番外編2 片手間探偵メイド・カイベル
今回はエイプリルフールということで、番外編をお送りいたします。
とある日のアルトレリア――
「被害者はカネダ・カネヲ・ヨコシーナ氏。三十三歳。金貸し業をしていたようで、羽振りがかなり良かったそうです。十三度に渡って腹部や胸部を滅多刺しにされています」
「聞き込みはできたか?」
「はい、近所の話によると、連日のように人を怒鳴りつけるような声が聞こえていたとか」
「殺されたカネダ氏には暴行による二回の前科があるようです」
「近所からも危険人物と見られていたようですね」
「現場は密室、この部屋の鍵は全てここにあり、荒らされた形跡も無しか」
「怨恨の線が強いのではないかと思います」
「よし、引き続き関係者への聞き取り調査に当たってくれ」
「「了解しました!」」
「密室……彼女にお願いするか……」
◇
町の発展に伴い、残念なことに犯罪の数が増加している。
中には凶悪な犯罪も起こるように……
それに関連してなのか、カイベルは最近変わった異名で呼ばれるようになった。
現場に赴かず、多くの事件を家に居ながら解決することから安楽椅子探偵ならぬ『片手間探偵メイド』と。メイド業の片手間で事件を解決することから、そんな異名が付いたらしい。
それで、今回警察が依頼に訪れたところに偶然遭遇。カイベルが現場に行くというので同行した次第。
「レグメ警部、カイベル殿をお連れしました」
そこに居たのは、『レグメ』と呼ばれた恰幅の良いトロルの警部。
「カイベル殿……とアルトラ様、ご足労ありがとうございます」
何か今変な間があったな……お邪魔だったかな?
「はい、真の事実はいつも一つ! 私が全て解決してみせます。我が主、アルトラ様の名に懸けて!」
いや私、探偵でもなんでもないけど……
このセリフは私が現場に来たからサービス精神で言ってるのかな……?
しかもじっちゃんに誓うあのセリフにソックリだし、真実を追うあのセリフにソックリなことも言ってるし、まさかカイベルまでアニメに感化されてきてる?
「おお! 毎度飛び出すセリフですね!」
えぇ……!? いつもこんなこと言ってんの? 引き合いに出されてる身としては何か恥ずかしいな……
「早速ですが、被害に遭われた方は『カネダ・カネヲ・ヨコシーナ氏』。樹の国出身のホブゴブリン族で体格の良い三十三歳の金融業者の男です。現場は荒らされた形跡が無く、十三度に渡って腹部や胸部を滅多刺しにされているため怨恨の可能性が高いと見ています。被害者は悪辣な金貸しをしていて、多方面に恨みを買っていたようです」
おぉ! 何か刑事ものっぽい!
いやいや、本物の殺人現場か。
悪辣な金貸し業か……町の規模が大きくなって、私の目も行き届きにくくなってきたな……悪いヤツ洗い出して罰を与える必要があるかな……
「死亡推定時刻は店の営業が終わった十八時頃から二十時頃の間、殺人現場の窓やドアには内側から鍵がかかっており、それに対応する鍵自体は殺された被害者が所持。合鍵も無いため完全な密室だったと思われます。変わったことと言えば少々不自然な砂が玄関にこぼれていたことくらいでしょうか。しかしこれは被害者の靴の裏に付いていたものの可能性もあります」
聞いてる限りは完全な密室だわ。このトリックを解き明かさないといけないわけね。
「第一発見者は被害者の妻。昨晩家に帰らないのを心配して現場に来てみたところ鍵が開かず、鍵開け業者に頼んで開けてもらって発覚したようです。昨日氏が会っていた人物は十人」
容疑者が十人か……結構多いな。
「ですが、アリバイの有無から容疑者は三人にまで絞ることができています」
あ、もう三人まで絞れてるのね。
「容疑者と思われるのは以下の三人、
タジュ・サイーム・シャア氏
オオイ・シャキーン・ガク氏
トテツ・モナクカ・リーテル氏
ですが――」
「はい、既に犯人もトリックも目星が付いてます」
おぉ! 流石カイベル!
