第532話 カーデュアルの暗躍
頭の回るカーデュアルのことだから、多分タイランテスの性格も熟知しているはず。
あの直情的な性格を鑑みるに、『私の空間魔法を無力化できずタイランテスと接触されてしまったため』に、彼は今タイランテスから『裏切り者』だと疑われてる可能性が高いと考えていることだろう。
つまり、『裏切り者』という疑惑を払拭するため、タイランテスにとって有利に動こうとする、そう考えられた。
だが、今回の強奪作戦はゼロ距離ドアを私たちが取り返したことで大失敗となっている。
これにより、カーデュアルには約束されていた (と予想される)ドアを売却した際の莫大な分け前は一切入らない。
そしてタイランテス (と強盗団)に対する信用はカーデュアルの中でもがた落ちだろう。
そのため、どちらかと言えばカーデュアルの方に優位的な決定権があるように思う。そこでカーデュアルが取ると思われる行動は三つのどれかと予想した。
一つ目はタイランテスにまだ利用価値ありと見た場合。エールデさんを妨害してタイランテスを逃がす行動を取り恩を売っておくこと。実力自体はきっとタイランテスの方が上だから後から再び取り入ろうとした場合、危機的状況から脱出させたとなればかなり効果的だろう。裏切り者と思われていても口が回ればやり込めることは可能だ。秘密裏に工作すればバレないように立ち回るのも不可能ではない。
二つ目は逆に、利用価値無しと判断しタイランテスを殺して自分のことが漏れないように口封じをする。
エールデさんと戦って消耗し切って巨人化を解除した状態なら暗殺も不可能ではない。
その際は少なくとも強盗団の中でカーデュアルが内通者だと知っているであろう幹部は皆殺しにすると思われる。ただし、幹部たちは既に守護志士側に捕らえられているために実行リスクがかなり高い。見張りの守護志士ごと皆殺しにしないと顔がバレてアウトだからだ。これが起こされるのはきっと連行中に見張りが少なくなった時だろう。
私たちが彼が内通者だという証拠を握っているのを知らないはずだからこの可能性も十分あり得る。
そして第三の選択肢である。それは……このまま『バックレてしまう』こと。
逃げて樹の国以外に行ってしまえば、例え今回の件で捕まえた強盗団員に『内通者だ』と自供されたところですぐに捕まるということも無い。もちろん指名手配される可能性がある上に時効になるか何らかの要因で恩赦されるかしなければ一生樹の国に戻ってくることはできない。
この魔界に時効や恩赦があるならだが、この世界はの生物は長寿が多い。時効があるにしてもきっととんでもなく長いだろう。一生涯逃げ続けなければいけない可能性もある。
「私は彼の種族は竜人ではないかと予想している。その寿命がどれくらいか知らないが、その上位存在のドラゴンの寿命が確か千年くらいあるのよね……もし竜人の寿命も似たような長さなら逃げるリスクもバカでかいわ……下手したら数百年逃げ回らないといけないのか……」 (第431話参照)
まあ、いずれを選択するにせよ今まで通りの生活とは行かない。
私の考えでは、いつ『自分のことをバラすかも分からない』幹部連中が捕まっている時点で、もう守護志士に戻れる可能性は皆無と考える。かと言って逃げるのもリスクがバカでかい。やはりエールデさんの妨害に動いて、タイランテスの逃走を幇助するのが一番労力もリスクも低い。今後は強盗団として生きることを選択する可能性が高いと見ているが、さてどうだろう?
