第487話 魔王回帰
「あ~……遅かったか……あれはちょっとヤバイかもねぇ……」
「……私、他の魔王の魔王回帰初めて見た……」
「私もだよ。前代のレヴィアタン様のものだって見たことないし。魔王同士が直接対決することなんてここ何代も無かったことだしね」
二人にはあの黒い光を放つ現象が何なのか分かっているらしい。
「二人とも、アレは何なの?」
「【魔王回帰】って言う七つの大罪の宿主に備わった能力よ。ある時直接頭の中に流れ込んできて魔王回帰って能力があることを突然理解するの」
「直接流れ込んで理解する? 大罪を継承した時ってわけじゃないの?」
「以前、大罪と宿主の間には相性があるって話をしたでしょ? 私の予想では大罪との相性によってそれを理解する時期が変わるんだと思う。ちなみに私は大罪継承から二年後くらいだった」
「……私は一年後くらい……」
「で、女帝蟻は今死に際して理解したみたいだね」
カイベルに依れば、女帝蟻が『暴食』継承したのは三年前。
相手が虫だったこともあって、大罪との相性は物凄く悪いって言ってたから、【魔王回帰】が理解できるのが彼女ら二人よりも後になったってわけか。
「それで、あの黒い光の後どうなるの?」
「自身の魔力と周囲に漂う魔素を消費して、その七つの大罪が持ってる本来の能力を引き出す形態に変身するの。秘中の秘だからその能力については全く分からない。懇意にしているアスモの能力も知らないし、何なら自分の能力もどの程度のことができるのか知らない。でも、それも魔王回帰すれば“理解している”状態になる」
「……そもそも魔王はそんな能力に頼らなくても、それぞれが世界最強クラスだから……」
変身能力!?
確かにゲームでも『魔王』って言ったら、第二形態とか最終形態とかがあるのが相場だけど……
だとしたら、私一人ではどう考えても倒せなかったってことになる。
一人で対峙するなんて、物凄く無謀なことをしようとしてたんだな……この二人が来てくれなければ勝率はゼロパーセントだった。
「へ、変身が完了してない今のうちに攻撃しまくって倒しちゃえば良いんじゃない?」
変身シーンで攻撃しちゃいけないのは、魔法少女モノや特撮ヒーローモノではお約束だけど、生き死にのこの場でそんなこと考えてられない!
「それが無理なのよ。あの状態になると近付いた物質を魔素に変えられちゃうから、あの黒い光が出てる間は何もできない。多分生物も分解されちゃうと思う」
じゃあ、黒く光ってる間は本当に“無敵状態”ってわけか……
再びカイベルに小声で話す。
「……カイベル、私がアルトレリアを出る時に、女帝を倒すのに『四百から六百人ほど必要』って言ってたけど、『魔王回帰』も込みの予想……?」
「……いえ、あの時はまだ覚醒していませんでしたので、精鋭が四百から六百人居れば勝てると見込んでいました……」
「……つまり、今はそうではないと……?」
「……はい、現在となっては精鋭が一万人居ても足りません……あれは被害を最小限に留めようとするなら、もう同格の魔王でなければどうにもならないでしょう……魔王抜きで倒すなら、魔王回帰を維持する魔力が尽きるまでの時間を稼ぐ必要があり、数万人規模の死者が予想されます……」
「そんなに!?」
と、思わず大声を出してしまい、
「どうかした?」
二人に振り向かれた。
「いや、何でもない……」
そういえば、少し前に氷の国で、クーデターが起こって前代サタンが倒されたってニュースがあったな。 (第382話参照)
あれってやっぱり数万人の犠牲の上に王位簒奪が成されたってことなのかな?
