第508話 畑が集団で……
「アルトラ様! 大変なんです!」
メイフィーが久しぶりに我が家を訪れた。
「あれ? 珍しいね。最近は畑も増えたから害獣対策もみんなで協力してやってるって聞いたけど?」
各国大使就任をきっかけに、メイフィー、ニートス、R・G・Bたちが使っていたサッカーコート二面分くらいある畑は国の管理下に置かれることになった。
というのも、この畑だけ私が作った魔道具によるゴーレムが設置されていたり、『一進五退装置』が設置されていたりする“特別な畑”だからである。
ここで作られたものは、諸外国への贈答用の加工や外交官を呼んでのパーティーなどの食材用として栽培されるようになった。この畑で採れたものは最高級品として指定される。
なお、現在はこの畑周辺が機密情報扱いで、他国のヒトは入れない区画となっている。色々と他国に知られると都合の悪いモノが多いため。
特に『一進五退装置』を知られるのがまずい。
空間魔法系の魔道具は世の中に無いはずなのに『ゼロ距離ドア』が古代遺跡から発掘された体で各国に知られてしまっており、事実上これが魔界の空間魔法系の魔道具の第一号となっている。
そこに『一進五退装置』が見つかったら、世の中に無いはずだった空間魔法系の魔道具が二種類に増えてしまう。これまでもが発掘によるものと知られたら、次の七大国会談で呼び出されて、今度こそ深く追求されるのは必至だろう。
もう一つ理由があり、通貨制度開始に伴って農業を始める者が多かったため、この“特別な畑”に対する不満は少なくなく、どう不満を解決しようか考えあぐねていたところに外国との交流する機会が訪れてしまったため、『いっそ国の管理にして国家機密として隠してしまおう』ということになり、国指定の畑と相成った。
「それで、何があったの? まさか今この時になってガルムってことはないでしょ?」
「今回はガルムではなくて……もしかしたらもっと厄介な……」
「えっ!? ガルムでも苦労したのにもっと厄介!?」
「冬が終わった後、暖かくなってから虫が多くなってきたのはご存じですよね?」
「うん、まあ」
灼熱の土地だった頃はほとんど見なかった虫だが、一度冬が訪れ、その次に春が訪れた後から徐々に多くなる傾向にあるのは知っていた。
それはまあ生命が多くなって喜ばしいことなのだろうけど、私たちヒト種族にとっては、作物を食い荒らされたり、花や木を喰われたり厄介事も多い。
「とりあえず国管理の畑まで来てもらえますか? 一目見てもらえればなぜ私がここに来たのかわかると思います」
一目で分かる?
◇
【ゲート】で町の外壁の外まで移動。
畑に行く前に“その異変”は感じ取れた。
「何か、凄く虫多くない? 異様なんだけど……」
「はい……ですが、驚くのはこれからです」
畑に来てみると――
まだ近付いてないのに、遠目に見ても既に異様な光景なのが分かる……何だあの黒い塊は……
「な、何なのアレ?」
「近付いてみると分かります」
近付いて行けば行くほど黒い塊は、実は緑の塊だったことが判明する。
サッカーコート二面分の畑は、それを囲むように巨大な縦長の直方体の形 (※)に緑色の何かが大量に集まって蠢いている。
(※キューボイド:直方体の英語読み。ちなみに有名な『キューブ』は立方体の英語読み)
「ゲッ……! これ全部虫!?」
メイフィーの言うように近付いてみたらその正体が判明した。集まってるヤツ全部が全部虫だ!!
「キモッ!! なにあれ!? どういうこと!? なんでこんな状態に!?」
「二、三日前から畑周辺に増え始めたので、あの虫の死骸を『一進五退装置』の中に入れて、畑に入れないようにしたところ、今朝には緑色の塊に……」
『一進五退装置』――
この装置は、旧トロル村時代から、今は“特別な畑”となってしまったこの場所に設えられた私お手製の魔道具。
指定された特定の生物に限り空間魔法の瞬間移動能力により、装置で作られた結界の中に入ったものを五歩ほど後ろに瞬間移動させるという効果がある。
つまり、指定された生物は外部からこの“特別な畑”の中へ侵入することができなくなる装置。 (『一進五退装置』の性能について詳しくは第165話参照)
そのため、畑の周りに集まった無数の虫たちが『一進五退装置』の効果により畑の結界内に入っては、後ろへ戻るという瞬間移動を繰り返している。
それらが大量に集まってるから遠くからは畑に張られた結界に沿って真っ黒い直方体に見えたらしい……
しかも虫はここに大量に集まっているのみならず、この畑以外のところにも大量に居る! 別の畑の作物や草原をも食い荒らしている……
結界と畑の外との際には大量の虫の死骸……
ガルムほど頭が良くないから、入れなかったから別のところへ行こうっていう頭が無いのか?
