第534話 逃亡のタイランテス&カーデュアル
アルトラらが重傷者の延命に必死になっている一方、樹の国へと続くとある陸路。
『ゼロ距離ドア』強奪作戦が大失敗し、樹の国へと逃げ帰る最中のタイランテス――
「へへっ、ここまで来りゃぁ大分離れただろ」
土魔法で地中深くへ穴を開け、滑り台のような急坂を作り出し滑落、ある程度進んだら、再び土魔法を使い自身の立っている地面をエレベーターのように上昇させ地表へ出る。そして再度滑り台のような坂…………という行程を繰り返して、アルトレリアから遠く離れたところまで短時間で移動してきた。
「チッ……土だらけだな……結局一人で逃げることになっちまったが……くそっ! 何が『数百億で売れるドア』だよ! 丸っきり無駄足じゃねぇか!」
土中を移動してきたために、全身に被ってしまった土埃を払う。
落ち着いたところで、ふつふつと怒りがこみ上げ、悪態を付きだすタイランテス。
「部下も弟も居やしねぇ!! あいつらも捕まっちまったか?」
そしてここには居ない部下たちの心配へと思考が移り――
「それにしても何が飛んで来たか分からなかったが、助かったぜ。エールデのヤツ、顔面血まみれだったし流石に追っては来れないよな……? アレが無けりゃ俺の運命はブタ箱行きだったな」
――自身の危機を救った高速で飛んで来たナニカへの疑問が浮かぶ。独り言はまだ続く。
「ああ……何て寂しい帰り道だ……ドア一つ盗みだそうとしただけでこんなことになるなんて……アルトレリアから戻って来た行商人の話なんて聞くんじゃなかったぜ……あの商人、なぁ~にが『盗んで闇オークションに売れば数百億の美味しい仕事』だよ! 全滅させられるとは思わなかったぜ……次に見つけたらタダじゃおかねぇ!」
トボトボと歩くものの、樹の国までの距離の遠さに嫌気が差してくる。
「歩くのも面倒になってきたな……金は無ぇし行商人捕まえて乗せてってもらうよう脅すか」
行商人を捕まえようとしていたところ、タイランテスより先回りしていた男が声をかけてきた。
「待っていましたよ」
と言う声。
そこに居たのはカーデュアルだった。
「あ! カーデュアル、テメェ!! 裏切りやがったな!」
「誤解しないでください。エールデから逃げられたのは誰のお蔭だと思っているのですか?」
「あ? 血まみれでかなり痛そうにしてたな。アレはテメェがやったのか?」
「ええ、上手いこと逃げられたでしょう?」
「そりゃ助かったぜ」
「しかし、あれによって私の暗躍もバレてしまいましてね、もう守護志士ではいられなくなりました。全くこちらとしても失ったものの方が多いですよ……しかし食い扶持は稼がなければなりませんので、今後は開き直って強盗団としてやっていきますので、よろしくお願いしますね」
「お? 遂に俺の勧誘を受けるのか? あんたが仲間になってくれるなら今後は頭使った強盗もできるようになるな」
「強盗団になるのは不本意ですが……私も金は欲しいし美味しいご飯は食べたいですからね」
「そういや、あんたって確か魔力があれば生きてられるんだよな? 何でわざわざ食べるんだ?」
「そんなもの、『美味しいものを食べたいから』以外の理由がありますか?」
「ハハハ、無いな、そりゃそうだ!」
雑談も一区切りしたところで、タイランテスが疑問を口にする。
「それで、エールデに何したんだよ」
「雷魔法で超加速させた鉄骨を投げつけました。本当なら脳を破壊してやる予定でしたが、邪魔が入って顔を上げたために着弾位置がズレてしまいました」
「ヘッ! だから顔を抑えていやがったのか! 怖えぇことしやがるな。仮にも上司だろ?」
「目ざわりでしかありませんでしたよ。何かと言えば規律を重んじ、森林内の奉仕に従事し、不正は許さないだの、息が詰まる。まあ、馬鹿正直な分、私の裏の顔には気付かなかったようですがね」
「団内では部下相手でも丁寧な話し方しているヤツが言うことか?」
「この話し方は相手に少しでも好印象を与えるためですよ。印象の良い相手にはガードも緩くなりますからね。その分付け入る隙ができやすくなります」