それだけ強ければ、そりゃあ魔王が一国を支配するわけだわ。
「ところでその魔王回帰って能力、それはあなたたちにもあるの?」
「あるよ。でも魔王回帰を理解した時に、確認のために一回変身しただけでそれ以降使ったことがない。使う場面も無かったよ。魔王回帰状態でお試しで魔法使おうものなら周囲に確実に被害が出るって“理解してた”から能力確認まではしなかったし」
「……同じく……」
レヴィが女王歴どの程度か分からないけど、アスモはエレアースモ国立博物館によると七十年女王をやってるはずだから、少なくともそれだけの年数使ったことがないわけか。 (第268話参照)
じゃあ、本当に奥の手の更に奥の手ってわけね。
「変身が完了するまでまだ少しの猶予があるから、ちょっと相談したいんだけど」
と、レヴィがこちらを振り向く。
「ベルゼ、空間魔法で隔離空間って作れる?」
「出来ると思うけど……」
「じゃあアスモ、あの魔法で倒そう」
「……昔練習したヤツだね……了解……」
何か決定打を与えられる魔法があるらしい。
「多分普通に戦っても魔王回帰したアイツは殺せないだろうから、私たち二人の極大魔法でケリを付けようと思う。それで、今から私たちが使おうとしている魔法は、超広範囲を何も無い野っ原にしてしまうだろうから、隔離空間に閉じ込めたい。それと、逃げられないようにもしておきたいという意味でも隔離空間に閉じ込めるのが最適」
「でも隔離空間作っても、魔王相手じゃ多分数秒で壊して出てこられちゃうよ?」
「……大丈夫、その前に倒しちゃうから……」
「私が合図したら、私たちごとアイツを隔離空間に閉じ込めてもらえる?」
「分かった…………痛たた……」
左腕は無く、徐々に回復しているとは言え右腕もまだ上がらない……このままではできそうもないな……
「……ごめん、腕が上がらない。もう少し再生するための時間が必要かも……」
「う~ん……流石に再生するまで待ってはくれないでしょうしね……じゃあ平原にドでかい穴が開いちゃうけど、仕方ないか……ベルゼたちやこの周囲に居るヒトたちも危険に晒しちゃうかも……」
「徐々に回復の【自己再生魔法】じゃなくて、一気に回復する【回復】で回復すればすぐだけど……」
ただ、急激な回復は風の刃で斬られた痛みを追体験をしなければならないって話だから、できることならやりたくはないがこの状況では仕方ない。
隔離空間を作って彼女らが使おうとする魔法の威力を減殺させないと周囲に害が及ぶと言うなら、一瞬の痛みくらいは我慢しよう!
そう思っていたのだが、今まさに回復魔法を使おうとした瞬間にカイベルが名乗りを上げてくれた。
「では私が代わりにやりましょう」
「あなたそんなことまで出来るの!?」
確かに空間魔法まで搭載はしておいたけど、そこまで高度な魔法も使えるとは思っていなかった。
「はい。ですが魔王の力を留めるのは難しいので十秒保たず壊れてしまうと思いますが……」
「十分十分、じゃあポジショニングが出来たら合図するから私たちとアイツを隔離空間に閉じ込めて」
「分かりました。私の方も工夫して何とか壊れないよう隔離空間を形成してみます」
……
…………
………………
「……魔王回帰、終わったみたいだね……」
黒い光の中から現れたのは、先ほどの美しいエルフの外見とは似ても似つかない異形とも言うべき姿の女帝蟻だった。
顔の作りはアリをベースに、頭から二本のツノが伸び、目に複眼、背中にハエの羽を持ち、身体は虎のような体毛に覆われ、太く長い尻尾を持つ。顔以外の身体部分は二足歩行に適した形をしているが、手足は本来のアリ同様六本ある。
さっき切り離された首と胴体は完全に元に戻っているようだ。
外見にも増して、驚異的に感じられたのはその魔力の大幅な増加だった。もはや私では傷を付けることすら不可能なくらい圧倒的な威圧感を持つ。
「うっ……!」
また恐怖が蘇り、冷や汗が出てくる。回復しかけてきた傷も疼いてきた。
そして、その後に言い放った女帝蟻の一言で、この場の状況が一変する。
「死ネ」
その言葉の直後、アスモの左腕から左脇腹と、レヴィの右腕から右脇腹がそれぞれ巨大な歯型のような痕を残しながらちぎれ飛んだ!
「うぁッ……い、痛っッッッ!!」
「……うぁぁッッ……!」
一瞬、二人の隣に巨大な黒い狼のような幻影が出現して食いちぎっていったように見えた。
私とカイベルの近くにも同じものが現れたが、カイベルの瞬時の判断で食いちぎられることなく回避。あの攻撃が私にダメージを与え得るかどうかは分からないが、直感からすればカイベルに抱きかかえられたままでなければ私も更なる致命傷を負っていたか、逃げられなくて即死だった可能性が高い……
「うぅ……」
「……ぅ……ぃ、痛ぃ…………」
二人とも食いちぎられた方の肩を押さえてそのままうずくまってしまった……
ど、どう見ても私より重傷だ……
ま、魔王二人が一瞬で……?
こ、こんな状態で作戦実行なんてできるの!? このままだと全滅……?
「ふ、二人とも大丈夫!?」
などとマヌケな質問をしてしまった。
片腕が肩から無くなって、脇腹まで大きく抉られてて大丈夫なはずがない!
大量に出血して冷や汗も凄い、きっと肋骨まで破壊されてる! 内臓までこぼれ出てきそうだ! どう見たって瀕死の重傷だ!
