第511話 ジャイアントアント騒動後処理
朝、『ゼロ距離ドア』を通過すると、フリアマギアさんが熱心にドアの研究をしている最中だった。
「あ、フリアマギアさんお帰りなさい」
ジャイアントアントの戦後処理のために、しばらくアルトレリアで見かけなかった。
「お、アルトラ殿、おはようございます」
あれ? いつも傍に控えている側近の一人が居ないな。
「パトリックさんはどうしたんですか?」
「ああ、彼には今重要な任務を申し付けています」
ジャイアントアントの後処理の何かだろうか?
「それにしても、戻ってくるまでに大分かかりましたね」
「今回のジャイアントアントはこれまでと違って特殊なことだらけでしたので、頻繁に風の国と樹の国を行き来していて、レポートの作成に時間がかかりました。我々の戦った『マキシマムハードネス (銀色アリのこと)』のことを報告し、今回の関係四大国 (※)で共有しました」
(※四大国:発生当事国の風の国、救援した隣国・雷の国、樹の国、最後の最後で女王が関わることになってしまった水の国の四大国のこと)
『マキシマムハードネス』……え~と、『デュプリケート』ってアリが言ってた特殊個体のうちの一体だったな。
確か……名前からしてめちゃくちゃ硬いアリのことだったと思う。 (アリたちの名前については第478話参照)
「また、今後アリが現れた火の国と土の国、今後のことを考えて氷の国も交えた会議を行うことになりそうです」
あまりにも特殊ケースだったから、七大国全体で共有しようってことになりそうなわけね。
「アルトラルサンズにも現れたと聞いていますので、対処に当たったカイベルさんやルルヤさん、リースさんにもご出席願うかもしれません」 (第476話から第477話参照)
そういえば我が国でも南の海岸に大群で上陸したって、カイベルから聞いてたんだっけ。
南西の海岸と南の海岸では『レッドドラゴン無双』だったと嬉しそうにルルヤとリースが語っていた。
「じゃあそう伝えておきます。報告書と言えば、アルトレリアにも風の国からレポーターが訪れてましたよ。赤アリと対峙した者が二人しかいないので、フレアハルトのところにインタビューに来てましたね。フレイムハルトさんを呼び付けて、二人でその時の様子を話したみたいです」
私も客将扱いだったため、直接のレポート提出は求められなかったが、女帝蟻との戦闘の様子を入院中にあれこれ聞かれた。カイベルが同席していたので、私だけが知ること以外はほとんど彼女の口から説明してくれたが。
余談だが、カイベルから空間魔法を使う『ディメンショナルオーバー』なる漆黒のアリの存在 (第476話から第477話参照)を聞いている。確かデュプリケートも口にしていた名前だったな。
しかしコイツの存在はどの国にも知られておらず、カイベルが単独で撃破したため、カイベル以外は誰も接敵していない。
“発見されていない”ことになっているはずなのでコイツの存在が明るみになることは無さそうだ。
「ああ、赤アリと言うと『ブレイズタイラント』のことですね? そっちも大変だったみたいですね。一時期フレアハルト殿が行方不明になられたとかで大騒ぎだったようで」
「ええ……まあ……無事に帰って来たのは良かったですけど……本当に心配しましたよ……で、そのアリの名前を四大国で共有されたってことは、それが公式になったんですか?」
「そうですね。今では銀色アリ、赤アリなどと言わずにデュプリケートとかいうアリが話していた名前が公式として会話に混ざるようになりました。ただ、名前が公式化した時に気付かなかったことに気付いて、少々不安要素が出て来まして……――」
珍しく少し表情が曇った。
「――これはそのデュプリケートと戦ったアスタロト殿、ティナリス殿、ロックス殿から聞いたアリの名前なんですが、どうしても一匹見つからない個体がいるんですよね……」
「見つからない個体? それも特殊個体ってことですか?」
「私はそう考えてます。お三方の話によると“移動の要となる『ディメンショナルオーバー』”とか言うのがデュプリケートの口から発せられたらしいんですけど……コイツだけどんな能力のどんなアリなのか特定できなくて……私たちは遭遇してませんし、関わった三大国の兵士たちにも聞き込み調査しましたがそれらしいヤツが見つからないんですよ。名付けの傾向と“移動の要”と語っていたことを考えると『ディメンショナル』の部分が、空間魔法を思わせる名前なんで、空間魔法使いなんじゃないかと思うのですが……」
あ! コイツ! 今まさに私が考えていたヤツ! カイベルが言ってたヤツじゃないか!
