第533話 エールデvsタイランテス
アルトラがカーデュアルを見つけた時間から少し遡り、エールデとタイランテスを強制転移した時間――
「うっ!? ここはどこだ!?」
黒い球体に包まれ、強制的にアルトレリア平原へと空間転移させられたタイランテスは立ち上がって辺りを見回す。
「どこだぁここは? 近くに塀? 見覚えのある塀だな。ここへ来た時に通った気がする……町の外か?」
状況の整理をする中、さっきまで片脇に抱えていた自身が奪ったはずの『ゼロ距離ドア』が無いことに気付く。
「くそっ! ドアが無ぇ! あの小虫め! アイツの所為でドアがどっかいっちまったじゃねぇか!! この作戦はもうダメだな。忌々しいが一旦樹の国へ帰るか」
「そうはいかない」
ほぼ同時に転移されてきたエールデが、タイランテスの逃げようとする言葉を否定した。
双方とも既に巨人化が完了し、巨人状態での戦闘準備が整っている。
「なんだぁ、テメェは?」
「樹の国守護志士所属、大佐のエールデ・アスランだ! 巨人強盗団の頭目タイランテス・アスラン、お前を逮捕・連行する!」
「アスラン? ははっ! お前もデミタイタンかよ。“アイツ”が言ってやがった俺たちを追いかけてる捜査官ってのはテメェか」
「“アイツ”とは誰だ?」
「そんなの言うわけねぇだろ!!」
言葉を続けながら不意打ちのように右拳を繰り出すタイランテス。
しかし、それを見計らっていたかのように、左手で拳を包み込んで受け止めるエールデ。
「足元がお留守だぞ?」
それだけでは終わらず、右拳を掴んだ瞬間にタイランテスの足を払い、そのまま投げ飛ばした。
「ぐわっ!!」
巨人ゆえのその重さにより、投げ飛ばされた拍子に地面の広範囲にヒビが入り、クレーターが出来る。
更に、倒れているタイランテスの腹に向かって追い打ちをかける。
が、咄嗟に横に転がり、それを回避した。
「ハァハァ……くそがっ! よくもやってくれたな!」
弟のデスポーテス同様、土魔法が得意なタイランテス。
地面へと魔力を送り込み、エールデに岩の散弾を浴びせる。
が、それを身体を硬質化させて全て叩き落した。
「何だそりゃぁ? 鉄? 鉄を纏ってるのか!?」
「知らないのか? デミタイタンは訓練することにより鉄を操れるようになる。土と鉄は親和性が強いからな。それを知らないということは、お前は余程怠けていたのだな」
「いちいち癇に障る野郎だぁ!!」
右ストレートからのワンツー。
その後もがむしゃらに拳を連打するタイランテス。
が、それらを全て受け流し、最後の拳を掴んで足払い。再び投げ飛ばす。
「ぐあっ!」
「同じ手を喰うとは、学習しないヤツだな」
足払いされたことにより再び倒れ込み、今度はすぐさまエールデが両手で足首を掴んで振り回し、ぶん投げた。
何も無い平原のため、タイランテスは地面を抉りながら近くにあった岩山へ激突。
「ハァハァハァ……く、くそっ! コイツ強ぇぇ……」
エールデは余裕を持ってゆっくりと近付きタイランテスの腹へと腰かけた。
「フッ……今まではその能力で好き勝手他種族を蹂躙していたようだが、デミタイタン同士の戦いともなれば、戦闘経験が如実に表れるな!」
タイランテスは、元々の強い種族という出自にあぐらをかいた暴君でしかなく、デミタイタンという種族に生まれた幸運だけで傍若無人な振る舞いができていたに過ぎなかった。
一方で守護志士として戦闘訓練に明け暮れ、任務でも激しい戦闘を経験しているエールデと、訓練などまるで経験したことの無いタイランテスでは、その実力差は明白。
元々の強い種族という出自に上乗せされた戦闘経験を持つエールデとは比べるべくもない。勝敗は火を見るより明らかであった。
「魔法を使うまでもないな」
マウントポジションを取ったエールデは、そのまま上から拳を何度も振り下ろす。
「くそっ!!」
顔を守ろうと両腕でガードするも防戦一方になるタイランテス。
何度か攻撃を加えた後、一旦手を止めてタイランテスに質問した。
「大人しく捕まる気になったか?」
誰がどう見てもエールデの圧倒的優勢。
しかし、それでもなお逃れようとするタイランテス。
「ど、同族のよしみだし、こ、ここは見逃がしてもらえねぇか?」
「そうはいかない。同族とは言え罪は罪。きっちり償ってもらおう。貴様には処刑の日まで臭い飯を食べてもらう。捕まる気が無いなら気絶させてから連れて行くだけだ」
そしてマウントポジションによる攻撃を続行。
圧倒的優勢で打撃を加え続ける。もはやエールデの勝利は揺るぎないと思われたその時、エールデの耳元の通信魔道具から声。
『 エ ー ル デ さ ん ! ! ! 避 け て っ ! ! ! 』
突然の大声に怯むエールデ。
「うっ! 何だ今の大声は……アルトラ殿か!? 一体何が……」
その叫び声の大きさに怯んだ拍子に少し顔の位置が上がる。
次の瞬間、エールデの左目の下に勢い良くカーデュアルが投げた鉄骨が突き刺さる。その鉄骨は刺さった後なおも直進し、頬骨を砕き、喉の内側を割き、首の骨の左側をかすめたと同時に左後頭部を貫通していずこかへ飛び去った!
