第350話 駆除作戦の幕引き
「感知班! 逃げた女王を追跡できるか?」
「追跡はできません! 既に近くにはいないようで、我々の魔力感知能力で知れる範囲にはいないようです」
「感知範囲はどの程度だ?」
「一番遠くまで感知できる者でも確実に感知できるのは半径一.五キロ程度です」
「わかった。みなにはすまないが、動ける駆除隊員は半径一.五キロから先をローラー作戦で捜索してくれ! 早く見つけ出さないと、再び蜂を産むようになって大変なことになりかねない。総動員して捜索に当たってくれ!」
「エルフか木の精霊種はいるか?」
「はい」
「私は対策本部を建てるから、大森林内の全ての樹人にも捜索に参加するよう伝達してくれ」
司令官マルクが全駆除隊員に告げる。
◇
「アルトラ殿、お疲れ様でした」
マルクさんの全駆除隊員への通達後、アランドラ隊長と第五部隊員に労われたものの……
「すみません、私の詰めが甘く女王を逃がしてしまいました」
「いえ、そこまで予想していませんでしたから仕方ないと言うしかないですね……我々も女王に到達する寸前のことでしたし。しかし、厄介なヤツを野放しにしてしまいました……」
「白と黒のシマシマがある女王か……初めて見たな」
「あの女王、魔力の蓄えが凄まじかったですね……」
「俺にもあれは野放しにしてはヤバイと分かるくらいの魔力量だった」
精霊や魔力感知に優れた者にとっては、あの白色の女王蜂の魔力が従来の女王蜂と比べて明らかに違うのが分かったらしい。
それは魔力感知がそれほど得意ではない私にも分かるほど、ここまで潰してきた他の八体の女王蜂とは一線を画すものだった。
「さて……逃げられてしまったのではどうしようもない。女王を空間魔法で逃がした黒い個体は、恐らくこの大森林の範囲くらいが行動範囲でしょうから、大森林内に転移させたのだと思います。樹人に巡回を強化させて、コロニーが大きく成長する前に見つけなければならない」
「しかし、あれは明らかに進化した女王でした。あの個体から生まれる働き蜂は今までとは格が違うのではないでしょうか? もしかしたらアレが産む次世代の女王蜂も白色、もしくは全く別の色で生まれてくる可能性だってあります」
「それに第四、第五の親衛蜂が生まれる可能性が高いですね。そうなると本格的に我々亜人や魔人たちの危機の時代に突入してしまいます。それだけは絶対に阻止せねばなりません」
「よし! では第五部隊のみんなも捜索に参加してくれ」
「アランドラ隊長は?」
「俺とルシガンは対策会議に呼ばれているから後で捜索に合流する!」
厄介なヤツを逃がした……これは一旦我が家に戻ってカイベルに助言を仰いだ方が良いかも……
「トリニアさん、ちょっと席を外しますね」
「あ、はい」
◇
ゲートで我が家に帰って来た。
「あれ? アルトラ帰ってきたのカ? おかえリ、今回は長い出張だったナ」
「まだ終わってないからもう一度行ってくる。カイベル、進化したデスキラービーの女王を逃がしてしまったんだけど、何とか見つけられない?」
「はい、可能です」
「ホント!?」
流石カイベル! 聞いてみるもんだ。
「じゃあどこにいるか分かる?」
そう聞いたところ、白い紙に大森林の地図をマッピングし始めた。
「この場所が現在アルトラ様他、駆除作戦で集まった方々がいるエルフヴィレッジです。その西にあるのがデスキラービーの発生したエルフたちの隠し渓谷。そして女王蜂はその場所から北東に二十キロほど離れたこの湖に浮かぶ小島に転移されたようです」
カイベルが指し示したのは、エルフヴィレッジ近くにあった私たちが水浴びした湖。
女王蜂が居るのはその湖畔に浮かぶ小島の一つで、木々が生い茂っているとか。
島であることから船、もしくは翼のある亜人にしか近寄ることが出来ず、更に無人島であるらしく身を隠すにはまさに打ってつけ。湖付近まではゲートで行くことができそうだ。
「女王蜂は駆除作戦によって疲れていて、身体を休めている最中のようです。卵を持っていますが、これはもう巣が無いので恐らく切り捨てるでしょう。二、三日後にはまた巣作りを開始し、二週間ほどで卵を産む活動を再開すると思います。駆除するなら今が最適かと」
「ありがと……つくづくあなたが私のメイドで良かったわ……逃がしてしまった時にはどうしようかと思ってた。進化したデスキラービーが新たな巨大災害に発展してしまうんじゃないかと脅威に感じてたから。じゃあちょっと退治してくるわ」
◇
先日水浴びした湖に来た。
女王はどうやらここから見えるあの小島に身を潜めているらしい。
湖岸から飛んで小島に上陸。
「さて、異質な魔力反応を辿りますか」
と思ったが、私の下手な魔力感知では中々分からない。
ただ、微弱だが他とは違う魔力反応があるので、それに当たりを付けることにする。
◇
異質の魔力反応は島にある洞窟からする。
「サバイバルのセオリー通り、洞窟をねぐらに選んだわけね」
無人島だから人が来る可能性も無いし、雨風も凌げる。繁殖するには申し分ない場所かも。
洞窟を入って、少し進んだところで見つけた!