「犯人は水棲型亜人であるトテツ・モナクカ・リーテル氏、トリックはカネダ氏を殺害した後、玄関を出る前に水魔法と土魔法を使って泥を内鍵に張り付け、自身が部屋を出てドアを閉めた後、その泥を操って内側から鍵をかけたのでしょう。――」
え!? 犯行に魔法使っちゃってんの!? それって推理小説じゃ台無しになる展開……
「――泥はドアの隙間から回収。玄関に散らばっている少量の砂はその痕跡です。内鍵に付着した泥についてはドアの隙間から水を操って洗い流したのでしょう。水については数時間もあれば乾きますし、少量の砂が玄関に落ちていても不自然ではありません」
「では早速玄関に散らばってる砂を調べて――」
「いえ、玄関に落ちてる砂ですと不特定多数が出入りしている可能性があります。内鍵をよく調べれば玄関同様に砂が出てくると思います。内鍵に付着した砂を調べてください。内鍵の砂は洗い流してはありますが、奥の方に少し残っているはずです。通常、そんなところに砂が挟まるのは不自然ですので」
砂は鑑識班が取り出して持って行った。鑑定にかけるらしい。それ鑑定したところで何がどう分かるんだろう? ただの砂じゃないのか?
「しかし、土魔法でそう簡単に鍵をかけることができるでしょうか?」
「では、証拠となる内鍵に付着した砂も回収していただけたようなので実験してみましょう」
カイベルが玄関扉に近付き、そのまま玄関を出て扉を閉める……かと思いきや、内鍵付近に何か張り付けてから玄関を出て行った。
「カイベル、何張り付けたの? これって……泥!?」
「はい、予め張り付けておけば操作し易いので」
操作する? 泥を? 何言ってるんだ?
「では、これより土魔法と水魔法で密室を再現します」
外側からそう声をかけると、玄関扉の内鍵に張り付けた泥の形がみるみる変わっていき、人の手の形にまで変形した!
「「「おぉっ!?」」」
私含め、警察関係者が驚く中、泥の手が親指と人差し指で内鍵を回してロックした。
「「「おぉ~~!」」」
そしてまたしても私を含めた全員が感心の声を上げる。
「次に泥を回収し、水魔法で内鍵に付着させた泥を綺麗にします。水しぶきが飛ぶかもしれませんので少し離れていてください」
玄関の外からそう声をかけると、玄関扉の下から透明の水が入ってきた。
「ちょ、こんなに水浸しにして大丈夫なの!?」
「問題ありません」
カイベルの放ったらしき水は、内鍵を目掛けて動き回り、内鍵に付着させた泥を回収した後、再び玄関扉の下から外へ出て行った。
水を回収直後、外側からカイベルが声をかけてくる。
「いかがでしょうか?」
「いかがでしょうかって……玄関水浸しだよ? ……まあ泥は綺麗さっぱり無くなったけど」
「あとは時間が経てば、水も自然に乾いて無くなると思います」
「「「おぉ! なるほど!」」」
えぇ……これが正解……なのか? これが幻想世界の捜査か~……?
生前地球で見てたネット上の掲示板では、“推理小説を書く上でやっちゃいけないこと”として『ノックスの十戒』ってのがよく話題に挙がっていた。
その中に『探偵方法に、超自然能力を用いてはならない』ってのがあったけど、確かにこれは推理小説に出したらアカンわ。
超能力 (魔法)が使えるなら何でも可能になってしまうから、推理が成り立たない。一気に陳腐化してしまう。
ただ……逆に言うと、証拠を揃え辛いと思うし、魔法が使えてしまうと不可能なことと思えることすら可能になってしまうため、魔界の捜査は地球より犯人特定が難しいかもしれない。
「でも外側から鍵かける方法は分かったけど、これだと水魔法と土魔法をある程度修練している亜人になら誰にでも出来るんじゃないの?」
「はい、そこで『魔力紋』の出番です」
おお? 『魔力紋』とかいう謎のワードが出て来た!
魔力版の指紋のようなものかしら?
