第473話 フレイムハルト、司令本部へ帰還
時は少し遡る。
◆
フレイムハルトが赤アリに勝利する一時間ほど前の司令本部――
とある風の国兵士たちの会話。
「巣穴から五キロも離れてるんだろ? こんなところまで本当に殺人級の熱波が来ることなんかあるのか?」
「さあなぁ……そんなに離れてるのに、一瞬で焼死する風が吹くなんて信じがたいな」
近くで聞いていたレッドドラゴンの一人がそれに対して口を挟む。
「我々の王子をあまり舐めない方が良い。あの方々が本気になればこんな本部は一瞬で消滅だ。我々とてその気になれば八人でお前たちを全滅させることができるんだからな」
それを聞いて身をすくめた兵士。
直後に別の方向から声がする。
「それは聞き捨てならないな」
そう突っかかるのは風の国からの精鋭を率いる騎士隊長・ロックスだった。 (ロックスについては第455話で少しだけ登場しています)
「今回の敵は相性が悪いってだけであんたたちの王子様に譲ったが、八人で俺たち全員を相手にするなんてことは、ハッ、無い無い」
「何だと貴様……では試してみようか?」
二人が対峙する。
レッドドラゴンの一人がロックスに向けて炎の塊を吐きかけた。
それをロックスは暴風を起こし、上空へと受け流す。
それに対抗するようにロックスが風を圧縮した刃を放つ。レッドドラゴンは岩の壁を出現させて身を守ろうとするも、圧縮した風の刃はその岩を物ともせず、貫通してレッドドラゴンの頬に傷を付けた。
「「やるな、大口を叩くだけある!」」
なおも戦闘を続けようとする二人に、制止する声が。
「何をやってるんだ!!」
拡声魔法で音を巨大化させて二人を一喝。
そのあまりの声量に当事者の二人は耳を押さえて屈みこむ。
そこに険しい顔で仁王立ちしていたのはアスタロトだった。
「フレアハルト殿とフレイムハルト殿が我々の代わりに戦いに赴いてくれたと言うのに、あなたたちはなぜ喧嘩などしているのですか!?」
「う、あ、す、すまん……」
先に謝るのは軍属のロックス。
「あなたは少々血の気が多い。このことはティナリスに報告しておきますから、後できちんとお叱りを受けなさい!」
「よ、嫁に報告だけは勘弁してくれ!」
そう、この男こそが風の国騎士団長の夫であり、風の国最高戦力の一人・ロックスである。この通り血の気が多いために、団長に相当する実力がありながらもティナリスにその座を譲ってしまった経緯がある。
アスタロト、ティナリス、ロックスは古くからの知り合いのため、アスタロトが魔王代理に就いてからもその関係は変わらない。
今回の作戦の大部分をレッドドラゴン部隊に取られ、活躍の場が無かったため、少々不満が溜まっていた。
「お二人が熱波が来ると予想してくれたのですから、熱波を受け流せるように司令本部の周りをあなたの暴風の結界で覆ってください」
「了解した……おい! 突っかかって悪かったな」
そしてアスタロトは、無言でもう一人の当事者であるレッドドラゴンを睨む。
「こ、こちらこそ、すまなかった。王子たちを馬鹿にされたように感じて少しカッとなってしまったようだ」
「分かっていただければ良いのです。この本部の防衛はあなた方にかかっています。よろしくお願いします」
「王子の頼みだ、きちんと作戦は遂行する」
その後、レッドドラゴン八人の協力により司令本部周囲に岩の防壁が作られ、更に炎を想定して火耐性防御魔法がかけられる。
そしてその周りを、ロックス他風を操る種族が使う暴風の障壁で覆い、更に岩の防壁内部は防御魔法による防衛力強化という四段階の防壁が出来上がった。
◆
そして、十分後――
ロックス他怪鳥種の何人かが、暴風の外に出て望遠鏡で赤アリのいる方向を観測していた。
その直後、観測方向で眩い光のドームが発生。
「何だあれは!? 爆発!? みんな衝撃に備えろ!」
全員が暴風の結界で身を包み防御姿勢を取った。
そして最初の熱波が襲来する。
ゴゴゴゴゴゴ……という爆発音より遅れて、高熱の熱波が通り過ぎた。
