第353話 約定魔法の誓約と戦死者の弔い
駆除作戦が締められたその日の午後を少し過ぎた頃――
デスキラービー騒動も終わったということで、トロル族の血について知り得た者に誓約してもらわねばならない。
トロルの血がデスキラービーの血清作りに有効であることが判明したため、約定魔法で、『この血の有用性について』他言しないように誓約してもらわねば。
「まずはアルトラ殿、今回のデスキラービー騒動の件、ご活躍いただきありがとうございました。ロクトス殿、ナナトス殿にもよろしくお伝えください。それにしてもあなたがフレデリックの言っていたアルトラ殿とは……気付かず不躾な対応をしてしまい申し訳ない。我が国の民の命を救っていただき重ねてお礼申し上げます」
シルヴァン族長と、ロクトス、ナナトスらを捕まえたロニーとレーネに深々と頭を下げられた。
「いえ、私にできることをしたまでです。では本題ですけど、トロルの血について、約定を結ぼうと思います。トロルの血の有益性を他言しないことについて、関わった者全員に誓約していただきます」
「約定魔法の内容はどういたしますか?」
と、トリニアさん。
彼女がエルフ族たちに取り次いでいるので、彼女ももちろん関係者だ。
「考えてあります」
一.トロルの血が血清作り最適なことを他言しない。ほとんどの毒が効かないことを他言しない。
一.故意にしろ故意じゃないにしろ言おうとした時点で違反とする。
違反した者はそれに相応する罰を受けることとする。
一.この効力は、ここにいない別のトロルによって世間一般に知られるまで有効とする。
「違反した場合の罰は、『違反した時点から一ヶ月間口がきけなくなる、魔法に類するものが使えなくなること。魔法学、魔術学、紋章術学、全て含めて使用不可能になる』と、そう誓約してもらいます」
「これはまた随分と……軽い誓約な気がするが……」
シルヴァン族長が、軽めの処置に少し驚いている。
「まあ、しゃべろうとした時点で沈黙効果が発動するように組んでおけば、バレることはありませんから軽めでも良いかなと。もっと重い方が良かったですか? 一生涯魔法が使えなくなるとか」
「いやいやいや、軽くしてもらえるならその方が良い!」
「……いや、軽くて良いとも思いましたが、もう一つ付け加えさせてもらいます。もし悪意を持ってバラそうとした場合には『別のトロルによって世間一般に知られるまで魔法が使えなくなる』というものを」
「最初の提案と比べると、また厳しい罰ですな」
「口を滑らす程度なら仕方ないにせよ、悪意を持ってバラすのは次元が違う話になってきますから、一生涯とは行かないまでも、ある程度の重い罰にさせていただきます」
「仕方ないですな。それで、効果範囲は?」
「『デスキラービー騒動でトロルの血の毒への優位性について知り得た者全て』です。血清を打っただけ程度の関りの者は除外で。もし外部から訊ねられるようなことがあれば、『重要な国家機密』を貫き通してください」
「承知した。では皆の者、関わった研究員、医師、看護師など全員を漏らさず連れて来てくれ。アルトラ殿が『トロルの血について知り得た者全て』と指定していることから、もし誓約の場にいなかったとしても、少しでも話を聞いていれば自動的に誓約され、約定魔法の効力が発動する。後々『他言してはいけないなんて知らなかった』では通らない。全員を確実に集めてきてくれ」
ええ~~!! 約定魔法ってその場にいなくても誓約されるの!?