今一対一で戦っているエールデさんとタイランテス双方の体力が消耗し、妨害の隙が出来た時に行動を起こすと予想している。
もしここでどちらに対しても妨害が起こらなかった場合、その時には既にアルトレリアから逃走している可能性が高い。いずれにせよ妨害の可能性があるからには早く見つけないと。
思えば、先に魔力マーキングしておけば居場所の特定は容易だった……
それとエールデさんがカーデュアル監視に選んだ守護志士のことも把握しておくんだった。そうすれば監視対象を見つけるのもそれほど難しいことではなかったはずなのに……
とりあえず麦畑へ向かおう。エールデさんを妨害するにしても近付かなければどうしようもできないはずだ。
◇
麦畑に来た。
予想した通り第二壁の上からなら、エールデさんとタイランテスの戦いが見られるらしく、守護志士の大勢が第二壁の上に登って観戦していた。中にはお祭り騒ぎな者も居る。
深夜にも関わらず、エールデさんたちが上空から明るく照らされている。その光を作り出しているのは恐らく馬車で連れて来ている光要員の妖精たちだろう。スポットライトのように二人を照らしていて、まるでプロレスの試合でも見ているかのようである。 (妖精と光要員については第382話参照)
エールデさんの部下たちが暢気に観戦していられるのも、この一対一がエールデさんに圧倒的優勢で進んでいるためだ。この優勢はちょっとやそっとでは覆らない、それほどまでに圧倒的な実力差があった。
この守護志士たちの中にカーデュアルが居ないかと一通り探してみたものの、どうやらこの中には居ないようだ。魔力感知でも彼らしき魔力は感じられなかった。
そんな中、一足先に麦畑に来ていたフリアマギアさんに声をかけられた。
「あ、アルトラ殿、帰って来たんですね! お疲れ様です。上手い具合に頭目を転送できたみたいですね」
「はい、何とか。それで……カーデュアルは見ましたか?」
「いえ、私が麦畑に来た時にはもう居ませんでした。私も探してたところなんですけど……」
「フリアマギアさんの考えとしては、カーデュアルはこの後どう出ると思いますか?」
「すみません、私は本来彼とは管轄が違うので今回初めて組んだんです。ですので人となりはよく分かりません。エールデさんから種族が主に雷を戦術とする竜人ということくらいは聞いてますが私が持つ情報はその程度です」
「そ、そうなんですか……」
エールデさんの部下、雷使い多いな。たまたまだろうか?
「ただ、先ほどカーデュアルさんは正門前で捕縛作業をしていましたし、幹部が捕まったことは彼自身も知っているはずです。つまり、幹部らが自供すれば自身の悪事も白日の下に曝されます。沢山の悪事に手を染めていれば守護志士へ戻ることなど到底できませんし、守護志士という職は捨ててエールデさんの妨害をし、強盗団へ身を堕とすか、もしくはこのまま黙ってどこかへ姿をくらますのではないかと考えられます」
「口封じという線は?」
「口封じ? 幹部のですか? それは難しいでしょう。カーデュアルさんがどの程度の実力をお持ちかは知りませんが、守護志士たちが強盗団員たちを見張ってますし、竜人程度の能力ではそれらの目を掻い潜って幹部だけ殺すってのはちょっと考え辛いです。ただ、連行中に手薄になることもありますし、幹部連中もすぐには口を割らないと思いますから、カーデュアルさんがまだ秘密を漏らしていないと判断したなら、樹の国への護送中に秘密裏に逃がす工作をする可能性はありますね。殺害ですと“死体”という証拠が残りますからそれなら逃がした方がローリスクですので」
あ、そうか口封じしなくても逃がす判断もあり得るのか。
これならしれっと守護志士に戻ることも可能だ。
これによって第四の選択肢、『エールデさんを妨害しつつ、幹部を逃がして、自分は守護志士に戻る』って選択肢が出現したわけか。
もっとも……私たちが裏切りの証拠を握っているから、それは百パーセント有り得ないわけだが。
私が思いつかなかったこと以外は、ほぼ私と同意見かな。
守護志士に戻れる選択肢が出現したってことは、『エールデさんの妨害をする』確率が一気に上がったということになる。そのことを念頭に探した方が良いな。
探しても見つからず、既に姿をくらましてるなら妨害は起こらないということになるから、それはそれで良し。
しかし……その性格から動向がある程度搾れるかと思ったが、フリアマギアさんは全く関わりが無いのか……ってことは見当も付けられないわけだ。
一旦カイベルに助言を貰いに行くか?
いや、その前に魔力感知範囲を引き上げてみよう。近くに潜伏していれば引っかかるかもしれない。
「エールデさんの妨害をするなら近くに居るかもしれませんし、魔力感知範囲を広げてみます」
感知範囲を広げると、ここから二キロほど離れた森に一つ、そこから少し離れたところに三つのヒトのものらしき魔力反応がある。
「何か気になる反応が?」
「四人……ここから離れたところに居ますね。この一人だけ離れたところに居るのがカーデュアル……かな? 他三人はエールデさんが付けておくって言ってた監視者でしょうか? 二キロくらい離れた森に魔力反応があるんですけど、あんなところに何か用があると思いますか?」
「分かりません……が、潜伏するには森は打ってつけですよね。森からエールデさんたちとの距離は一キロくらいでしょうか? 竜人ほどの腕力があるのならそこから投擲などでの妨害することは可能かもしれません」
「なぜ身を隠してると思います?」
「不意打ちするため、もしくは特定の誰かに自分の存在を知られないため、でしょうか。エールデさんを妨害しつつも守護志士に戻るつもりであるなら身を隠して暗躍するのは当然ですよね。自身がやっていることが守護志士たちにバレれば戻ることはできませんし」
その時、四人が近寄り、その中の一人の魔力が増大。
一瞬で他三人の魔力反応が消えた。
「!?」
「どうかしましたか? 驚いたような表情をして……」
「突然魔力反応が三つ消えました! 殺された!?」
「え!?」
何かが起こった! 早々にこの場所を見に行かなければ!
