第502話 ウィンダルシアが来た!
ある朝、マリリアが我が家に報告に来た。
「アルトラ様、お客様です」
「私に? じゃあ登庁するよ」
「いえ、もう連れて来ました」
連れて来るまでが早すぎるな……
もう外国とも繋がったことだし、今後は役所に留め置いてもらうように後で言っておくか。
役所で手続き後、マリリアがここまで送って来たその人物が……
「本日より、アルトレリアでお世話になります!」
「な、何であなたが……?」
風の国で私の下に臨時で就いた参謀ウィンダルシアだった。
「では私は帰りますね。あ、それと役所の方にアルトラ様に伝えてほしいという言伝がいくつかありますので、明日にでも来てください」
「りょ、了解」
マリリアが帰って行ったためウィンダルシアに向き直る。
「それで、何であなたがここに居るの?」
「アスタロト様より、こちらでアルトラ殿の護衛に当たるよう任務を言い渡されました」
何で他国のアスタロトの命令で?
「いやいや、おかしいおかしい! 何で風の国と関係無い私のところにあなたが護衛に来るのよ!」
「その原因は貴女にあります。女帝蟻戦後のあのボロボロの状態を見て、アスタロト閣下は大きなショックを受けたそうです。何せ四肢全てに大怪我を負っておられましたから、不安に感じたのでしょう」
「だ、だからって所属国が違う者同士なのに、あなたが私を護衛っておかしいでしょ!?」
「私のことは外交官の任務の一部とでも思っていただければ……あの方はアルトラ殿を今でも王と考えているようですから」
アスタロト……何なんだ……?
まさか、まだ私を女王にするのを諦めてないのか?
もしくは、まだ私が『暴食』を継承したと疑っていて、監視のために送り込まれたのではないか、そう邪推してしまうんだが……?
でも昨日、魔王の能力を検証する前に来られなくて良かった……カイベル、クリューを伴って【ゲート】でどこかへ行くのはどう考えても不自然だし、護衛を買って出てるなら無人島まで追いかけるくらいのことはしそうだ。
「あ、あなたは今どういう立場なの?」
「風の国の外交官という位置付けで来ております。一応在アルトレリア大使館の所属です」
「で、業務内容は?」
「大使館職員の警護と護衛という名目で来ています。ですが、本来の命令は『アルトラ殿の護衛』です」
「それがおかしいってば!」
「しかし最上位の上司にそう命令されてますので……」
「護衛なんか付けたら動きが制限されるし、今は要らないかなぁ……」
「しかし、貴女は国家元首という立場上、護衛を付けるのが常識だと考えますが?」
確かにそうなのだが……
七大国の王様たちのこと思い返すと、魔王なんて護衛なんかしなくて良いほど強いのに、護衛をきちんと回りに侍らせていた。誰一人として護衛を付けずにここを訪れた魔王・魔王代理は居ない。
いや……最初と二回目にレヴィが来た時だけはお忍びで来てたらしかったな……あの時は一人だった。 (第17話参照)
あの後ルーファスさんに怒られたっぽいけど。
国家元首である以上付けるのが当然のことなのだろうが……
しかし、そんなの付いたら煩わしい!
銃弾だって跳ね返すであろう我が肉体だ、有事でも無いのに護衛は必要とは思えない。
それに……カイベルが常に近くに居るからそれを考慮しても護衛は必要無い。言ってみればカイベルがほぼ私設の護衛官みたいなもんだ。
「だからって他国のあなたが付くのはおかしいと思うけど?」
「なれば、『移住』という形でこちらの所属になってしまえば問題無いことになりますね」
「本気なの!?」
「私はそういう任務を仰せつかっていますので、任務が第一です」
うぅ……アスタロトの私に対する敬愛が重い……ウィンダルシアのクソ真面目さも……
確かに、|他国の元騎士の身分の者もこの町には住んでるから、その理屈だと大丈夫になるかもしれないが……
スパイとかは……多分考えて無いだろう。この堅物がそんなこと考えるとは思えない。
それに……まだ発展途上のこんな町に送ってきたところで、得る物は無いだろうし。
「あなたは来たばかりで分からないだろうけど、この町・アルトレリアで私を護衛しなきゃいけないような危険なことなんて起こらないからね?」
「そうですか。では有事が起こるまで護衛を続けます!」
ダメだこりゃ……
ここまで堅物だと帰らせるのにも骨が折れそうだ……
風の国では真面目ではあったけど、こんな意固地だったっけ?
