第368話 我が家を訪れたマンドレイク
【亜空間収納ポケット】の中を整理したその日の夕刻――
トントントン
「は~イ!」
玄関ドアを小さくノックする音にいち早く気付いたリディアが出てみたものの……
「……あレ? 誰も居なイ? ん? 何だコレ?」
リディアが左右を見回した後に下を見て何かに気付いた。
「アルトラ~、大根みたいなヤツがドアの前に居るゾ? 何だか動いてるように見えるけド……」
「えっ? あ、そうだ、忘れてた!」
さっき【亜空間収納ポケット】の中を整理してた時に我が家の花壇に埋まったマンドレイク。
どうやら日が落ちたために、我が家の電気の光に誘われて花壇から家の方へ移動してきたらしい。
「なんなんだソレ?」
「樹の国から勝手に付いて来ちゃったらしい」
「樹の国の大根って歩き回るのカ!?」
「大根ではないけど、まあ歩き回ってたね」
「不思議な生物だナ……」
私から見たらしゃべるイカも十分不思議な生物だけど……
「カイベル! 付いて来ちゃったマンドレイク、どうしたら良いかな?」
「元居た場所へ帰してさしあげるのが良いのではないでしょうか?」
「何日も森の中歩いてたから、どの辺りで拾って来たのか曖昧なのよね……しかも、どの時点で収納ポケットに入ったかも分からないし」
「私ならどこへ帰せば良いかわかりますが」
「あ、そうか、じゃあ森へ帰そうか」
「その前になぜマンドレイク様が収納ポケットに潜んでいたのかに聞いてみますか?」
「そんなことできるの!?」
「お任せください。%¨¥±※●#?」
そう言うと、私が聞き取れない言語らしきものでマンドレイクに話しかけるカイベル。
何だか音波?振動音?みたいなのが聞こえるけど、これが植物の声なのかしら?
この前はケルベロスと話したかと思ったら、今度は植物とも話せるのか。もしかしてどんな生物とも話ができるのか? (第301話参照)
「どうやら明確に興味を持って付いて来たようです」
「帰りたいか帰りたくないかも聞いてくれる?」
「※¥#&%○?」
何しゃべってるか分からんな……言語化できないのかしら?
「帰りたくないそうです。『ここで生活して色々楽しいことしたい』だとか」
「そこまでハッキリと思考能力があるの!?」
「脳に似た機能を持つ器官があるようです」
「マンイーターみたいな自立歩行する植物に備わってるとかいうやつ?」
「はい」
と言うことは、創成魔法で作り変えられないタイプの植物ってことか。
「まあ、そこまでハッキリと意思表示してるんなら我が家に置いてあげようか。何食べるか聞いてくれる?」
「§¶¥●&%◎? ………………水と堆肥だけで良いそうです。欲しくなった時に催促するからその時に水をかけて欲しいと。あと寝床に少し大きめの鉢植えを用意して欲しいとのことです」
「そう。それくらいなら用意してあげようかしら」
ん? さっき『色々楽しいことしたい』って……
「まさかこのマンドレイク、アルトレリアの町にも行くつもりなの!?」
「さきほどの話を聞く限りはその可能性は大いにありそうですね」
いやいやいやいや!! 歩く大根が町になんか出たら、町のみんなの格好の的だよ! 捕まって食べられる可能性大!
仕方ない、また創成魔法の出番か、しかし――
「カイベル、マンドレイクってこっちの言ってること分からないのよね?」
「はい」
――じゃあ言語化するものを作るのは難しいか……私がイメージできない言語じゃ創成魔法で魔道具を作ることもできないしな……
カイベルなら何とかできるかしら?
「マンドレイクが言ってることを言語化できる機械とかって作れる?」
「可能です」
おぉ……流石カイベル……
「あと、こっちの言ってることを植物言語にする機能も付けてくれる?」
「はい」
何言ってもすんなり答えてくれるな。流石カイベル。
ところでこれってナナトスに言っておいた方が良いのかな?