「ヘッ! 全く嫌な野郎だな。それで――」
今まで笑顔まで見せていたタイランテスの表情が一瞬で険しくなる。
「――何でアルトラが空間魔法使えてんだ? 俺の前にも現れやがったぞ? テメェの調査した話だとアルトレリアには空間魔法使えるヤツが一人しかいないから、アルトラさえ使えなくしてやれば簡単に盗めるんじゃなかったのか? 全然使えなくなってねぇじゃねぇか! 事と次第によっちゃぁテメェ、ぶん殴る程度じゃ済まさねぇぞ? しれっと仲間になろうとしてんなよ? きちんと説明しろや」
「………………銀石の粉はきちんとかかりました。しかし、我々がかけたのはアルトラにソックリの『影武者』とかいう別人だったようなのです」
「はぁ? 影武者? 何だそりゃ?」
「アルトラ曰く……『身代わり』という意味があるそうですよ。その身代わりにしてやられてしまったというわけです」
「あっちの作戦の方が上だったってわけか?」
「まあ……あちらにはフリアマギアもいましたからね。彼女は大きな作戦でも樹の国の参謀を務めることが多いですし、この手の読み合いで出し抜くのは難しかったでしょう」
「俺たちの誤算はフリアマギアがアルトレリアまで出張ってたことか?」
「いえ……むしろこの地で稀少なものを奪おうとすることそのものがそもそも間違いだったかもしれません」
「ドアの情報寄越しやがった行商人は殺すか」
「腹の虫は収まりませんからね……何か制裁を加えないと……。しかし、誤算より更に大誤算だったのがアルトラがこの地に居たことですよ。彼女は今回強奪するうえで重要となるポイントでことごとく邪魔をしてくれましたから。まるで全部見透かしてるかのように行く場所行く場所で邪魔されましたね……」
「あ? あ~、そういやぁそうだな。俺が奪ったドア無くしたのも、エールデと戦わされたのもアイツが現れたからだしな。…………クソがっ! まだタコ殴りにされた腕が痛ぇぜ……」
顎に片手を添えて、少し思案するカーデュアル。
「どうした? 何考えてんだ?」
「…………そういえば私がエールデを狙撃した時も邪魔しに来ましたね。なぜか彼女にはこちらの動きが分かっていたようなところがあった……私が潜んでいた位置は守護志士たちが集まっていたところからかなり離れていましたし、並みの魔力感知能力で見つけられる距離ではなかかったはずですが……」
「動きが分かってたってんなら、予知能力とかってことか?」
「いえ、そんな能力があるなら、私がエールデを攻撃する前にその行為そのものを未然に防げるでしょうから、それの可能性は低そうです」
「じゃあ何だってんだ?」
「………………それに似たような能力があるのかもしれませんね。現時点では何とも……」
「まあ、アルトレリアに関わるのはもうやめようぜ。今回は被害しか受けてねぇし。ここまで何から何まで上手く行かなかったのは初めてだ」
「そうですね、アルトラの秘密が暴けないのは釈然としませんが、アレに関わるとデメリットの方が多そうです」
「ところでよぉ――」
タイランテスがキョロキョロと辺りを見回す。
「――幹部連中はどこ行ったんだ? アイツらにはフリアマギアの妨害を命じて、頃合いを見て逃げろって言ってあったはずなんだが。誰一人帰って来ねぇぞ?」
「一人残らず捕まってましたよ。あれらを倒したのもアルトラです。私が彼らの捕縛作業をしましたから」
『捕縛作業』という言葉に、落ち着いていたタイランテスが再び激昂する。
「捕縛!? テメェが俺たちの仲間を縛り上げたってことか!? やっぱり裏切ってたんじゃねぇか!」
「仕方なかったんですよ。あの場ではそれをしなければ怪しまれてしまいますから。捜査官の副長がボーっと突っ立ったらおかしいでしょう? 彼らには『後で助け出すから』と耳打ちしておきましたよ」
「じゃ、じゃあ助けるんだな?」
