第52話 我が家の増設
避難所の食堂を覗いてみると……
既に多数のヒトでごった返している。
「………………これはダメそうね……」
嫌な予感は的中。
雨のタイミングで沢山のヒトたちが食堂になだれ込んできたらしく、厨房のヒトたち大わらわ。
ハンバームちゃん、わざわざ断りに出てきてくれた。
「申し訳ありません、今日は雨が降ってきてしまって、みなさん作業を中断して食堂で雨宿りされているので……料理をお出しできるのが大分後になってしまいますが……」
「え~と、どれくらいかかりそう?」
「今日は沢山いらっしゃいますので、一時間半から二時間くらいでしょうか」
これ、フレアハルトが聞いたらどういう反応をするだろう? 怒られそうだ……
でもヒトが沢山いる以上仕方が無い。フレアハルトへ報告に行く。
◇
「……ってわけだけどフレハルどうする?」
「二時間……と言うとどの程度だ?」
「え~と……あの一から十二までの数字が書いてある板があるじゃない?」
と食堂の天井付近を指さす。そこには時計が設置してある。
この時計は、私が今後村に必要になると考えてオルシンジテンにお願いして、その作り方をこの村の技術者に教えて作ってもらったもの。避難所内にのみ四つ設置してある。
私が構造を理解し切れてなくて教え方が悪かったのか、技術者の腕がまだ未熟なのか、一日経つと数分程度の遅れが出るため、毎朝食堂が始まる時間に時間調整をしてくれている。
ちなみに動力は魔力。まだこの地には電池が無いため創成魔法で電池のような入れ物を作り、そこに雷属性の魔力を溜めて動くようにしている。
そのため、本物の電池が作れるようになり次第、この疑似電池は撤去する予定。流石にこんな不可思議な物体をそのまま置いておくわけにはいかないし。
「それがどうした?」
「まあ、最後まで聞きなさいって。あれのことを『時計』って言うんだけど、その中に長い針と短い針と細い針があるでしょ?」
「ああ、あれか」
「二時間はあの長い針が二周するくらいの時間よ」
「二周か、すぐではないのか?」
「じゃあ待っててみる?」
「そうしよう」
……
…………
………………
一分経過。
ようやく針が一分分動いたのを見て、フレアハルトの態度に少し異変が見られる。一分動くのにも秒針が一周しなければ動かないと分かったためか、イラつき始めたようだ。
……
…………
………………
二分経過。
「ぐぬぬ……」
もうかなりイライラしている。
「何だあの針は! 全然進まぬではないか!! 細い針の方ではダメなのか!?」
「それだと二分しか経たないから……」
「では、あれが後何回動けば二時間なのだ!?」
「あと百十八回かな」
「百十八回!? 二時間など待っていられん! 我はすぐに食べたいのだ!!」
「フレハル様落ち着いて……」
待てた時間は二分か……まあ初めて時計を見たのならそんなもんだろ。
「ごめんねぇ……順番を守らなきゃ秩序が保てないから。予約しておけば別なんだけど」
「では明日のこの時間に予約しておけ!」
案の定怒られた……よほど楽しみにしてたんだな……
じゃあ明日の予約を入れておくか。
「ハンバームちゃんのと比べれば大分グレードダウンしちゃうんだけど、私の手料理で良ければ用意できるけど……」
「………………ちゃんと美味いのであろうな?」
「まあ……自炊してたくらいには……」
両親早くに亡くなってるし、ずっと一人暮らしだったから少しくらいは料理をしてきた。まあ六、七割がコンビニ弁当だったのは否めないけど……ハンバーグぐらいなら作れる。あれも肉だし、肉好き野菜嫌いのこの男には問題無いだろう。
ただ……問題があるとすれば、まだ小麦粉や卵の繋ぎが無い。タマネギも無い。ただただ肉をミンチにして焼くだけになってしまうけど……
あ、そうだハンバームちゃんに昨日ステーキにかかってたタレを分けてもらおう。あれがあるのと無いのでは料理に雲泥の差が出る。ハンバームちゃんの力にあやかろう。
と言うわけでちょっと分けてもらいに行ってこよう。
「ちょっと待ってて」
◇
「お待たせ。じゃあ、我が家へ招待するよ」
ハッ! ゼロ距離ドアを使って我が家に行くと必然的に犬小屋の前を通る!
