、私の場合は“回ポ”になるのかしら? (※)
(※ポッ……:『ニコっと笑いかけたらポッ……』、『頭撫でたらポッ……』の略らしい。故に“回ポ”は『回復してあげたらポッ……』)
その直後、医院の建ってる方向から別のヒトの声がする。
「そういうわけにはいかない」
声の主はエールデさん。
「タイランテス、残念ながらお前は牢獄行きだ。他国に居るからと言って、強盗団の頭目を見逃すわけにはいかない」
「チッ……エールデかよ、気が利かねぇな!」
エールデさんも車椅子を必要としなくなったようで、普通に歩いていた。
左目は……まだ眼帯をしたままだが。
まさか……早くも一触即発!?
「犯した罪を考えれば、極刑は免れ得ないだろう」
「そうだよな……」
あれ? 随分素直に受け入れるんだな……もっと激烈に反抗するのかと思ったけど。カーデュアルみたいに意地汚く生きようとするのかと……
「でもここを退院したらだろ? しばらくはこののどかな日常を楽しませてもらうぜ」
なぁ~んか……随分穏やかな顔になったなコイツ。
価値観が変わったってのは本当のことなのかも?
例えるなら『きれいなタイランテス』。
「もう改心した。それもこれもアルトラ、あんたが俺を見捨てずにいてくれたお蔭だ」
「いや、ただ回復しただけだけど……」
流石に見るも無残な状態を見たら、ほんの少しだけでも何とかしてやりたいって思うのが人情だろうし。
「悪ガキだった俺は昔からずっとまわりから嫌われていたから、優しくされたことが無いんだ。団員たちですら俺が生きてて本気で喜んでるヤツがどれくらいいるかわからねぇ。だから敵であった俺ですら助けようとするあんたの行動に心を打たれた! この先死刑になろうとなんだろうとこれまでのことは全部話して罰も受ける」
彼は良くも悪くも直情的なのかもしれない。
悪に染まれば悪に一直線。対して改心のきっかけがあれば、そちらに一直線ってところか。
そう聞くと今までの環境に少し同情してしまうが……
フッと別のところに目を移すと、一昨日は居なかったヒトが目に入った。
惚れられました。彼はチョロヴィランです。
でもまあ瀕死の時に敵に手を差し伸べられれば、程度の多少はあれど絆されるのは普通かも?
今日の投稿はおまけのもう一話があります。 (文字数多過ぎて別に分けました。おまけは大分短めです)
エールデとの雑談内容となります。21時10分付近に投稿予定です。
次回は3月17日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第539話【強盗団騒動後日談 その2】
次話は来週の月曜日投稿予定です。