と思ったら向こうにも気付かれた……
「トゥートゥートゥートゥー!!」
「これは何の音? 女王蜂とそれ以外じゃ警告音が違うのかしら?」
警告音の直後に光線のような魔法を撃たれた。
手で防御したがダメージは無し。さっき倒した黒い親衛蜂 (黒い個体)の方が強いみたいだ。
魔力を蓄えてるって言っても、それは次世代のための栄養で、自身の能力としては使わないのか、使えないのかは分からないが。
私が近付くと、腹に抱えていた卵を切り離して洞窟の奥へ逃げようとする。
さっきカイベルは『卵は切り捨てるでしょう』って言ってたけど平気で子供を切り捨てて逃げるんだな。まあ働き蜂は全部女王の子供だし、虫の考えは哺乳類には理解し難いか。
逃げられる前に【風切りの刃】で切り裂いた。
女王は親衛蜂ほどの身体の硬度は持っておらず、斬治癒丸を使う必要も無かった。
「ごめんね、あなたが今後強力な蜂を産み出すことを考えると、亜人史が終わっちゃうくらい危険だから」
女王はしばらくすると動かなくなった。
「これで終幕かな?」
それにしても、この女王が第何世代目なのか分からないけど、親衛蜂ほどの強さでなかったのは幸いだった。この次の世代の女王だったら全世界で協力して総攻撃するくらいじゃないと倒せないほどの脅威になっていたかもしれない。
「あ……独断で女王倒しに来ちゃったけど大丈夫だったかしら……? とりあえず証拠として女王の死骸は持って帰るか、みんな女王が生きてるか死んでるか分からないと不安だろうし」
こうして、幕切れとしては呆気ないものの、デスキラービーの女王は私の手で退治した。
◇
ゲートでエルフヴィレッジに戻った。
第九コロニー付近の現場から一旦我が家へ帰ったから知らなかったが、エルフヴィレッジ内は現在野戦病院さながらの様相を呈している。
恐らく、北側で緑の個体と紫の個体にやられた者が多いのだろうが重傷者が多い。
「血清は?」
「ここにあります!」
「こっちの亜人の方が重傷です! こっちを優先して!」
エルフの看護師に当たる者や、外部から来た衛生兵に当たる者たちが大忙しで動き回っている。
「マルクさんはどこにいますか?」
忙しく動いてる人たちに訊くのもどうかと思い、近くに居た比較的軽傷の駆除隊員に聞いてみたところ――
「あれ? アルトラ殿!? 作戦会議に出席しているのではないのですか!?」
「あ、いえ、ちょっと所用で席を外していたので……今会議中なんですか?」
「現在作戦会議の最中です! あなたは重要人物の一人ですので、一刻も早く会議に出席をお願いします!」
荒い口調で捲し立てられた。
作戦会議ってことは、駆除作戦開始前に最終会議に使ったあの部屋か。
「ありがとうございます」
駆除隊員にお礼を言い、会議室へ向かった。
少々呆気ない幕切れですが、これにてデスキラービー騒動は終了です。
この後、後処理の後にエルフヴィレッジを発ちます。
次回は5月10日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第351話【独断で女王を駆除したことの弊害……】
次回は明日投稿予定です。




