第405話 デザートソリドに到着
しばらくは岩肌がむき出しのため、ソリが壊れないように慎重に進む。
「遅いな……もっと早く進めぬのか? 揺れも激しい」
「あなたが砂を吹き飛ばしちゃったからね」
「なに? 我の所為か? なぜだ?」
「………………」
駱駝車はソリ状のため、今までの砂地での移動と違って岩肌とぶつかってガタガタと揺れる。
その揺れの所為か、徐々にフレアハルトとレイアの様子がおかしくなっていった。
「これは……ヤバイな……また酔いそうだ……」
「……フレハル様もですか……?」
「え? また? あなたたち乗り物弱いのね~。私はこの揺れが心地よくて眠くなってくるくらいなんだけど……」
酔い易いのは揺れる以外にも理由がある。
岩肌がむき出しの地形になり、砂に覆われている時には見えなかったクレバスのような岩の裂け目が各所に点在している。そこを避けて何度も折り返しが行われるため、車でカーブを曲がるかのようなこの動きが酔いを助長しているのだろう。
余談だけど、この裂け目が時折発生する流砂の原因になるらしい。
「外出て歩けば? 多少良くなるかもよ」
「うむ……そうする……」
「私も……」
フレアハルトとレイアは駱駝車を降りた。
アリサと顔を見合わせお互い苦笑い。
外に出て行ったフレアハルトからすぐに声がかかる。
「幌の中だと分からなかったが、前に居る駱駝車は随分歩いてる者が多いな」
『前に居る駱駝車』というのは、例の商人の駱駝車である。
後ろから同行した方が砂賊に遭遇した時に護衛がし易いということで、彼らが前に、その後ろを私たちが付いて移動することになった。
商人とお気に入りの少人数が小さい駱駝車に乗り込み、残り十人以上がその周りを歩くという、乗っている人数の方が少ないという異様な光景。
商人の部下は暗い顔で俯いて歩く者が多く、護衛として雇われている傭兵たちは自分たちの境遇に不満気な苦々しい顔で岩肌と化した砂漠を歩き進む。
商人が恐怖の象徴になっているのか、全体的に雰囲気の暗い隊商だ。
私たちにとって幸いだったのは、次の町であるデザートソリドがほど近かったところか。彼らと食事することになんてなったら気が滅入りそうだ。
◇
二時間半ほど進んだ頃、ようやく地面に砂の割合が増えて来た。
「やっと普通に駱駝車動かせる地形になってきたね」
ここから先はまた砂のある砂漠になる。車酔いが覚めたフレアハルトとレイアが車内に戻って来た。
「あら? 歩くのはやめたの?」
「もう揺れも少ない地形になったしな。車内で寝ながら移動するのが楽で良い」
すっかり砂の地形になり、ソリの負担も少なくなったということで通常通りに駱駝車を走らせるようになった。
そして更に三時間ほど経ってデザートソリドが見えて来た。
「アルトラ様、高い壁に囲まれた町が見えてきましたよ!」
「ホントだ」
四角い壁に囲まれた町。
町の外からは外壁が見えるのみで、中の街並みが見えない分遠目に見れば、砂漠と相まって何とも殺風景な建物だ。
◇
ほどなくしてデザートソリドに到着。
雷の国の首都ほどではないが、高い壁に囲まれたかつて要塞だった小さな町。
聞き及んだ話では外壁には東西南北に一つずつ門があるだけで、それ以外にここから出る道は無さそうだ。
もっとも、天井があるわけではないため有翼族は空から出たり入ったりできそうだ。ただし、外壁上には元要塞らしく銃器やボウガンを持った見張りが番に付き、攻撃のための砲台が置かれているため侵入はしにくい。
やましいことが無ければ、普通に門を通れば良いだけの話なので空から侵入する意味は皆無と言っても良い。
サンドニオさん曰く町中とこの町周辺は特に砂賊が多いため、物資を補給次第すぐに出発するという話だが。
着いてすぐに複数人の馬に乗った兵士らしきヒトが慌てたように門を出て、私たちが今来た方向へ走り去って行った。
「あ、砂漠に馬って居るんだ……当たり前のようにラクダしか居ないと思ってたわ」
町に入る前に門前でボディチェックを受けなければならないし、ついでに今慌てて出て行った理由を門衛に聞いてみるか。
「何かあったんですか? 慌てた兵士らしきヒトとすれ違いましたけど……」
「未確認のためまだ何とも言えませんが、強力な衝撃波と砂嵐が吹き、遠くで光のドームと黒煙が上がっているのが確認されたため、急ぎその調査に向かいました」
あ……それって、フレアハルトが起こした爆発か……
フレアハルトは当然自分のやったことが原因だと分かっているかと思ったら、次の彼のセリフに耳を疑った。
「ほう、黒煙か……この近くには火山地帯があると聞いているし、突然の噴火でもあったのだろうか? な? アルトラ」
お前マジか……天然ボケが過ぎるだろ。
まさか自分のやったところがどうなっていたか見てないのか?