「三人の魔力が消えたポイントに行ってみます!」
「私も連れて行ってください! 何かお役に立てるかもしれません!」
◇
【ゲート】で森へ移動。
「酷い……」
三人の魔力反応が消えた場所に来ると、黒焦げになった三人の遺体。判別付かないくらい焼け焦げているが、恐らく監視役にされた守護志士の三人。
「黒焦げですね……これをやったのがカーデュアルさんでしょうか?」
「分かりませんが……もう一人この近くに居るはずです」
「ちょっと見させてもらいます。傷の具合から何か掴めるかもしれません」
遺体を調べ始めた。
『同僚が殺されてるのに随分落ち着いてるな』とも思ったが、軍に居るとこんなことは日常なのかもしれない。それにエールデ隊とは面識も薄いという話だし。
その時、フリアマギアさんの一言で状況が一変する。
「いや、アルトラ殿! この方々まだ生きてます!」
「えっ!? 本当ですか!?」
「回復魔法をお願いします!」
急いで全員に【自己再生魔法】を施す。
「彼らを強制転移で守護志士たちのところへ送ってください! 私も同行して治療に当たります! あ、それから彼らの傷ですが、電気が流れた焼け跡みたいです。やはりこの先に居るのは……カーデュアルさんと考えられます。気を付けてください」
「はい、ではそちらはお任せします」
【強制転移】で三人をフリアマギアさん共々、守護志士たちの下へ送った。
運が良ければ生を拾えるかもしれない。
そして“一人だけ離れたところに居る”魔力反応の元へ辿り着くと……
そこには黄色の体色を持つ竜人が居た。
「……あれがカーデュアルの真の姿? そこに倒れていた三人を黒焦げにした時に変身したのか? でも何でまだ竜人形態を維持してるんだ?」
彼の目線の先には、エールデさんとタイランテスが戦っている姿。現在はエールデさんのマウントポジションにより圧倒的優勢、上からタコ殴りされてる状態。タイランテスは防戦一方だ。
誰かが援護などしなくても、もはやエールデさんの勝利は揺るぎないだろう。
そう思っていたところ、カーデュアルが何か黒い筒のようなものを用意し、投擲の準備をするように構えた。
「あの角度って……」
明らかにタイランテスではなく、エールデさんを狙っている角度だ!
「やっぱりエールデさんを妨害してタイランテスを逃がすつもりだ!」
そして投げ付けるモーションに入った。と同時に、カーデュアルの身体から雷エネルギーが迸る!
まさかこれって、レールガンと同じ電気エネルギーで超加速する方法?
そんなもの投げ付けられたら、いかにタフな巨人族とは言え、貫通して穴が開く!
何としても妨害しないと!
「 カ ー デ ュ ア ル ! ! ! 」
咄嗟に風魔法で拡声し、叫んで妨害しようと試みる。
が、手に持っていた黒い筒は投げられてしまった……
「くそっ! 妨害できなかった!!」
カーデュアルは大声にビックリしたのか軌道が少し反れたようだが、それでも投げ付けたソレは物凄いスピードでエールデさんに向けて飛んで行く!
「チッ! また貴女ですか……あちこち嗅ぎ回って、全く嫌な女ですね……ですがもう遅い、投げ付けた鉄骨はエールデの頭を吹き飛ばします。貴女に見つかってしまったからには守護志士に戻ることはできなくなったわけですが……まああそこには大した執着もありませんし、強盗団に所属していた方が性に合っているようです。エールデを一人減らせたと考えて退散します。ではごきげんよう」
カーデュアルが去り際に何か言っていたようだが、そんなことは構っていられない!
しかし、今から【ゲート】でエールデさんのところに飛んでも多分間に合わない……
「そうだ! 通信魔道具!」
通信シールに魔力を流して叫んだ。
「 エ ー ル デ さ ん ! ! ! 避 け て っ ! ! ! 」
あの速度ではもう遅いかもしれないが、何とかこの大声で体勢が変わってくれれば避けられるかもしれない。
果たしてエールデの運命やいかに!?
次回は2月3日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第533話【エールデvsタイランテス】
次話は来週の月曜日投稿予定です。