私が断固却下した案件だし。
もし何も知らせずに付いて来たのがバレたら、「俺っちには森に置いてけって言ったじゃないッスかぁ~!」みたいな感じで責められそうだ。後で付いて来てたことをちゃんと教えておこう。
◇
少し時間が経って――
「マンドレイク様の言葉を言語化する魔道具が出来ました」
「早いね! 魔道具? 機械じゃなくて?」
「はい、紋章術を書き記して魔道具に仕立てました」
紋章術使って魔道具作ったのか。今までそんなことしなかったのを考えると、私が紋章術というものを知ったからカイベルの方のナニカが解禁されたとか、そんな感じかな?
「マンドレイク様の額に張り付けておきますね」
額 (?)かどうか分からないが、葉っぱの生え際辺りに翻訳魔道具を貼り付けるカイベル。この翻訳魔道具、シール並みに薄いわ。
と言うか……バーコードと共に『百ツリン』って書いてある……安っす!
「このバーコードなに?」
「魔道具に見えないようにカモフラージュとして、樹の国の値札に偽装しました。光の魔力を当てることで消えますので必要があればバーコードを消して別のデザインにすることもできます」
「マンドレイクって百ツリンで売られてるの?」
「いえ、もう少々お高めです。ではマンドレイク様、&●¶¥§%」
カイベルが何か言った後、マンドレイクが微かに頷いたように見えた。
「カイベル、何言ったの?」
「マンドレイク様に、『皆様にもマンドレイク様のしゃべることが分かるようになる魔道具を付けました。これ以降にマンドレイク様がしゃべることは、私以外にも理解できるようになります』と説明しました」
その直後――
『あ~あ~テステス……テスト~』
――見た目大根が魔道具のテストをし始めたよ……
『私マンドレイク! 世話になるわ!』
「私にもちゃんと言葉として分かる! ああ、私はアルトラね、よろしく」
「お~、私はリディアだゾ、よろしくナ!」
『カイベル、アルトラ、それとリディア、改めてよろしくね!』
「ところでお前男か女カ?」
リディアが男なのか女なのか興味があるみたいだけど、そもそも植物の根っこなのに男女の別なんて無いやろ……
『女よ! 女は肌とか葉っぱがきめ細かいんだから! 男のマンドレイクなんてシワだらけだし、葉っぱの形なんて大きくて大雑把なヤツばっかよ?』
え? そうなの? 植物に、しかもマンドレイクのような根っこに男女の違いとかあるんだ……
それにしても早口でしゃべる。植物のくせに捲し立てるようにしゃべる。
『引き抜かれる時の声だって、女の方が美声なんだから!』
私はまだ聞いたことないが、土から引き抜こうとすると『キィイィィィーー!!』という金切り声を出すという話を聞いたことがある。しかし果たしてそれは美声……なのか……?
ちょっと話しただけだが、高飛車な女の子って感じを受ける。
この口調を聞いた私の頭の中でのイメージは金髪でふわふわの髪をたなびかせていて、意思の強そうな上がり眉でちょっとキツめの目をした美少女というイメージ、なのだが…………目の前にいるのは見た目ただの大根なのよね……
「お前、名前はあるのカ?」
『名前なんか付けらえたことないから好きに呼びなさい!』
連れてきちゃった手前、ナナトスが付けたかった名前でも付けてあげようか。
「じゃあ、ネッココで」
『その音聞き覚えあるわ! 確か森で私を捕まえたヤツが私に付けようとした名前じゃない!』
この子を捕まえたヤツって、ナナトスのことかしら? てことは、あの山小屋で捕まえたのがこの子なのか!
じゃああの後からずっと私たちを尾行けて来てたってことなのか!?