絶対あの質問が来るはずだ! 毎回初訪問客に説明するのが面倒だしゲートで直接我が家へ行こう。
「じゃ、じゃあ我が家へ行こうか」
「アルトラ、お主この村の領主なのに【ゲート】で帰るのか? ここから歩いて帰れば良いのではないか?」
とんでもない……ここから歩いて帰ったら私の足で十二時間かかるよ……
我が家からだとこの集落より、むしろあなたたちの棲む山の方が近いから。
そういうわけで【ゲート】で我が家へ。
しかし、この作戦も初訪問客にはダメでした……
「アルトラ様、あちらはお隣様の家ですか?」
「あっちの家の方がでかいな。お主の家よりでかい家に住んでいる者がいるって、お主本当にここの領主か?」
やっぱりツッコミが入ってしまったか……
「いえ、あっちは犬小屋です」
「犬? 犬とは何だ?」
「フレハル様、赤い狼に似た生物です。この辺りにはいません」
「アリサ、お前は見たことがあるのか?」
「はい、何度か。隣の国にはいますよ」
「それで、その犬は貴様の飼ってる犬か? 主人の方が小さい家に住むなどおかしいではないか!?」
「まあ、うちの犬はあなたたちみたいに小さく変身したりとか出来ないから……大きく作らざるを得なかったってわけよ」
「それほどの巨大な犬とは一体どんな犬なのだ?」
「あなたたちより少しだけ小さい犬よ、首が三つある」
「ケルベロスか! あれが犬というものなのか! 強力な魔物だと思ってたが、まさか亜人に飼われているとはな」
まあ、大分骨抜きにしたけどね。
三つ全部の首が眠ることはないって伝説だったけど今では夜は犬小屋内で爆睡だし、超高温に耐えられる身体は普通の気温に下がったら寒さに震えてるし、何でも溶かすトリカブトが発生した伝説のある唾液はもはや無害化しているし、噛みつき攻撃は地獄の門をくぐらなければやらないし。
躾けされている範囲で言えば、完全なる無害。
もし有事の際があったら、敵対者に対抗できるかどうかもわからないくらい骨抜きにしてしまった気がする。
「しかしあれが隣国に居るのか? 物騒だな」
「いや、多分ケルベロスだけが特殊なだけで、普通の犬はもっとずっと小さいよ。さあ我が家に着いた」
とは言え、この家に客間などない。あるのは玄関、寝室兼リビングとキッチン、トイレだけだ。
仕方ないから客間を増設するか。
土魔法と樹魔法で寝室兼リビングの奥に部屋を一つ作った。
「おぉ!?」
私の 寝室兼リビングは奥に作った部屋へ移動しよう。
元々の寝室兼リビングは、キッチンと直結してるし、客間兼ダイニングにでも変更するか。
次にテーブルと椅子四脚を樹魔法で作る。
「わぁ!」
「凄い早さの土魔法と樹魔法ですね!」
「これもうお主が全部一人でやれば良いのではないか? 一瞬で建物の大きさを変えて、テーブルと椅子を設えるなど並大抵の魔力では出来ぬことだぞ?」
「そうすると、もし私がいなくなった場合……例えば不慮の事故や病気で死んだりした場合、何にも出来ない人たちだけで溢れてしまうでしょ? 集落の人たちには生活するための技術を付けてもらわないと。あとあらゆることを私一人でやろうとすると、流石に魔力が持たないよ」
「我のブレスで死ななかったのに、お主が不慮の事故で死ぬところが想像できないのだが……」
最近の私は自分のテリトリー (地獄の門前広場)だけは、存分に魔法を使おうと思っている。
尤も集落の発展状況を見て考慮しているから、突然豪華絢爛な屋敷が出現するなんてことは無い。それに、家の構造を理解していない私がそんな大きな家を作ったら、多分数日も経たずに重みで潰れるからどちらにしても作れない。
今の発展状況なら部屋一つ増えて、テーブルと椅子が増えるくらいなら問題無いだろう。
毎朝ケルベロスと戯れに来てる子がいるから、いきなり家の形状が変わっててビックリするかもしれないけど。