道中も砂が吹き飛ばされた岩盤地形を進んでる時、何で砂が無いか疑問に思っていたみたいだし……もしかして砂が舞い散るという当然知ってることを知らないのか? 火山内だと砂は無いし。
もしくは自分がやったところではない別のところから黒煙が上がっていると思っているのか?
いや、門衛の手前、誤魔化してる可能性もある。
その表情で窺い知れるかとフレアハルトの顔を見てみたところ、とんでもなくトボケた顔をしている。
これはどう見ても誤魔化そうとしている表情だ。いや、隠すの下手だな。
まあ……素知らぬフリしてた方が良い状況かもしれない。
もし追及されることでもあったら、他国に穴開けた張本人として追い掛け回されるか、最悪投獄もあり得る。
「そ、そうだね……こっちに被害が無ければ良いね……」
私はそのボケに乗ることにした。
――余談だが――
黒く焦げた穴については地中の膨大な火山性ガスが何かの拍子に爆発したのではないかと推察されたことを、アルトラは後々アルトレリアに来た新聞で知る。
その際、大穴は膨大な量の魔力の残滓が確認され、危険なためしばらくの間立ち入り禁止にされて調査、問題無いと分かってから穴はその少し後にどこからか岩を持って来て塞がれたという。砂が剥げてしまった岩盤状の地形については、時が経てばまた自然と砂で覆われるそうだが、それは今はまだ知らぬ未来の話。
◇
デザートソリドに入る前に門番のボディチェックと持ち物検査が入り、問題無い場合はそのまま通される。治安が悪くなってしまったとは言え、一応悪人は通せない仕組みにはなっているらしい。
「ん? 荷ソリに乗ったコイツらは何だ? 巨人まで縛り上げて」
「町の外で暴れてた砂賊です。この町の保安組織に引き渡します」
「そ、そうか! それは治安維持にご協力いただきありがたい!」
砂賊のことを聞かれた以外は、特に問題無く通過。
◇
「さて商人さん、護衛はここまでですね」
これで商人ともおさらばできる。
結局名前は一度も聞こうとも思わなかった。
「道中護衛ご苦労であったな」
そして偉そうな態度は改まらず……
護衛を懇願してきた側のお礼の仕方じゃないな……
「時に小娘!」
「小娘えぇっ!?」
この期に及んでまだ『小娘』呼び!?
引っかかるお礼の仕方は無視できたが、こちらは無視できず思わず大声で聞き返してしまった。
「いや、その、アルトラ殿! 貴殿らを我が隊商へと迎えたいのだがどうだろう?」
………………は?
突然何言い出すんだこのおっさんは?