難しい魔法のはずだ。
「しかし、現在は重傷の者もいますし、医師と看護師は難しいかと……」
「あ、じゃあ私がちょっとした回復魔法をお伝えしますので」
「回復魔法? もしやそれがフレデリックの死の危機を救ったと言う……?」
「あ、はい、そうです」
そういうわけで、【癒しの水球】を伝授。 (第133話参照)
これなら重症の者でもゆっくりだが確実に再生される。
これにより治療に従事していた方々に集まってもらうことができた。
◇
約定魔法を使う前にシルヴァン族長に声をかけられた。
「一つ良いか?」
何やら神妙な顔をしている。
「どうしました?」
「『デスキラービー騒動でトロルの血の毒への優位性について知り得た者全て』と指定すると、あなたが自国でトロルたちにポロっとこぼしただけでも誓約が履行されてしまうが、それでも良いのか?」
え!? それは困るな。一ヶ月しゃべれなくなったら、色々と不便だ。
「では、少し文言を追加します『彼らの国主である私と本人たちは違反した時点から一日の間口がきけなくなる、魔法に類するものが使えなくなること。魔法学、魔術学、紋章術学、全て含めて使用不可能になる』ということにします」
「それなら良いだろう」
「ロクトスとナナトスもそれで良いよね? 特にナナトス」
「何で俺っちだけ名指しなんスか!?」
「あなた口軽いから特に強く言っておかないと。これに関しては知られれば一族全体が危険に曝される可能性があるってことを肝に銘じておいて」
「肝に銘じるッス」
「……わかった……」
「まあ、ここで誓約されれば滅多なことでバレることはないとは思うけど……」
「ルイスさんも注意してね。一ヶ月空間魔法不使用はツライよ~? そんなに長い間使えなくなったら女王の側近解任されちゃうかも」
「お、脅かさないでくださいよ! 僕は口硬い方なんで大丈夫ですよ」
「一応トリニアさんも」
「はい、心得ております」
一通り確認を取ったところで、少し疑問が湧いたので族長さんに聞いてみる。
「ところで疑問に思ったことに答えてもらっても良いですか?」
「何かな?」
「これって誰の魔法で行うんですか?」
「『誰の魔法』とは?」
「例えば世界の頂で、過去に魔王たち七人が誓約した約定魔法は、魔王の命を取るほどの権限があるそうですが、それは一体誰の魔法なんですか?」
「約定魔法は、誓約した内容がそのまま魔法になる。これがこの系統の特殊なところで、誰の魔法でもない。しいて言うなら、神だとか、世界の主だとか、大自然だとか、そういったものと認識されている。実のところ最初に誰が使えるようにしたのか、また、誰が最初に使ったのか分かっていないのだ」
使用者が意図して魔法の効果を設定しているわけではないのか。
誓約したことがそのまま魔法の効果になるって、不思議な魔法……
疑問が解決したところで、誓約内容を固め無事誓約を終えた。
これで、トロルの血の優位性については、しばらくの間世間一般に知られることはないだろう。
◇
そして次の日。
樹の国主導で駆除作戦で殉死した人々の弔いが行われることになった。エルフヴィレッジの隠し渓谷の入り口に戦死者を弔った記念碑が建てられ、葬儀もそこで行われた。
駆除に参加した人数総勢七百十一名、その内、死亡者百六十四名、重傷者百二十名、軽傷者多数となった。
葬儀の前日、つまり昨日のうちにジョアンニャさんとイルリースさんによって各国の遺族にも伝えられ、急なことにも関わらず、大勢の遺族が参列。突然の我が子や兄弟姉妹の死に涙を流す。
昨日まで晴れていた大森林だったが、この日は死者を悼むかのように小雨が降り続いた。
私も式に参列し、死者たちへの祈りを捧げた。
この作戦の大分後日――
気付かなかったとは言えデスキラービーのコロニー増殖を放置し、いたずらに世界を危機的状況に陥らせたとして、エルフヴィレッジのシルヴァン族長が批判の矢面に立たされることになる。
これにより他種族を入れるのを拒むのは仕方ないが、樹人の巡回をさせるという妥協点で決着が付いた。また、記念碑が建てられた隠し渓谷とエルフヴィレッジが分断され、一般人が通行できるようになった。今後新たな通商ルートとして使われることになりそうだ。
しかし、こんな騒動があっても未だ完全開放とはいきそうもない。トゥルーエルフの疑心は根深いようだ。
◇
死亡者について、全身鎧戦法を用いるようになって以来、断トツに多い死亡者数だそうだ。
それと言うのも死亡者の原因のほとんどは毒によるものではなく、特殊個体三体による今まで見たこともないような攻撃が原因で、第九コロニーで死亡している。もしあれら三体が存在してなかった場合は、死者はほとんど出なかっただろうとの見解。
死亡したと思われる者の中には身体が跡形もなくなっている者がいるが、それは残されていた鎧に刻まれた名前やネームタグによって死亡の有無が判断された。
そのため鎧の見つからない者は行方不明という扱いに……
黒い個体によって二、三センチの金属製の球体にされてしまった者たちは、金属をこじ開けられ、中に収まった肉体成分をDNA鑑定のようなものにかけられ、誰であるかを特定された。
ただ、毒で死亡した者に限って言えば、駆除の歴史上でも断トツで少ないらしい。ロクトスとナナトスの貢献のお蔭かな。
こうして少なくない犠牲の中、世界的な危機に到達する前に、特殊個体へと進化したデスキラービーによる生物災害は未然に防がれた。
今後、二度とこういうことが起きないように注視していかなければならない。
特に樹の国は土地柄から、デスキラービーが発生し易いらしいので、頑張って未然に防いでもらいたい。
ナナトスには尚更強く言い聞かせるアルトラ。
アルトレリアに戻って、「実は俺っちたちの血は物凄ぇんスよ!」なんて吹聴されたら、あっという間に流布していきそうですからね、先に釘刺しておかないと(笑)
次回は5月15日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第354話【エルフヴィレッジを発つ時】
次回は来週の月曜日投稿予定です。