「魔力の波長というものは人それぞれ違いますので、玄関の乾いた砂と容疑者の魔力紋を照合すれば犯人の断定が可能かと思います」
あ、それであの内鍵の砂を鑑識に分析してもらえば犯人が特定できるってことなのか。
犯人の特定が難しいのかと思ったけど、魔力が人それぞれ違うなら、痕跡さえあれば特定できる材料は揃えられるってわけか。
「凶器は刃渡り二十センチほどの包丁。凶器はこの近くの川に捨ててあると思います。川の捜索をお願いします。返り血を浴びた服は恐らくまだ持っていますのですぐに家宅捜索してください」
『思います』とか『恐らく』とか使ってるのも多分カイベルなりのカモフラージュだろう。
「そうですか! よし! ギタカはトテツ氏を見張れ! 土は泥を手の形に変化させるのはそれなりに修練が必要だ。恐らく普段同じような利用の仕方をしているはず。証拠が揃ったら逮捕を。バチは凶器の捜索を頼む!」
「「はっ! 了解しました!」」
『ギタカ』、『バチ』と呼ばれたトロルの刑事二人がそれぞれの現場へと走る。
魔法で泥を手の形に変化させるってのは中々面白い光景だった。
ただ……現場に来てみたけど、全然ワクワクしない現場だったわ……カイベルの解決が早すぎる。探偵が早すぎる。
いや、人殺されてるから『ワクワク』は失礼なんだけど……
「動機は法外な金利による借金で首が回らなくなったこと、一番の引き金はその借金を苦に奥様が自殺しているため復讐を考えたのだと思われます」
被害者は所謂闇金業者ってことか。
「そこまで分かっているのですか! 流石片手間探偵カイベル殿!」
うん、まあカイベルは動機どころか、どうやって殺されたかまで明確に分かっているだろうしね……多分殺害シーンを完全再現することすら可能だと思う。
もしかしたら、カイベルに聞けば、世界中の難事件・迷宮入り事件があっという間に解決できるかもしれない。
ほどなくして、カネダ氏殺害の犯人は逮捕された。
カイベルの言う通り、凶器は川から発見され、被害者カネダ氏の血液が付着していたという。
返り血のついた服は何重にも包んで事件があったその日に燃えるゴミに出してあったらしい。次の日の朝には回収されていただろうとのこと。
くっそ~……私と町のみんなが一生懸命作った川に凶器なんて捨ておって……
動機もカイベルの言う通り復讐だったらしい。
何から何まで全部当たっている。これをカイベルの正体を何も知らない人が見れば、そりゃ凄いと思うわ。
◇
「度々こんな風に頼まれてるの?」
「はい、以前意図せずに事件を解決してしまったため、時折相談されるようになりました」
「何で今日は現場に足を運んだの? あなたなら家に居て犯人と殺害方法と動機を伝えるだけで良かったんじゃない? 『片手間探偵メイド』って言われてるの知ってるよ?」
「家に居て、刑事様の話を聞いて解決する、ということばかりやっていると怪しむ者が出てくるかもしれないので、たまに現場に赴くようにしているのです」
「ふ~ん」
怪しまれるってのは、生物じゃないってことを知られるとかそういうことかしら?
そうだ! これをちゃんと聞いておかないと、聞き馴染みのない単語だったし。
「そういえば、さっき『魔力紋』なんてワードが出たけど、これって――」
「……ルトラ様! ……ア……ラ様!」
◇
「アルトラ様! アルトラ様! 朝ですよ、起きてください」
ああ……朝か。
な~んか変な夢見たな。
アルトレリアが随分発展してて、ビルまで建つようになった世界。もしかしたら予知夢?
「珍しく寝ぼけまなこでどうかしましたか?」
「探偵の夢を見た」
「それは少々興味深い。その中に眠りの呂五郎とか江戸川ロナンはいましたか? 銀田一少年は? シャーロック・アウェーズは? でんぶたんていは?」
『でんぶたんてい』って……そんな子供番組のキャラの名前まで出てくるとは……
「……ざ……残念ながらいなかったかな……そ、そうじゃなくてカイベルが探偵やってる夢を見た」
「………………本当に残念な夢ですね……」
何だか罵倒されたように聞こえたけど、気のせいよね?
はて? 起きる直前に、重要なことを聞きそびれたような……………………そうだ! 『魔力紋』だ!