「貴殿の空間魔法は利用価値があ……じゃなくて、貴殿の空間魔法は素晴らしい! それにあのドラゴンたち! ヤツら……ではなく彼らも素晴らしい戦いぶりだった! その空間魔法の腕と人望を見込んで人々の生活の向上をワシと共にやっていかんか?」
言葉の節々に私を見下したような言葉が隠れているな……いや、全く隠しきれてないけど……
表情が何かもう嫌だ……『コイツを部下に引き入れれば、あのドラゴンたちも自動的にワシのものだ』みたいなことを考えてそうな表情が……
「せっかくの申し出ですが、丁重にお断りさせていただきます」
「なななな、なぜだ!? かかか、金なら相応出す! ワシと共に事業を盛り上げていかんか!?」
盛り上げたいのはあなたの商会だけでしょ……
「私は私でやらなければならない重要なことに従事しておりますので、申し訳ありませんが……」
空間魔術師について。
とある国で空間魔法の発現者が確認されると大抵の国はその発現者が他国に取られないように自身の国で囲い込もうと超好待遇で国の重要機関に迎え入れる。
そのため、国に所属していない空間魔法が使える一般人なんて滅多にいないと聞いている。どこの国にも所属していない一般人の私を余程自分の手元に置きたいようだ。
「で、では、せめて王都まで護衛を延長してもらえぬか!?」
「申し訳ないですが、ここまでとの口約束ですので」
正直なところこれ以上関わりたくはない。
他人をナチュラルに見下してるところが生理的に受け付けない。
「し、しかしまた先ほどの砂の精霊のように強い砂賊に襲われないとも限らん! そなたらのドラゴン殿は強い、港町イルエルフュールで雇った護衛の三倍! いや五倍の報酬を出そう! このまま護衛を継続してもらいたい! 物資が奪われれば砂賊を調子付かせてしまう!」
物資が奪われると砂賊が調子付く?
そういえば、この商人が運んでる物資って何なのかしら?
「あなたは一体何を運んでいるんですか?」
「うっ……それは……」
ここで口ごもる?
言えないものって言ったらヒトに対して害を与えるものとかかしら? 例えば麻薬とか武器とか。
「答えられないのならここまでということで」
「ぬうぅぅ……み、見てもらうのが早い!」
駱駝車に積まれた物資を見てみると、剣や槍など武器らしきものが多数。別の入れ物を見てみると銃火器のようなものや、砲弾や銃弾がいくつもある。
何コレ!? コイツ武器商人?
何だか戦争でもおっぱじめようというラインナップ。
こんなの運んでるのにここの町の門衛は通したの? まさかこれがこの町での日常茶飯事?
「何でこんなの運んでるんですか!?」
「先方の希望された品だ。ワシはこれを王都へ運ばなければならん」
火の国は武装化しているという話を聞いていたが、平和な世の中になってきているのに一体どこと戦争をするつもりなんだ?
まさか本当に天球との決戦に備えている?
もしくはどこかの国を侵略しようとしているとか?
他に考えられるのは内戦とかかも? 七大国会談の各国提議の時間でどんなことがあったか考えると、かなり恨みは買ってそうだし反政府組織とかあってもおかしくない。
「………………残念ですが、戦争の片棒を担ぐつもりはありません。この町の斡旋所にて護衛を雇ってください」
「は? な、何を言ってるかわからん! み、見せれば引き受けてくれるのではないのか!?」
「そんなことは一言も言っていません。運んでいるものが食料や日用品なら引き受けていたかもしれませんが、運んでいるのが武器の類でしたら話は別です」
「ワ、ワシの誘いを断るのか!? 後悔するぞ!?」
面倒だな……と思い始めた頃、良いタイミングでフレアハルトが口出ししてくれた。
「おい! 商人貴様! 我が友は既に丁重に断りを入れたのだ、これ以上しつこく付きまとうな! もう片方の頬にも黒い跡を付けられたいか!?」
「は、はいいぃぃぃ!! も、申し訳ありません!!」
先ほど左頬の焦げ目を入れられたためフレアハルトには強く出られないらしく、私はようやく解放された。
「ナイスタイミング、フレアハルト!」
「我もアレと同行するのは気が進まんからな」
「さて、砂賊をここの保安組織に引き渡しましょうか」
「でしたら私が行ってきましょう」
サンドニオさんが申し出てくれる。
「大丈夫ですか?」
「ええ、巨人はラクダ二頭では引けませんので、保安部にここまで来てもらって引き渡します。その後の手続きもやっておきますので。レドナルドは物資の調達を頼む」
「わかった」
ということでサンドニオさんは保安組織を呼びに向かった。
サンチョさんとアリサは駱駝車や物資が奪われないように見張りとして車内に残る。
他四人は食料の調達。
商人とはここでお別れ。
もう少しエピソードを詰めてみたかったところですが、冗長になるのでここまでということで。
『ざまぁ』要素が弱いですかね? まあ彼、アルトラの前では特段悪いことしてないので頬に焦げ目付けられた程度でご容赦を。
次回は10月12日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第405話【デザートソリドの実状】
次話は木曜日投稿予定です。