そして、鉄骨がぶつかった衝撃によりマウントポジションが崩される。
「ぐああぁぁぁっ……な、何だ? 何が飛んで来た!?」
その痛みから咄嗟に左頬を抑えるが指の間から大量に血が漏れ出る。
穴の開いた左頬からはおびただしいほど大量の出血、それが左目と口へと逆流し、それらからも大量の血が噴き出る。
アルトラが耳元の通信魔道具で叫んだことで体勢が少し変わったため、カーデュアルが本来狙っていた頭を壊すには至らなかったものの、顔面に酷いダメージを負ってしまった。
突然の激痛に顔を抑えてうずくまるエールデを見て、逃げるチャンスが到来したタイランテスは――
「へっ……へへ! 何だか知らんがチャーンス!! おらぁっ! どけやっ!!」
――という言葉と共に、自身の上からエールデを放り投げる。
「ぐうぅっ……!」
「ふっ、はははは!! 何が起こったか分からんが助かった! このまま殺してやりたいところだが、今はそんなことより逃げるのが大事だ! ここは退散させてもらうぜぇ!」
タイランテスが逃走の意思を示すと、土魔法で高台を作り出し、そこに地中に向かって斜めに走る穴を開ける。急滑降するお手製の滑り台の完成である。
急滑降した先では、また土魔法を使って土中から上へ向かって穴を開け、自身の立っている部分の土を盛り上げてエレベーターのよう上昇すれば地表に出ることができる。こうすれば効率良く素早くこの場から去ることが可能。熟練の土魔術師ならではの逃走手段である。
「今度遭った時にはちゃ~んと殺してやるからなぁ! その時が来るまで首を洗って待っていやがれ! ああ、結構重傷みてぇだしそのまま死んでくれても良いぜ? じゃあな!」
捨て台詞を吐いた後、巨人化を解き、お手製の滑り台を滑って素早く離脱されてしまった。
高台に開けられた穴は即座にタイランテス自身によって塞がれ、もはや追跡が困難な状態に。
「く、くそ……逃げられる……ま、まだ、まだ今なら追える……早く……追いかけて……」
そう考えるも、顔を砕かれ後頭部を貫通されて大量に出血しているため身体の自由が利かず、エールデはその場へ崩れ落ち、そのまま気を失ってしまった……
◇
ところ変わってアルトラ。まだカーデュアルにより鉄骨が投げられた地点に居た――
「エールデさん!!」
遠目でしか見えないが、エールデさんがその場にうずくまり、そのすぐ後に見えなくなった。
タイランテスも土魔法で何らかの丘?のようなものを作ってから見えなくなってしまった。恐らく逃げた?
多分、双方共に巨人化を解除して元のサイズに戻ったから遠目で見ることができなくなってしまったんだ!
「あっ! カーデュアルは!?」
居ない! 今までそこに居たのに、私がエールデさんに気を取られている隙に逃げられた!?
「くっ……今最も優先されるべきは………………エールデさんの安否確認だ!」
タイランテスとの戦闘は圧倒的に優勢に見えたのに、あっという間に倒れてしまった。
と言うことは、カーデュアルの放ったあの黒い筒状のものが激突して深刻なダメージを負ってるのかもしれない!
◇
【ゲート】で現場に着いてみると……そこには気を失ったエールデさんの姿が。
「エ、エールデさん……?」
エールデさんが倒れた地点に来てみて、その傷の大きさに驚いた。
うつ伏せに倒れており、顔を中心に放射状に地面を赤く染めている。
「エールデさん! 大丈夫ですか!?」
駆け寄って仰向けにしてみたところ顔面血まみれ、後頭部からも大量に出血している。
左頬には穴が開き、呼吸と共に灼熱に熱せられたマグマのようにゴポゴポと血の泡が出ている。眼窩が崩れてしまったのか左目が頬の方に落ち込んでいた。
両目を閉じているはずが、左目玉が頬から見えているというあり得ない状態。その左目玉も血で赤く染まっている。
「さっきカーデュアルが投げ付けたアレによってこんな傷に? エールデさん! エールデさん!! 生きてますか!?」
声をかけても反応が無い。
心音を確認すると、弱々しいが脈打ってはいる。呼吸もある!