四大国の間では既に存在が明るみになってたのか!
「万が一空間魔法を使う特殊アリを撃ち漏らしていたとなると、今後また惨事を引き起こす種になるのではないかと、みな不安がっています。とは言え、どういった姿をしたアリなのか、どこへ行ったのか皆目見当も付かず、更には巨大アリのような生物の目撃情報も無いため困っています」
どどど、どうしよう! どうやって誤魔化そう!?
カイベルが空間魔法を使えるのを知ってるのは私とレヴィとアスモの三人だけで、二人には口止めしておいたから、カイベルが暗躍して倒していたなんて言えないし!
ここは私が倒したことにしておくか? それが一番誤魔化しが利きそうだ。
「そ、そのアリ、多分私が倒したヤツじゃないかと……空間魔法使うヤツが一体いました」
「え!? 本当ですか!? どうやって倒したんですか?」
「同じ空間魔法使いでしたので、追いかけて、追い詰めて倒しました」
具体的にどう倒したかまでは伏せる。
「死骸はどうしましたか?」
「そ、その時は必要と考えなかったのでそのまま放置したんですけど……」
「どこで倒したんですか?」
「巣穴……ああ、いやいや! ボ、風の国首都の谷底の生い茂った草を処理する前に遭遇したので、みんなに危険が及ぶ前に対処したんですけど」
あぶねぇ……本当のこと言うところだった……
「なるほど、ジャイアントアントと対峙するのに不利になりそうだからと草を刈ったという話は聞いています。だから誰に聞いても遭遇した者が居なかったんですね!」
「そ、そうみたいですね……」
自分の功績ではないからちょっと心苦しいが、そういうことにしておく。
「死骸はまだそこに残ってますかね?」
「もしかしたら雨になった時に沈んだり、流されてしまった可能性もありますけど……」
ということにしておく。カイベルが巣穴で倒したとは言えないからね……
「そういえばボレアース崖下は、雨になると川になってしまうんでしたね。もし倒した場所に残ってたら持って来てもらえるとありがたいんですけど……災害クラスの特殊個体の生存疑惑があると今後に不安の種を残しますから、確実に死んでいることを確認しておきたいです」
『私が倒した』って言えば、そりゃ『死骸持って来て』って話になるわな……後でカイベルに頼んで持って来てもらうか。
「雨で沈んだりしてなければ良いんですけど……」
「一部分だけでも見つけて持って来ていただけると女帝蟻との親子関係、働きアリ・兵隊アリとの相違性を証明できるので……出来得る限り見つけ出す方向でお願いします」
「わ、分かりました。見つけられれば持ってきます」
くそっ! デュプリケートのヤツ! 余計な名前出したから回収しに行かないといけなくなったじゃないの!
もう三週間以上経ってるけど、まだ残ってるよね? 倒したのは巣穴だって言ってたし、土の中だからもしかしたらもう別の生物が“綺麗にしちゃてる”かも?