「それは……時と場合に依りますね。警備が厳重な場合は難しいでしょう。もっとも、今は主戦力となるエールデもいませんし、私と同じ副長のエトラックは手負いですから、護送馬車を襲撃すれば彼らを逃がすのはそれほど難しくはないでしょう。捜査官にはもう何人か腕の立つのがいますが、我々二人が協力すれば敵ではありません。私ももう暗躍があちらにバレている以上、顔を隠して行動する必要はありませんしね」
「じゃあここでヤツらが来るのを待つか?」
「ええ、襲撃できるポイントを探しましょう。場合によっては数日かかりますが」
「何で?」
「何でって……いつアルトレリアを出発するかなんて分かりませんから。まあ早めの護送に就くでしょうし、今日明日にはここを通るでしょう」
「めんどくせぇな……」
『もし長くなるようなら言いくるめてコイツに見張らせておけば良いか。コイツ一人でもエールデを欠いた今の捜査官たちなら何とかなりそうだし、もし捕まっても私には関係無いこととして見捨てれば良い』と考えるカーデュアル。
「ところで……弟は見たか? 作戦で分かれてから見てねぇんだが……通信魔道具も通じねぇし」
「さあ? 彼の担当していたドアは遠すぎて、私の方からも通信魔道具は通じませんでしたからね。私がここに来るまでにも見かけませんでした。守護志士側の担当官はエトラックでしたが、いかに強くとも獣人の彼ではデスポーテスを止められるとは思えないので、倒されてる可能性は低いと思います。恐らく現在こちらに帰って来てる最中なんじゃないでしょうか?」
「じゃあ放っておいてもいずれはアジトに帰って来るか」
しかしカーデュアルは心の中では『もしくは……これだけ不測の事態が続くともしかしたら捕まったか、既に死んでいるか。しばらく待っても帰って来ないようならそのどちらかの可能性が高いと見るべきかもしれないな。だがまあ、捕まっているなら護送馬車襲撃時の戦力を増やせる。むしろ好都合か』と考えていた。
「ただ……もしデスポーテスが片側のドアを盗んで戻って来たら、破壊するか廃棄させないとならないですが……」
「は? せっかく盗めたものを捨てるのか? 片側だけでも持って帰って売れば、しばらく遊んで暮らせる金額になるんじゃねぇのか?」
「………………はぁ……その金に直結する考え方を少し改めてください……。全く……もう少し考えてみたらどうなんですか? ゼロ距離ドアは裏と表で繋がってるんですよ? そんなもの持ち歩いてたら、相手にずっと居場所を知らせてるのと同じことなんです。片側だけこちらにある場合、もう片方は敵側に残されたままなのですから、我々がアジトへ持って帰ってしまったらそれを利用して攻め入ることだって可能になります」
「ん? ああ、そうなのか」
口には出さないものの、この時カーデュアルは心の中では『コイツ、どれだけ脳筋なんだ?』と考えていた。
「逆に言えばこちらからも攻め入ることが可能ですが、我々から攻め入るメリットが全くありません。それどころか今後樹の国が戦力を増強して攻め入ろうと準備した場合、アジトに着いても戦力差は大きくなるので所持していてもデメリットでしかありません。廃棄が最適解です」
「せっかく手に入れても捨てなきゃならねぇなんて、勿体ねぇなぁ……」
「さて、一旦大森林内のアジトへ帰りましょう。幹部連中も捕まってしまいましたし、しばらくは潜伏ですね。団の立て直しも図らないと」
「確かあんた飛べるんだろ? 背中に乗せて行ってくれよ」
「お断りしますよ。私もいつになく疲れていますからね……ただ、帰る前にまずは幹部連中の解放をしないといけません。襲撃ポイントを探しましょう」
その時、護送馬車を襲撃するためのポイントを探しに行こうと歩を進める二人の背後から、何者かの声がする。
「アジトへは帰れないわよ。ここが最後の重要ポイントってところかしら」
「「 誰だッ!? 」」
二人が振り返ったそこに居たのは……
カーデュアル……心の中ではタイランテスをめちゃくちゃバカにしてますが……
次回は2月17日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第535話【vsタイランテス&カーデュアル その1】
次話は来週の月曜日投稿予定です。