「ぐわぁ……」
「ぎゃあぁ……熱い……!」
ロックス以下の能力しか持たない部下たちの暴風壁では熱波を完全に遮断・受け流すには至らず、重傷とはならないまでも火傷を負ってしまった。
また、通常であれば吹き飛ばされるほど強い突風と呼べるほどの熱波だったが、暴風でガードしていたことによりその場に留まることができた。
「……これは……観測は諦めた方が良いかもしれんな……」
と、ロックスは独り言を零す。
すぐに火傷を負った隊員を連れて司令本部へ戻った。
「何があったのですか?」
アスタロトの質問に、ぐったりした隊員三名を抱えてロックスが答える。
「巨大な爆発があり、ここを熱波が襲った。隊員三名が全身の軽度熱傷だ」
「あなたは大丈夫なのですか?」
「俺は問題無い。ただ俺の判断では、赤アリの観測は諦めた方が良いと考える。あれ以上の熱波が襲えば、命を失う可能性が高い」
かと言って客将であるレッドドラゴンたちに頼むわけにもいかないため、アスタロトは観測を諦める決断をする。
「そうですか……ではレッドドラゴンの方々、申し訳ありませんが再度司令本部を岩に閉ざしてください。風を操れるものは空気を圧縮してストックを! しばらくここを外界と隔離しなければならない可能性があるので、余裕を持って空気をストックしておいてください」
「「「 了解! 」」」
そして二度目の轟音。今度は一度目とは比較にならないほどの衝撃が引き起こされ、司令本部が巨大地震かのように大きく揺れた。
「うわぁぁ!!」
「何だ!? さっきと比較にならないほど大きいぞ!?」
司令本部の外では、超高熱の熱波により五十度ほど上昇。これがフレアハルト、フレイムハルト両名による二つの【インフェルノ・ブレス】の影響だった。
レッドドラゴンたちによる火耐性防御魔法が無ければ、熱波が通り過ぎた瞬間に本部によるほぼ全ての亜人、魔人、獣人、精霊が焼け死んでいたであろう。
その後、三度目、四度目の轟音が響き、その度に熱波がばら撒かれる。
しかし四度目を最後にこれ以降爆発による轟音が響くことはなかった。四度目の轟音の時点で赤アリはフレイムハルトの手で倒されたのである。
◇
そして時は現在に戻る――
フレイムハルトは戦場を離れ、爆心地から五キロ離れた司令本部へと舞い戻った。
司令本部に四重にも張られた防護壁、その一番外側の暴風の壁は爆発による突風や熱風によって既に剥がされて霧散していた。二番目の【岩の壁】で作った岩の壁もやはり熱波で極度に乾いており、既にボロボロと崩れてくる状態。もし五度目の熱波が訪れていたら司令本部がバラバラに解体され、中にいる兵士たちは全員焼死だったと思われる。
フレイムハルトがその岩の壁の一部に触れると、簡単に崩れ落ちる。そのまま穴を開けて司令本部に入って行った。
「何者かに侵入されました!」
感知部隊が真っ先に反応。
「警戒態勢!」
「いえ、これは……随分疲弊しているようですがフレイムハルト殿のようです」
これにアスタロトが反応。
「すぐさま入り口へ向かいましょう!」
◇
フレイムハルトが帰還したことを聞きつけ、レッドドラゴンら八人や、近くに居た兵士たちも集まって来る。
「王子、お帰りなさいませ!」
「「「お帰りなさいませ!」」」
「ああ、心配かけた」
先に声をかけたのはレッドドラゴンたちだった。
アスタロトがそれに続く。
「フレイムハルト殿、お疲れ様でした。あなたがここへ戻って来たということは……」
「……はい、赤アリは倒しました」
「「「おお~~!!」」」
この場に集まった兵士たちから歓声が上がる。
フレイムハルトが証拠となる赤アリの頭の外骨格を見せる。
「これは?」
アスタロトが見せられたモノに手を伸ばす。
「ああ、まだ熱いので触らない方が良いと思います。熱に耐性を持たない生物が触ると火傷で済まないかもしれません」
フレイムハルトが外骨格に向けて土魔法で生成したひとかけらの土の塊を落とすと、『ボゥッ』という音を立てて土が蒸発した。もはや魔力を失い、色も赤黒色に戻っているにも関わらず未だ強い熱を放っていた。