『でもまあ、別にそれでも良いわ! ネッココにしてあげる!』
目の前で大根が腰に手を当てて上体を反らしたポーズをしている。何となく自慢げに見える。見た目は大根のくせに凄く偉そうだ。
「じゃ、じゃあネッココ、よろしくね」
『ネッココ、ネッココかぁ……初めて名前が付いたわ! 私ってきっと植物で初めて名前が付いた個体なんじゃないかしら?』
いやぁ~、そんなことないやろ……地球だと植物に名前付けてる人そこら辺に普通に居るし。
と心の中で思ったが、名前付けられてご満悦なので言わないでおく。
『あ、そうだアルトラ! 山小屋に居た人魚の亜人、あのヒト私にただならぬ視線を送ってたから何か怖い! もしそのヒト来たら教えてね。私隠れるから!』
人魚の亜人ってことは、ルイスさんのことだろう。
言葉は分からなくても擦り卸されそうになってたことは感じてたのね。 (第318話参照)
そのままの姿だと、マンドレイクのことを知ってる者に擦り卸されかねないから姿を変える魔道具を作ろう。名前が付いて、こうして会話しているからもう既に情が移ってしまった。もはや彼女を食べ物類としては見られない。
ルイスさんが知ってたくらいだから、アクアリヴィア出身組はもしかしたらマンドレイクのことを知ってるかもしれないし。
そういうわけで変異魔法+創成魔法で身体に巻く輪っかを作った。
「じゃあ見た目も一応隠しておかなきゃいけないし、姿を変える魔道具を作ったから付けといてくれる?」
『なによ、ソレ!?』
「マンドレイクの姿から亜人みたいな見た目に変える魔道具よ」
『何か窮屈そうよ!? 何でそんなの付けないといけないの!?』
「そのままだとあなたに命の危機があるかもしれないからね。みんなからその人魚の亜人みたいな目で見られたくないでしょ?」
『そ、それはそうね!』
「じゃあ身体に巻いておくから、はいバンザイして」
ネッココにバンザイさせて身体に巻く。
すると、金緑色の髪の毛たなびく美少女に変身。私がさっきそういう感じにイメージしたから、それが反映されたのかもしれない。完全に金髪じゃなかったのは、葉っぱの色が混ざったからかな?
肌は綺麗な色白。これも多分身体が白いからそれが反映されたのだろう。
『わっ! 何コレ!? 私の手に指がある! 足にも! 口や鼻まであるわ! 葉っぱは亜人の髪の毛みたい!』
亜人のような見た目に変化した自分に驚いている。
リディアの時とは違いスケールを変えずに変身させる魔道具にしたため、身体が膨張して魔道具が壊れるということもない。故にネッココの身体のサイズは私たちのイメージする一般的な大根と同じくらいの大きさ。小人と言っても良いくらい小さい。お人形さんのようだ。
ネッココの生態の都合上、水を頻繁にかけないといけないため、周囲の魔素を集めて闇魔法で服を構成するような機能も付けておいた。私の闇のドレスと同じ原理を魔道具化した状態。これで服の上から水をかけても大丈夫。
『ねえ、私亜人みたいな見た目になったけど、これって亜人が食べてる食べ物も食べられるってことなの? 食べてみたいんだけど』
「ん? う~ん……どうだろう? カイベル」
「……そもそも植物を亜人のような見た目に変異させて、その上で物を食べさせたという事例が皆無のため、判断しかねます……私としてはおすすめはしません」
そりゃそうか。あまりにも特殊事例過ぎて、カイベルにも予想が付かないわけか。
確かリッチをカエルに変えた時には舌ベラ伸ばして色々やってた気がする。 (第107話参照)
ということは生態もほぼそっち寄りになるということなのかしら?
「う~ん……分からないから、試しに食べてみる?」
夕食のお肉を縦横一センチほど、厚さ〇.三ミリほどに切り分けて食べさせたところ……
『美味しいわ! もっとちょうだい!』
「いや、どんなことがあるか分からないからもうちょっと待って、少しして問題無かったら食べて良いから」
私も最近知りましたが、このエピソード書く前に大根に雄雌の別があるかどうか調べたところ、実際の大根にも雄雌あるそうです。断面を切ったところの写真を見ましたが全然違う見た目をしていました。雄と雌で味や食感まで違うとか。
正直言って、根っこ(大根)にそんなものあるわけないと思っていたので、調べた時に「マジで!?」と声に出して驚いてしまいました(笑)
次回は6月20日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第369話【アルトラ邸に新たな仲間】
次回は明日投稿予定です。