ここの作物が他より美味しいのが分かっているのか、絶対に入れなくても何とか入ろうと侵入を繰り返しているみたいだ。
近付いてよく見ると、緑色の虫ばかりってわけではなさそう。青とか赤とか茶色とか黒っぽいのもいるけど、遠くから見ると色が混ざってしまって真っ黒に見えたんだ。葉っぱや作物を食い荒らすことで有名なバッタやイナゴに近い種類が多い。
「あの虫で覆われた長四角の中ってまだ誰か居る?」
結界の上の方は虫の集まりもまばらだが、下の方は虫が集まり過ぎてほぼ見えない。
空へ飛んで下を見れば見えるかもしれないが、聞いた方が早い。
「声をかけてみたところ、ニートスさん他、何人かが農作業しているみたいです。私より早く畑に来てて、作業中にあの状態になってしまったようで出るに出られないみたいですけど、あの結界の中なら虫が入って来ないのでそのまま農作業を続けると言ってました」
あの虫の塊の中で作業できるって、相当神経図太いんだが……
「一人意を決して、中から無理矢理出てきたヒトがいますけど、出る時に全身虫に集られて悲鳴を上げてましたね」
そ、それは物理的なダメージが無い私でも悲鳴を上げるかも……精神的には大ダメージを受けそうだ……
「食い付かれたりとか大丈夫だった?」
「ただ張り付いただけだったので、払っただけで取れましたよ」
ホラー系の映画とかでは、肉を食いちぎる虫とか存在するからな……何も無くて良かった。
「それで、何か対処法はありますかね?」
「冬が訪れれば虫もどこかへ移動すると思うけど……」
今は十月下旬。気温的には多少肌寒さを感じるようになってきた気温だ。
この様子からすると今年もまた冬が訪れるのは間違い無さそう。
「冬って……いつ訪れるんですか?」
「もう肌寒くなってきたでしょ? あと一ヶ月もすれば冬よ」
「一ヶ月もあったら作物どころか草原まで丸裸ですよ、きっと! それに中のヒトたちが餓死しちゃいますよ!」
「だよね~……」
自分で言っておいてだがお客様がお帰りになるまでなんて待っていられない!
このまま一ヶ月も居座られたら食糧難になってしまうわ!
「お、『汚物は消毒だー』でもする?」
「何ですかそれ?」
「私の故郷でたまに聞かれる言葉なんだけど、汚いものを火炎放射で燃やすことを言う」
「作物も中のヒトも燃えちゃいますって……アルトラ様の故郷って、虫に対して随分物騒な対応を取るんですね」
私の故郷に対して、大いなる誤解が生まれてしまった……ホントは漫画のセリフなのよぉー!
それにしても――
「くっそぉぉ……獣の対応終わったと思ったら、今度は虫かあぁぁ!?」
「ア、アルトラ様……だ、大丈夫ですか?」
「虫に対して怒りをぶつけただけだからちゃんと冷静よ。で、何でこんな急に増えたの!?」
「大地が冷えたからじゃないですか?」
「それだけじゃないでしょ? 以前はこんなに大量に来なかったじゃない……」
緑色の直方体の近くに居ると虫に引っ付かれるため、大分離れたところで話していたところ後ろから声が聞こえた。
「メイフィーさん! アルトラ様ーー!!」
振り返るとR・G・Bが走って来るのが見える。アールシアが何か手に持ってる。
「あの虫の大量発生の原因がわかりました!」
「ホント!? どうなってるの!?」
「行商のヒトから別の国の新聞を貰いました!」
アールシアから新聞を渡され、件の記事を読んでみると――
「えーと、なになに? 『火の国で続いていた虫の大量発生! 最近になって大移動開始! 作物を食い荒らすアバミニオン軍団』」
アバミニオン? 聞き慣れない言葉だな。
日付は……一週間前の記事か。
それにしても火の国の蝗害ってまだ続いてたのね…… (第228話参照)
「これどこの新聞記事? ……ペッ!」
新聞を広げていると、頻繁に虫が新聞の上に乗っかってくる。
口の中にまで飛び込んできた!