「カイベル、『魔力紋』って知ってる?」
まあ夢の中の話だから、知らない可能性の方が高いけど。
「はい、個人個人が持つ魔力の性質ですね。指紋とか耳紋、唇紋のように人それぞれ違う魔力の形をしています」
まさか本当に存在するとは……
「どうしてそのような話を?」
「いや、夢の中にそんなようなワードが出て来たもんだから……」
「今現在では、魔力の質が人それぞれ違うものとは考えられていません。誰が使っても同一の魔力だと認識されています。しかし、魔力の質を研究する機関が出てきているので、もう間もなく一般的に認識されるようになるかと思います」
「それってカイベルはずっと前から知ってたの?」
「はい、生物が何をするにも個性があるように、魔法を使うにも個性があるのです」
そんなこと考えもしなかった……魔法で炎を出したら、それはただ単に『炎』であるというだけの認識だった。
ここに、『“アルトラ”が出した炎』、『“フレアハルト”が出した炎』などと、個性があったわけだ。
「何で今まで教えてくれなかったの?」
「魔力紋が必要になる場面が無かったものですから。それこそ個人を特定する時くらいにしか意味が無いものですので。アルトレリアで殺人事件でも起これば魔力紋から犯人を捜すことができるかもしれませんが」
そっか、特定の個人を探すことくらいにしか役に立たないのか。
ん? ちょっと待てよ……魔力の質で個人を特定できるってことは――
「魔法使って作ったモノは、誰が作ったか特定できるってことになっちゃわない? 例えば魔道具調べれば誰が作ったか分かっちゃうとか」
「今後魔力紋を調べられる技術が確立されれば出来るようになると思います」
マジか!?
ってことは空間魔法系の魔道具を調べられて、私の魔力紋を調べられたら、あれ作ったのが私だってバレちゃうんじゃ……? 疑似太陽についても同じく……
ただでさえ、各国の王からかなり怪しい見方をされてるってのに。
ヤバイ、作った魔道具全ての魔力紋を偽装しておかないと! 創成魔法なら魔力紋ごと偽装できるはず。
「そ……そんな大事なこと早く言ってくれないと、私の首が締まるじゃない!」
「申し訳ありません。現時点ではそこまで大ごととは捉えていませんでしたので。魔力紋についてはまだ誰にも知られてないことですので、今すぐに偽装すれば大丈夫かと」
カイベルはホントに大事なこと以外は聞かないと教えてくれないな……
こんな変な夢を見なければ知らないことだった。この夢ってもしかして天啓かな?
作った魔道具は全部マーキングしてあるから、すぐにでも魔力紋の書き換えをしよう。
ただ、逆に言えば魔道具の魔力紋を偽装してしまえば、私が作ったことをほぼ完璧に隠蔽できるってことになる。これは良いことを聞いた。
怪しまれたら「魔道具の魔力紋を調べられたらいかがですか?」とでも言えば完全に言い逃れできる武器を得たということだ。
まあ、その言い訳が通るようになるのはまだまだ先のことになるだろうけど。
しかし、私の夢の登場人物……
タジュ・サイーム・シャア氏
オオイ・シャキーン・ガク氏
トテツ・モナクカ・リーテル氏
みんな酷い名前ね……
『借金を背負う業』を持って生まれたかのような名前だ……
それに殺された側の名前がカネダ・カネヲ・ヨコシーナ氏って……強欲の塊のような名前ね……
被害者も容疑者も、登場人物はバカみたいな名前ばっかだわ……
刑事の名前もどこかで聞いたことある名前だし。
そして、トリックがあまりにも杜撰……流石私の夢……
片手間探偵メイド、いかがだったでしょうか?
初めて探偵もの書いてみましたが、トリックに魔法使っちゃダメですよね(笑)
本物の探偵ものの足元にも及びませんが、エイプリルフールの一発企画ということでお許しいただけると幸いですm(__)m
刑事の名前については気付かれてる方もいるかと思いますが、身体は子供、頭脳は大人のアニメが元ネタです(笑)
あと、元々穴だらけのトリックですので多分矛盾は無いとは思いますが、もし矛盾してるところがあったら教えていただけると助かります。
次回は4月3日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第334話【毒の中和剤と樹の国本国からの援軍】
次回は来週の月曜日投稿予定です。