二大国の女王様が死んじゃう!
「カ、カイベル! 私のことはもう良いから二人を早く回復して!」
と言ったところ、レヴィが残っている左手で制止した。
「だ、大丈夫……」
「……そ、想定の範囲内……」
こんな食いちぎられてても想定の範囲内なの!?
それに、この大怪我で意識を保っていられるのか!?
「ま、魔王二人居れば魔王回帰を使わせずに倒せると踏んでたけど……」
「……かなり甘く見積もってた……」
「こ、ここからは私たちも本気でやる……! ベルゼとカイベルはちょっと離れてて……」
「そ、そんな身体で動けるの!?」
「魔王回帰すれば回復するから大丈夫」
回復? こんな瀕死の重傷を……?
「さ、早く離れて。変身に巻き込んでしまうから」
「……早くしないと私たちが出血多量で死んじゃう……」
「あ、ああ、そっか。カイベル! 二人から離れて!」
その一言を待たずに私を抱えたままカイベルが二人から大きく離れた。
「魔王回帰・嫉妬!!」
「……魔王回帰・色欲……!」
二人同時の魔王回帰という掛け声。二人の身体は女帝蟻と同じように黒い光を放つ球体に包まれた。
その様子を見ていると、周囲の地面や草木がバラバラに散って、虹色の魔素が漂い始めた。あれが物質が魔素に変換される現象か。
そして、それが二人が包まれている黒い球体に流れ込んでいくように見える。
女帝蟻は変身完了を待たずに黒い魔力の塊となった二人に攻撃をしかける。
さっきと同じ巨大な狼の幻影が出現し、黒い魔力の塊を噛み砕こうとした瞬間、狼の幻影がバラバラに分解され、魔力の塊へと吸い込まれて行った。
「ナん……ダと……?」
それならと直接ツメによる攻撃を仕掛けるが、身体まで分解される前に右腕の方が分解されたことに一瞬早く気付き、すぐにそこから飛び退いた。
分解された右腕はすぐさま再生された。
「何ダこれハ……近付くト分解さレルのか?」
結局、黒い魔力に覆われている間は何も効かないと判断し、二人の変身が完了するのを待つことに。
図らずも、魔王回帰した魔王ですら分解されるということを実証してくれた。
その間、私とカイベルの方に注意を向けてきたが、カイベルが最大限警戒してくれてたお蔭で、二人の変身完了まで手を出されることはなかった。
……
…………
………………
変身が完了し、黒い光の中から最初に現れたのはアスモだった。
ヤギのようなツノが大きく伸び、手足は白い体毛に覆われモフモフに変質、お尻にはサソリの尻尾を携え、背中には大きめの鳥の羽が生えた姿だった。口が前に伸びて獣のような口に変化し、大きめの牙が生えた。身体の大きさはそれほど変わらないように見える。ほんの少し背が高くなったかどうかってくらい。
続いてレヴィが黒い光の中から長く巨大な身体をうねらせながら登場。
「で、でかっ!!? 魔王によってここまで姿が違うの!?」
レヴィは薄青いウロコの蛇にトンボのような羽が生え、頭には二本のツノを携えた姿。巨人ですらひと飲みにできそうなくらい巨大な大蛇。
どこにこの巨体が収まっていたのかと言いたいほどの大きさ。
手足は見えないから、多分の嫉妬の魔王回帰形態に手足は無いのだろう。『人』を思わせるパーツが全く見られない。
とぐろを巻いて鎌首もたげている。最初から臨戦態勢ってわけだ。
二人とも異形の姿だった。
さっき女帝の攻撃によってちぎれ飛んだアスモの左腕と脇腹は完全な形で存在している。どうやら瀕死の重傷でも【魔王回帰】すれば完全回復できるらしい。
レヴィの方は腕も脚も無いから回復しているかどうか分からないが、アスモと同じ状況ならきっと完全回復していると予想される。
「ふぅ……何十年振りの変身だけど、この姿って魔力消費が膨大過ぎて疲れるのよねぇ……見た目も良くないからあまり使いたくないわぁ……」
身体が巨大化したからなのか、常にエコーがかかったようなしゃべり方をするレヴィ。
「……見た目は仕方ない……私も獣染みててこの姿は好きじゃないし…………それにしてもレヴィの魔王回帰は大きいね……」
「巨体をぶん回すから巻き込まれないように気を付けてね」
「……それは避けるから問題無い……さっさと倒そう……」
「さあ、お待たせ女王様。第三ラウンドを始めましょう!」
瀕死からの復活! 第三ラウンド開始です!
次回は7月15日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第488話【真魔王決戦!】
次話は来週の月曜日投稿予定です。