いや、あの時は私の下に就くよう命令されてたからその役目をこなしていただけか。
つまり……今回は私の護衛をアスタロトに命令されたから、“その役目をこなしている”ということなのか?
しばらくやりたいようにさせておくか。
「じゃあ勝手にして……」
「分かりました。では今よりアルトラ殿のご邸宅を護衛いたします」
◇
ウィンダルシアが来てから五時間が経った。
「ずっと玄関付近にウィンダルシアの魔力を感じる……」
門番のようにその場を動かない……
本当にずっと我が家を護衛するつもりなのか?
こんなとこほぼ誰も来ないのに……
そろそろリディアが外から帰って来る時間だが……
そう思っていたところ――
『あなたずっとそこに居るのね!』
――どうやらリディアより先にネッココが庭のお昼寝から戻って来たらしい。
玄関ドアのそばで聞き耳を立てていたところ妙なことを言い出した。
「お? あなたはアルトラ殿のお子さんですか?」
んなわけないやろ。魔力の質を感じろ魔力の質を!
私とじゃ似ても似つかんだろ!
『違うわ! ただの居候よ! ずっとそこに居てつまんなくないの!?』
「いえ、ケルベロスを観察したり、時折亡者が歩いて来ますからそちらも観察しています。中々興味深いですね」
観察って……一応護衛してるのだからそこは『警戒』しておくべきでは?
もう、完全に暇してるじゃない……
これは早々に帰らせた方が良いな……本人にとってもただただ時間を潰すだけになってしまう。この人材にただ突っ立ってるだけで時間を潰させるなんて勿体ない。
ここで突っ立って護衛なんかしててもこの町で私を護衛しなければならないような大事件は起こらないと思うし、これほど無駄な時間も無い。
そんなことを考えていたところ――
「お客さんカ? アルトラ、家の中に居ないのカ?」
――今度はリディアの声がした。どうやら鉢合わせしたようだ。
「お? そちらからも? あなたもアルトラ殿のお子さんですか?」
ガチャ
「そんなわけないでしょ。あなたこの子たちの魔力感じ取れてるでしょ?」
二人目だったため、思わず家の外に出てツッコミを入れてしまった。
彼は高位存在なんだから、私とこの二人の魔力の質が全く違うことは分かるはずだが……
「確かに、海にいるような生物の魔力を感じますが、養子か何かかと思いまして。そちらのお子さんは植物のようですね」
「邪魔だからどいてくれないカ? 家に入りたいんだけド……」
「あ、はい、失礼しました」
『アルトラ! このヒト玄関先で何してるの!?』
「私の護衛に来たらしいよ」
「ずっと居るのカ?」
「もうかれこれ五時間ね……」
『五時間も!? 無駄じゃない!? ここはケルベロスが居て、たまに亡者が来るだけで、何も起こらないわ!』
「ふ~ん、護衛ってことはずっとそこに居るってことなのカ? 大変だナ、がんばれヨ。カイベル、今日のご飯ハ~?」
何も気にしなくて良いリディアやネッココはいい気なもんだ……
ウィンダルシアに話しかける。
「もう日も落ちるから、あなたも住居に帰ったら?」
「日が落ちる? 『日が落ちる』とはどういう意味ですか?」
アルトレリアの前情報無く来たのかしら?
「この町、夜になったら光が消えるのよ。ほら、もう光が西の端にあるでしょ?」
「『夜』とは何ですか?」
ややこしいな……全部一から教えないといかんのか?
赤ちゃんか?
「夜は空の光が消えて暗くなることだけど……」
「だとしたら魔界は全部夜なのでは?」
「そうだね」
「それは地球の言い方なのですか? では『夜』以外には何があるのですか?」
「今の時間帯は細かく分ければ『夕方』って呼び名だけど、大きく分けると『昼』になるかな。西の空赤いでしょ? 夕焼けって言ってね、西の空が赤い状態は夕方なの」
「夕方? 昼? 我々にとってはややこしいですね……北や南や東の空が赤い場合は何と言うのですか?」
いやホントに赤ちゃんかよ!