巣穴に居た働きアリも卵も全滅させたって言ってたから、“綺麗にされてる”可能性は割と低そうだ。残ってると良いんだけど……
「ところで、女帝蟻には名前が付いたんですか?」
「はい、デュプリケートたちの名付け方にちなんで『エンプレスジャイアント』に決まりました。ただの『エンプレス』でも通じます」
エンプレスジャイアント……そのまま『巨大な女帝』って意味だな……安易。
まあ、アリたちの間で元々そういう名付け方だったか。
「なるほど……それで女帝蟻の死骸については何か聞いてますか?」
「さあ? 他国のことですので私には分かりかねますね。見せてもらいはしましたが、あまりにダメージが大きくて、消し炭のような見た目でしたよ」
そりゃ魔王回帰した魔王二人の極大魔法と、最後の最期に私の火魔法喰らってるからな……原型保ってるだけでも凄いし。
「多分研究材料として研究機関に送られたのではないかと。ボロボロで真っ黒でしたので恐らく前回の三大凶虫騒動のデスキラービーの女帝蜂のようにオークションに出品されるとかは無いと思います」
「け、研究機関に送られたんですか!?」
……まずいなぁ……『暴食』の宿主だったし、死骸調べられたら魔王であった痕跡が出てくるんじゃないだろうか……?
『暴食』手放した私ですら、二十八年もの長い間魔力保持してたわけだし痕跡が出る可能性は高い。
魔力紋を調べられたらまずいから、何とか書き換えを行いたいところだ……彼女には“魔王ではなく、特殊進化個体”として死んでてもらいたい。
死骸になってる (=生物ではなくなってる)から多分創成魔法で書き換えも可能だろうし。
いや、魔力の痕跡調べるにも魔力紋はまだ実用化されてないから、現状で唯一魔力紋を調べられる第一人者がアルトレリアに居る限りはまだ安心か。
でも一応保険をかけておこう。
「フリアマギアさん、風の国から呼ばれたりしてます?」
「いいえ? なぜ私が風の国から?」
「いえ、女帝蟻の死骸を調べるのにお声がかかってるかなと思いまして」
「ありませんが……声がかかってたら何かあるんですか?」
「私も見に行きたいな~……なんて……」
「…………今しがた言いましたが、焼けて真っ黒の虫の死骸ですし、研究者以外が見てもあまり面白いものじゃないと思いますよ? 大きさも働きアリほど大きくはありませんでしたし」
ちょっと訝しんでるな……『何で一般人があんなもの見たいんだ?』って顔してる。
「働きアリより小さい? 女帝蟻って働きアリより大きいんじゃないんですか?」
「生きてるのは一.五倍くらいの大きさがあるそうですけど、焼け焦げて縮んでしまったようですね。私が見た時にはかなり小さいように思いましたよ」
水分とか全部蒸発してカラッカラになってしまったってことだろうか?
「それでも、アレにトドメを刺したのは私なので、処分される前に一度きちんと見て、冥福を祈ってあげたいんです」
ちょっと苦しい言い分だが……
「水と雷の女王陛下お二人と共に女帝蟻と戦ったとは聞き及んでいましたが、黒焦げにしたのはアルトラ殿だったんですね」
「ま、まああの時は必死だったので……こちらも生きるか死ぬかの瀬戸際でしたし」
実際、最後の最後で殺されかけたから必死の抵抗の結果だからね…… (第489話参照)
「もうちょっと原型が残ってれば色々と調べられたかもしれないですけどね」
え? じゃあ黒焦げになりすぎてて『暴食』の痕跡すら分からなかったりするのかな……? もしそうなら一安心なんだけど。
「しかし、冥福を祈りたいんですか? 害虫ですよ?」
「そ、そうなんですが……しゃべって、一応とは言え会話が成立していたので、ただの害虫とは思えなくて……」
考え方は全く相容れなかったが……
「はぁ、じゃあもしお声がかかったら教えますよ」
「お願いしますね!」
「それと、『ディメンショナルオーバー』のことも忘れずに」
「あ、そうでしたね。了解!」
ちょっと疑ったような表情で見られたが、今回は何とか勘繰られることなく済んだ。
今回はずっと死骸の話してますね……(^^;
次回は回収に向かいます。
次回は10月7日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第512話【アバミニオンの捕獲と漆黒アリの死骸回収】
次話は来週の月曜日投稿予定です。