慌てて手を引っ込めるアスタロト。
「そ、それはそれほど高熱なのですか?」
「ええ、倒した証拠が要るかと思い一応持って来ましたが、トロトロの溶岩の中から拾い上げてきたものですので……」
「分かりました。氷の箱を用意してくれ」
兵士たちに指示を出すと、氷で埋め尽くした金属製の箱を持ってきた。『高熱の物質』との話を受けて氷魔法を使って即席で用意したものだった。
そこへアリの頭の外骨格が置かれる。
すると、大量の湯気を上げながら一瞬で氷が沸騰、どんどん水に変化していき箱の中程で止まった。
「では撃破した証拠として回収させていただきます、重ね重ねお疲れ様でした」
ひとしきり話し終えた後、フレイムハルトの後方辺りをキョロキョロと見回すアスタロト。
「フレアハルト殿がいないようですが……ご一緒ではないのですか?」
「…………いえ……」
フレイムハルトは一段と項垂れた後、これまでの経緯を説明。
説明を聞いているうちにその場に居たレッドドラゴンたちの顔がみるみるうちに青ざめていく。
「何と……フレアハルト殿が見つからない……?」
「はい。ですので我らレッドドラゴン部隊は兄上の捜索に当たろうと思います。元々溶岩地帯でなかったところが、赤アリの爆発攻撃によってドロドロに溶けたに過ぎませんので、時間が経ってしまうと固まって捜索もできなくなるかもしれません。申し訳ありませんがここからは我々が作戦に参加することはできません」
“元々溶岩地帯ではない”ということは、火山のように地中からマグマが上がって来るわけではないため、新鮮なマグマによる岩石の溶解が望めない。つまり、時間が経って冷えて固まってしまうと、ただの岩石地帯になってしまうということである。
そのため、捜索するためには固まってしまう前に、それが例え死体であったとしても何としてでもフレアハルトを探し出さなければならない。そうしないと溶岩と一緒に冷えて固まり、フレアハルトは永久に地中に閉じ込められてしまう。
「……そうですか……分かりました……我々の部隊の一部もお貸ししましょうか?」
「いえ、今から我々が行くのは溶岩の海です。火に耐性の無い亜人や魔人が行けば、たちまち焼け死んでしまうことでしょう。申し出はありがたいですが我々だけで行きます」
「そうですか……確かに捜索に加われないのであれば邪魔になってしまうだけですね」
そしてレッドドラゴン八人に向き直り、大声を上げる。
「みんな、聞いているな? すぐにでも兄上の捜索に乗り出したいと思う! すまないがみんなにも協力してもらいたい!」
「「「はい!!」」」
「ではすぐさま向かう。付いて来てくれ! それではアスタロト殿、失礼します」
出て行こうとするフレイムハルトと八人。
すると今度はアスタロトが声を張り上げた。
「みな姿勢を正せ!」
アスタロトがこの場に居る兵士全員に号令をかける。突然の号令だったため一瞬驚くが、すぐに気をつけの姿勢をとる。
「我が国の国難に対し、多大なる貢献をしてくださった恩人の皆様方にぃーー! 敬礼!!」
この場の兵士全員がフレイムハルトらに向けて敬礼をする。
「あなた方が居なければ、我が国、ひいては世界は滅亡の危機に瀕していたかもしれません! フレアハルト殿が無事見つかることをお祈りします!」
それに対し、フレイムハルトからも敬礼で返す。
「後々の皆様のご武運をお祈りします」
そう言い残してフレイムハルトと八人のレッドドラゴンたちは溶岩地帯へと飛び立って行った。
ロックスはもう少し出番を増やしてあげたかったです。
次回は一旦世界のジャイアントアントの続きです。
次回は5月27日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第474話【世界中に出現したジャイアントアント その2】
次話は来週の月曜日投稿予定です。
投稿できなかった場合は来週の木曜日になります。