ああー、邪魔だな!
「ここじゃちょっと話しにくいから、町の方へ移動しようか……建物内に入ろう」
外では新聞も落ち着いて見られないわ……
◇
町中へ移動し、ちょっと見回しただけでも虫がいっぱい。
「畑だけじゃなく、町中もこんな感じなのか……」
影響は畑だけに留まらないようだ……
街路樹の横を通過する際に、何となく嫌な予感がして立ち止まり、木々の間をよく見てみると……動く集団が……!
ワサワサワサ
「キッッモッッッ!!」
この街路樹、明日明後日くらいには葉っぱが無くなって幹と枝だけになっていそうだ……数日後には枯れてるかもしれないな……
樹木草花に集中しているが、路上にも多数の虫が散見される。
「いつからこんななのっ!?」
我が家のある場所は町と離れてるから気付かなかった。
「さっきも言いましたけど畑が緑色の長四角で覆われていたのは今朝からです。アルトラ様のお宅に伺う少し前に見つけてビックリしてお宅に駆け込みました」
「なるほど……虫が増え始めたのは?」
「多分昨日とか一昨日とかからです。急に増えた気がしますね」
これってどう見ても蝗害よね……
確かアバドンとか言う三大凶虫が災害になる現象があったはず……『アバミニオン』って名前が似てる気がするけど関係あるのかしら?
まさかまたも三大凶虫絡みなのか?
ついこの間、苦労して女帝蟻を駆除したばかりなのに……
そういえば図書館の開館準備帰りに、やけに虫が増えたなとは思ってたんだよね……増え始めたのはあの頃からか……
◇
とりあえず近場のレストランに入ると、席へと通された。
席に着いて横の窓ガラスを見ると、大量の虫が張り付いている。
「う~ん……キモいな……」
バッタやイナゴにそこまで苦手意識無かったけど、大量にいると流石に……
「それでアールシア、これどこの新聞記事?」
「樹の国の商人さんから貰いました」
「特別な畑に大量に集まってるのがアバミニオン軍団ってわけ?」
「そうなんじゃないかなぁって」
続いて、新聞を事細かに読んでいたジーメリーが話し始めた。
「あ、この新聞記事によると、あれには親分がいて、アバドンと言うそうですよ」
ゲッ! やっぱりアバドンか……
遂にアルトレリアにまで来ちゃったか……
この地にも三大厄介な虫が出現してしまったってわけか……
もしかして、アバ親分の子分でアバ子分ってことなのか? 何だかジョークのような名前だな……
「みんなはそのアバドンってのは目撃した? 私が以前見た資料によると、虫が亜人になったような見た目の大きい虫なんだけど。それを退治すればこの現象も解決するかもしれない」
エレアースモの博物館で見たアバドンの剥製の見た目をそのまま話した。 (第271話参照)
「分かりませんよぉ……私たちもこんな虫の大群初めて見ましたし……」
「大きい虫も見てないです……」
「そもそもアバドンがどんな姿してるかも……」
それもそうか……ここにいる全員が全員、この現象を初体験なんだ。
「大きいから一目で分かるんだけど……じゃあまだここには来てないってことなのかな?」
来てないとは言っても、引き連れて来るって話だから、絶対この近くに居るはずなんだけど……
この大量の虫の中、大きいとは言え一匹の虫を探すのは骨が折れそうだ……
いや、待てよ? 私にはカイベルがいるじゃないか! 居場所を特定してもらえば見つけること自体は簡単かも!
問題はどれほどの強さかってことになるけど……
確か……博物館の説明によると、デスキラービーやジャイアントアントのような戦闘力は無かったはず。
「うん、今回は簡単に片付きそうだ」
「「「「えっ! 本当ですか!?」」」」
四人の声がハモった。
「R・G・Bたちのお蔭で原因が判明したからね! さっさと駆除してくるよ!」
『蝗害』ってテレビの映像でくらいしか見たことがありませんが、凄い数ですよね……あの中に居たくはないです。
次回は9月26日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第509話【非常に見つかり難いイナゴの王】
次話は木曜日投稿予定です。