「良かった……まだ生きてる……と、とりあえず止血! エールデさん、ちょっと熱いかもしれませんが、我慢してください!」
まずは一番大量に出血している血管を探して焼いて止血。ひっくり返して後頭部側も焼いた。
傷を焼いたにも関わらず、それでも痛みを訴えるなどの反応は無い。
次いで【癒しの水球】を左顔面と後頭部の周りに施す。
「この左目……どうしよう……骨が崩れちゃってるから落下したまんまだ……」
生前通してもこんな状態の怪我を見たことが無い。地球ならすぐに救急車を呼ぶところだが……
骨が無くなっている以上、元の位置に戻すことができない。更に都合の悪いことに、いくら再生魔法と言えど骨は再生までに大分時間を要する。一気に回復も可能だが重傷を一気に回復すると痛みでショック死する可能性も高い。
それに、もしかしたら脳にダメージが行ってるかもしれない。脳や視神経はまだ治療したことが無いから【癒しの水球】で治療できるとは限らない。
脳にダメージを受けていたら、もしかしたら今後五体満足に身体を動かせなくなってしまうかもしれないし、顔周りが治っても失明してしまうかもしれない。
私がここで迷ってるより専門家にお願いする方が良いか。
「守護志士の中に治療できるヒトがいるかもしれないし、とりあえず強制転移でみんなのところへ行こう」
私を含めて【強制転移】で、今守護志士が大勢居る第二壁正門前へと移動した。
◇
第二壁正門前へ着くと、守護志士たちが騒然。
「おい、光る何かがぶつかった後からエールデ官長が見えなくなったぞ? タイランテスもどこかへ行ってしまったし」
「どこかから飛んで来たアレで怪我を負ったんじゃないか?」
「すぐに様子を確認しに行こう! 空中偵察部隊!」
「はい! ここに!」
圧倒的に優勢に見えたエールデさんが先に巨人化を解除したために、みんなに不安感が広がっているらしい。
今まさに偵察部隊を出動させようとしている最中だった。
「あ、アルトラ殿! お帰りなさい! …………そ、そちらはエールデさん!?」
フリアマギアさんが気付き、すぐに寄って来てくれた。
「なに!? エールデ官長!?」
その声で周りの守護志士も近寄って来る。
「血まみれじゃないですか!?」
「何があったんですか!?」
「おい……左目変なところにないか?」
「ホントだ! すぐに治療班を呼ぼう!」
「待て、フリアマギア殿が判断している!
守護志士たちが騒然とする中、フリアマギアさんが話し出す。
「血は……止まってますね」
「い、一応焼いて止血して、水球で回復してますけど……専門家の方いらっしゃいますか? これ以上は私には判断付かないので……」
「ここでは怪我の度合いが大きすぎてこれ以上の治療できません。すぐにアスク先生のところへ運びましょう」
【ゲート】により、この町唯一のアスク先生の病院へと運び込んだ。
◇
「これは!? さっきの方々も酷かったですが、この方も大分酷い傷ですね!」
黒焦げだった守護志士の三人は既にこの病院へと運び込まれているらしく、アスク先生も了承済みのようだ。
これ以前に三人が運ばれているため、守護志士の治癒班も既に医院で忙しく動き回っていた。
「こちらで引き取ります。フリアマギアさんもお手伝いをお願いします」
「分かりました」
「ネムさん! この方も深層で眠らないように夢の中で語り掛けてください!」
「はい~……今日はいそがしぃですねぇ……」
夢魔族でこの病院の看護師兼麻酔医のネムさん。
アスク先生や医療スタッフが忙しく動く中、一人だけ壁際に佇んで目を閉じている。
「ネムさんは何をやってるの?」
医療スタッフとして働いていたトロルにネムさんがが何をやっているのかを聞いてみたところ、
「わ、分かりません。こんな重傷のヒトが何人も運ばれて来たのは初めてですから……」
「あ、そうなの?」
思わず疑問に思って本人に聞いてしまった。
「ネムさんは何をやってるんですか?」
「今日はぁ~、瀕死のヒトが四人も居て大変ですからぁ~、あまり話しかけないでくださいねぇ~」
「は、はい、すみません……」
その言葉の後、治療の邪魔にならないようにすぐに治療室を出た。
何をやってるかは教えてもらえなかったけど、アスク先生の様子を見るにきっと必要なことなんだろう。
「よし、ここは医療関係の方にお任せして、私は私がやるべきことをやろう」
逃げたタイランテスとカーデュアルを探し出して捕まえる。
カイベルに二人の居所を教えてもらうために一旦正門前に行こう。まだあそこで捕縛作業をしているはずだ。
果たしてエールデの左目の運命やいかに!?
次回は2月10日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第534話【vsタイランテス&カーデュアル】
次話は来週の月曜日投稿予定です。