「北や南にあの光は移動しないよ。移動するのは東から西の一方通行。東の空が赤い場合は『朝』という時間帯になる。朝焼けはあまり見られないけどね」
ちょっとイライラしたのが伝わったのか、朝昼夜に関する質問は止まった。
「それが太陽ってもんよ」
「おお! あれが太陽! 初めて見ました! なるほどこれが雷の国や樹の国で明るいと言われている時間帯ですか!」
太陽のことは知ってるのか?
もしかして、最初に『太陽』って言っておけば説明しなくて済んだ話だったかも?
「なぜこの地や雷、樹の国だけ変わった空があるのですか?」
「太陽と一緒に突然現れた」
って言っておく。
『疑似太陽』を私が作ったのは各国でも上層部しか知らない極秘事項だしね。
「雷の国や樹の国のものも突然に?」
「そうらしいね」
「突然各地で太陽が出現しているなどと……この魔界に何か異変が起こっているのでしょうか? 何か良くないことの前触れとか?」
「さささ、さあ? 私には何も判断付かないわ」
か、各国の首脳のお願いで作っている疑似太陽だけど、一般人のこの様子を見ると事情を知らないヒトには不安がられてるのかしら?
「あの太陽が出現してから問題が起こったりはしてないのですか?」
「無いね。むしろ真っ暗だった土地が明るくなったから、生活にメリハリが生まれて良くなったと思う。私の前世の世界には当たり前のように存在してたものだから、不安がらなくても大丈夫よ!」
「そうなのですか……そうだ! 夜になると暗くなるのなら、光魔法で空に光源を浮かべたら良いのではないでしょうか? 我が国では光の精霊がその役目を担っております。この国にそれができる魔術師はいないのですか?」
確かに風の国では光源を複数浮かべてあって、真っ暗になることが無かったが……
それはそれで昼と夜が切り替わる楽しみが無い。
「……あ~、うん……暗くて良いのよ。この国では暗くなったら仕事を終えて休むって決まってるから」
「なるほど、暗くなったら休むですか。時間で区切るわけではないのですね」
風の国にはずっと光が浮いてて二十四時間明るいから、時間で区切らないと休む時間には気付けないってことかな?
「いや、時間と暗くなるのは相関関係にあるから、ある意味では時間で区切ってるわけよ。そういうわけだから、今から暗くなるからあなたも帰りなさい。あなた鳥人だから暗いと見えないでしょ?」
「いえ、ちゃんと見えますが……」
フクロウタイプの視力だったか!
「なぜ鳥人だと見えないと思ったのですか?」
「地球には『鳥目』って言葉があってね、暗いところが見えにくくなる病気があるのよ」
「なぜ鳥目という言葉に?」
「地球では一般的な鳥は夜には見えにくくなるから……かな? 詳しくは知らないけど」
「魔界にそのような鳥は、恐らく存在しないと思います。基本的に野生の鳥たちは真っ暗闇か少しの光で生活してますので」
それもそうか。闇の中見えないと、この星では生き死にに直結しそうだ。
「まあとにかく暗くなるから帰りなさい」
「しかし護衛が……」
「頼んでないから! とりあえず今日は帰れ!」
きつめに言ったところ、こちらを何度も振り返りながら『ゼロ距離ドア』で帰って行った。
◇
次の日の早朝、五時頃――
ピクッ
何者かが我が家に近付いてくる気配で目を覚ましてしまった……
その魔力の持ち主は、玄関の前で止まってそのまま立ち尽くすようにじっとしている。
「この魔力の持ち主は、ウィンダルシアね……早朝から護衛に来てるのか……真面目だな……」
七つの大罪を得たことによって、私の魔力感知能力は大幅に上がった。しかし、その副作用として鋭敏になり過ぎてしまっている感じがする。
普段ここに居ないヒトの魔力を我が家の周りに察知したために目が覚めてしまったみたいだ……
仮に敵が来たとしても、カイベルがいるんだから、そんなに警戒しなくても良いのだけど……
「感知能力が鋭敏過ぎるのも考え物ね……」
今度レヴィにでも制御方法を聞いてみるか。
ウィンダルシアはそのままにしておいても問題無さそうだから、寝直そう……
『鳥目』って言葉、何の鳥を見てそういう言葉が出来たのでしょうね?
少なくともフクロウではなさそうですが……
次回は9月5日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第503話【久しぶりに日課のパトロール】
次話は来週の月曜日投稿予定です。




